「よう」
「あ、虹村。おはよー」

朝、登校中同じバスケ部の虹村に会った。
なんだか、どこかそわそわしているように見える。

「どうしたの?何かあった?」
「は?」
「なんかそわそわしてるから」
「別に」

虹村はぷいとそっぽを向いてしまう。

「…なあ」
「ん?」
「今日一緒に帰るぞ」

虹村の突然の言葉に、驚いて目を丸くしてしまう。

「え、…え?」
「うるせえ」
「う、うるさいってあんた…別にいいけど」

相変わらず口が悪い…。
まあ一緒に帰るのは構わない…というかむしろ嬉しいんだけど。
突然こんなこと言い出すなんてどうしたんだろう。
虹村と一緒に帰ることは少なくないけど、約束するわけじゃなくたまたま帰りの時間が一緒になった時だけだ。
少しだけ、いや、とてもドキドキする。





「あーっ、疲れたー!」

スリーメンを終えた黄瀬が体育館の端に倒れこんでくる。

「お疲れ」
「ありがとーっス!生き返る〜」

黄瀬にドリンクを渡すと、おおげさじゃないかというほど喜んでくれる。

「はー…虹村先輩厳しすぎるっスよ…」

黄瀬はコートで練習する虹村の姿を見る。
相変わらず怖い顔だ。
気のせいか、今日はより一層。

「今日誕生日だからもっと機嫌いいかと思ったんスけどねー」

黄瀬の言葉に、体を硬直させる。
誕生日?え?

「誕生日?」
「え?」
「…誰が?」
「誰がって…虹村先輩」

え?誕生日?虹村の?今日の?

「え…知らなかったんスか?」
「し、知らない。あんたこそなんで知ってるのよ」
「緑間っちが言ってたんスよ」

ああ、緑間…あいつ部員全員の星座把握してるから、誕生日も知ってるのか。

先輩が知らないの意外っスね〜」
「…そう?」
「だって仲いいじゃないっスか」

仲はいい方だけど、誕生日を祝いあうような仲じゃない。
確かに6月が誕生日って聞いたことはあったけど…。

「……」

誕生日って、今日が誕生日って…。

「おい黄瀬ぇ!いつまで座り込んでんだ!」
「うわ、やべっ!」

黄瀬は慌ててコートに戻る。
私は一人考え込んでいた。







「待たせたな」

部活が終わり、虹村が部室が出てきた。

「…?何固まってんだ」
「べ、別に?」

否定したけど、実際固まっている。
だって、今日は虹村の誕生日で、その誕生日に一緒に帰ろうと誘われたなんて。
なんだか、それって、それって。

「おい」
「……」
「おい!」
「え、あ、なに!?」

虹村に大声で呼ばれて、あわてて返事をする。

「『なに?』じゃねーよそっちこそ何ぼーっとしてんだ」
「え、えーと…」

虹村は怪訝な顔で見つめてくる。
…もう、素直に聞いてみたほうがいいのかな。

「あ、あのね」
「なんだよ」
「…今日、誕生日なんでしょ?」

そういうと、虹村は顔を強張らせた。

「な…っ」
「練習中に黄瀬から聞いたんだけど…」
「あいつ…」

虹村は苦虫を噛み潰したような顔をする。
黄瀬のこと言わなきゃよかったと後悔する。
多分黄瀬しめられるな…。心の中で黄瀬に謝罪しておく。

「ね、ねえ!」

未だ苦い顔をする虹村の服の袖をつかむ。
もしかしたら、私の期待通りなんじゃないかと思って。

「…なんで今日一緒に帰るって言ったの?」

服の裾を掴んだまま、彼の顔をじっと見つめて聞いてみる。
だって、私が虹村の立場だったら。
誕生日という特別な日に、どうでもいい相手と一緒に帰る約束なんてしない。

うぬぼれても、いいんだろうか。

「……」
「……」

沈黙が流れるけど、引かない。
じっと虹村を見つめる。

「…誕生日は」
「う、うん」
「…好きなやつといたかったんだよ」

虹村はそっぽを向いたまま、赤い顔で言う。
私の頬も、赤くなる。

「虹村、私」

こちらを見ない虹村の顔をじっと見つめる。

「私も、好きな人の誕生日に、一緒にいられてうれしいよ」

そう言うと、虹村はやっと私を見た。
少し、驚いた顔だ。

「プレゼント、なにもないけど」

せっかくだから、何か用意したかった。
今日知ったんだから、仕方ないけど。

「これでいい」

虹村は小さい声で呟くと、私に顔を近付ける。
私はそっと、目を閉じた。

「……」
「……」

唇が触れた後、目を開けると虹村はまたすぐそっぽを向いてしまった。
かろうじて見える耳が赤い。

「虹村、あの」
「……」

虹村からは「いいから話しかけてくんな」オーラが出ているけど、話さずにはいられない。

「それだけでいいの?」

だって、せっかくの誕生日なんだからもっとちゃんと形に残るものとか。
そう思って言ったら、虹村はものすごい顔でこっちを見た。

「…おい」
「な、なにそんな怖い顔して」
「意味わかってんのかてめえ」
「?え?」

虹村の顔は鬼のようだ。
なんか怒らせること言った?

「な、なんで怒ってるの」
「なんでってお前なあ!」
「……」
「…お前、それは、あれだよ」
「あれって何」
「……だからなあ!」

虹村は頭を抱えるとぺしっと私の頭をたたいた。

「痛っ!」
「うるせえ!」

思わず両手で頭を抑えると、その手を虹村が握った。
そのまま、手をつないだまま、私の一歩前を歩き出す。

「…いつかわかる」
「…いつ?」
「…お前次第だ」

虹村はそのまま、私の家に着くまで私の顔を見なかった。
だけど、少しだけ見える耳が赤い。
それが嬉しかった。










いつか
14.06.12

誕生日おめでとう!





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