今日は産婦人科に行ってきた。
病気というわけではない。ただの定期検診だ。
お腹の中の赤ちゃんは順調に育っているらしい。一安心だ。
「ただいまー」
家のドアを開けると、部屋の中は真っ暗だった。
敦は家にいるはずなのだけど、どうしたのだろう。
「敦ー?」
どこか出かけたろうのだろうか。
そう思い名前を呼ぶと、今のソファに敦が寝転がっているのが見えた。
大きな彼の体、頭も足もソファからはみ出してしまっている。
「敦、何して…ああ、寝てるのか」
よく見ると敦は目をつぶっている。
どうやら昼寝をしているようだ。
「もう」
シャツはまくれあがってお腹を出している。結婚して子供までできたというのに、敦はまだまだ子供みたいだ。
タオルケットを取り出して敦の体に掛けた。
いつから眠っているかわからないけど、とりあえずあと30分ぐらいは寝かせておこうか。
「ん」
今の時間を確認しようと携帯を取り出したら、画面には「着信あり お母さん」と表示されていた。
母親から電話があったようだ。
リビングから寝室に入って、折り返し母親に掛けた。
何度かのコール音の後、明るい母親の声が聞こえてくる。
『もしもし』
「もしもしお母さん?なにかあった?」
『あー、。大したことじゃないんだけど、元気かなって』
母親の声は少し心配そうな声色だ。
いつも月に一回ぐらいの頻度で電話をしていたのだけど、そういえば今月はばたばたしてて連絡していなかったんだっけ。
「うん、元気。今検診行ってきたけど赤ちゃんも順調だって」
『ああよかった。しかしあんたがお母さんになるなんてねえ…』
「私もまだ信じられない」
『私は私がおばあちゃんになることが信じられないわ…もうそんな年なのね』
「あはは」
母親の言葉に思わず笑ってしまう。
年齢的に私が母親になることも、母親がおばあちゃんになることも決しておかしくはないのだけれど、やはり自分では中々に驚いてしまう。
「いやあでも本当に私がお母さんになるの信じらんないわ…」
『まあ、私があんた育てられたんだから大丈夫よ』
「あはは。でも私の場合敦があれだから…」
『あ〜、敦君ねえ。確かにのんびりした子だけど』
「敦が子供みたいだからすでに子供二人目みたいな気分だよ…」
『あっはは。まあ男の子はみんなそんなもんよ。お父さんだって昔はねえ』
母親は昔の話…私がお腹の中にいたころの話をしてくれる。
初めての妊娠出産に不安もたくさんあったけれど、母親のおかげで大分不安は払拭出来た。
『あ…なんかインターホンなってる。じゃ、またね』
「うん。バイバーイ」
そう言って母親との電話を切った。
さて、そろそろ敦を起こさなくては。
そう思い居間に行くと、敦はソファに座っていた。いつの間にか起きていたようだ。
「起きてたんだ。おはよ」
「…おはよー」
敦はそう言うとふいと顔を背けて部屋に行ってしまう。
どうしたのだろう、寝起きで機嫌でも悪いのだろうか。
*
あれから一週間。
敦はやたらとそっけない態度を私に取るようになった。
今日は日曜日、私も敦も仕事が休みだ。
「敦、お昼どうする?食べに行く?」
「もう食べてきた」
そう誘ってみたのに敦はふいと私から顔を背ける。
いつの間に食べてきたのだろう。
「敦」
「あー、疲れたー」
敦は私の呼びかけを無視して部屋に入って行ってしまう。
この間からこういうことが増えた。
私が何か話しかけても敦はふいと顔を背けてそっけない態度を取る。
何か怒らせることをしただろうかと思うけど、敦は怒った場合怒っている理由を全面に出してくる。
嫌われたり愛想尽かされたのかとも思ったけど、その場合も敦はストレートに言って来るのだろうから、その線はないだろう。
敦がこうやって理由も離さずおかしな態度を取るのは珍しいことだ。
「……」
敦の態度の理由を考えていても仕方ない。
こういうときはストレートに聞くのが一番だろう。
そう思い私は敦のいる寝室のドアを開けた。
「敦」
「……」
敦は大きな体をベッドに放り投げるようにしてうつ伏せに寝転がっている。
名前を呼んでも返事をしない。
一体何が気に食わないというのだろう。
「ねえ、敦」
「…なーに」
敦は顔だけこちらに向ける。
その表情は不機嫌というより、少し面倒そうな印象だ。
「ねえ敦。なんでこの間からそんなそっけないの」
「……」
ストレートにそう聞くと、敦はまた顔をベッドに埋めてしまう。
「…怒ってるわけじゃないのよね?」
恐る恐るそう聞いてみる。
違うと思いつつ、もしそうだったらどうしようと思う。
「怒ってねーし」
「じゃあなんで無視するの?」
無視というのには語弊があるのだけど、これは無視と言っても過言ではないレベルだと思う。
名前を呼んでも生返事、私の顔も見ようとしない。
「無視してねーし」
「無視みたいなものじゃない。全然こっち見てくれないし」
そう言うと敦は今度こそ黙り込んでしまう。
私は無理矢理敦の顔をこちらに向かせた。
「敦」
「……」
「なんか思ってることがあるならちゃんと言って。言わなきゃわからないよ。もし何か怒らせるようなことしてたら謝りたいし」
夫婦はコミュニケーションが大事。母親からの受け売りだけど。
でも実際言ってもらわなければわからないし、母親の言うことはきっと間違っていないだろう
「だってちん大変でしょ」
「え?なにが?」
「子供二人もいちゃ」
………。
………は?
「え、待って二人…?」
私と敦の子供は現状お腹にいる一人だけだ。
双子でもないし、一体何を言っているのだろう敦は。
「だってちんオレの事子供みたいって言ってた」
「え…。ああ、もしかしてこの間母親と電話してたときの」
この間母親と電話したとき、「敦が子供みたいだから子供二人目の気分」という旨の発言をした覚えがある。
それが今回のことと何が関係あるのだろう。
「子供二人もいたんじゃ大変でしょ」
「え…」
「オレもう大人だから。子供じゃないし。オレのこと構わなくて大丈夫だよ」
敦はそう言うくせに、やたらと拗ねた言い方だ。
どう考えても子供な口調、どこが大人なのだろう。
「妊娠するのって大変なんでしょ」
「え…まあそれなりには」
もう収まってきたけれど悪阻はあったしお腹は重い。
生活する上で様々なことに気を使うし、大変ではある。
「オレちゃんと自分のこと自分でできるし」
敦はふいとまた私から顔を背ける。
つまり、これはあれか。
敦が私にそっけない態度を取っていたのは、私に手間を掛けさせまいとしていたからなのか。
敦は敦なりに、私に負担を掛けまいとしていたようだ。
しかし、なんて不器用なやり方だろうか。
「敦、私に負担掛けないようにしてくれるの嬉しいよ。でもね」
「……」
「さすがにここまでそっけなくされると悲しいよ…嫌われたかなって思うし」
ここまでそっけなくされると「怒ってる」というより「もしや嫌われたのでは」という不安が大きかった。
怖くてなるべく考えないようにはしていたけど、どうやら思い違いのようでよかった。
「嫌ってないけど」
「うん…よかった」
「嫌うわけないじゃん」
「ありがと。…でもやっぱりあそこまで変な態度取られると怖くなるよ。だからね敦」
もう一度、敦の顔を無理矢理こちらに向かせる。
「変に甘えないとか、構わなくていいとか、そういうこと言わないで。そもそもさ、手間かからない敦なんて敦じゃないっていうか…それが嫌なら結婚してないから」
そう言うと敦は目を丸くした。
そんなに驚くことだろうか。
「そうなの?」
「そりゃあ、まあ。今までどれだけ敦の面倒見てきたと思ってるの。嫌ならとっくに別れてるって」
敦は私の言葉を聞いて表情を段々と明るくさせる。
そして、大きな口を開く。
「じゃあちん」
「うん」
「ご飯作って」
「…え?食べてきたじゃないの?」
「食べてきたけどちんのご飯が食べたい」
敦はそう言ってぎゅーっと抱き付いてくる。
不覚にも「可愛い」とか思ってしまった。
「わ、わかった。わかったから離して」
「なんで」
「離さないとご飯作れないでしょ」
「えー、甘えていいって言ったじゃん。じゃーこのままご飯作ってよ」
「言ったけど…言ったけど無茶言うわね!?」
「子供は無茶言うのー」
敦はそう言って私を離そうとしない。
しかし、こんな無茶を言われても可愛いと思ってしまうので、私も大概だ。
…もしかして、私とんでもない親バカになるのでは。
可愛いから仕方がないんです
15.11.10
しーちゃんさんリクエストの紫原でした!
ありがとうございましたー!
感想もらえるとやる気出ます!
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