「あれ、虹村も今帰り?」

放課後、げた箱で靴を履き変えていると同じクラスの虹村がやってきた。

「おう。一緒に帰るか」
「うん」

虹村とは一応恋人同士という関係だ。
甘い雰囲気にはなることは少ないけれど、今日みたいに一緒に帰ったり、ときどきデートをして手をつないだり、…本当にたまに、キスしたり。
そういう関係を続けて約一年、付き合いは順調と言っていいのだと思う。

「もうすぐ夏休みだね」
「おう。まーほとんど部活だけど」
「そっか」

もうすぐ待ちに待った夏休み。
だけれど虹村はほとんど毎日部活に励む予定のようだ。
バスケ部は強豪なのでわかっていることだけど、やっぱり寂しいと思ってしまう。

「…時間あいたら誘うから」

できるだけ明るく返事をしたつもりだったけど、虹村にそう言われてしまう。
私の考えていることなどお見通しというわけだ。

「うん、待ってるね」
「おう。…」

虹村は相づちを打つと、怪訝な顔で空を見上げる。
私も上を見ると、前の方に黒い雲が見えた。

「うわ、降りそう」
「だな。お前傘持ってる?」
「今日はないや…」

いつもは折りたたみ傘を持っているけど、今日は持ってきてない。
昨日も夕立があったので折りたたみを使って、今日干しているところなのだ。

「オレもねえ。ちょっと急ぐか」
「うん」

そう言って私たちは少し早足になる。
一緒に帰る時間が減るのは残念だけど、雨に濡れるのは困るし仕方ない。
そう思っているうちに遠くの方で雷の音が聞こえてきた。

「うわ」

そしてあっと言う間にポツポツと雨の雫が顔に当たり始める。

「こりゃやべえな」

雨はどんどん強まっていく。このままだと私も虹村もびしょ濡れだ。

「お前家遠いっけ」
「虹村よりは」

私も虹村も家はここから徒歩圏内だけど、虹村のほうが近い。

「とりあえず家寄ってけ。傘貸すし」
「ほんと?ありがとう」

虹村の家で傘が借りられるならありがたい。
素直に甘えることにした。

「じゃあちょっと寄らせてもらうね」
「おう」

そう言って走っている間にも雨脚は強まるばかり。
急いだ方がよさそうだ。



「お邪魔します。うわー、びしょ濡れ」

虹村の家に着くころには、もうすでに本降りになっていた。
虹村にタオルを借りて、濡れた体を玄関先で拭く。

「想像以上だったな」
「ね…」

濡れ鼠にならないために傘を借りるつもりが、すでにそれになってしまった。
シャツなんて絞れそうなほど濡れている

「…服貸すか?」
「え?」
「それともそのまま帰る気かよ」
「あー…」

確かに服はびしょ濡れ、傘を借りても帰るにはつらい様相になってしまった。

「服乾かしけよ、その間時間家で潰せば」

そう言われても、ちょっとだけ迷ってしまう。
恐らくこの雰囲気、虹村の家には今私たち以外誰もいない。
そんな状態で、彼氏の服借りて上がり込んでいいものだろうか。

「…じゃあ、お願いします」

いや、別にいいのか。
虹村がそう言ってくれて、私がいいのなら。
そう思いお願いすることにした。

「ちょっと待ってろ。服持ってくるから」
「うん、ありがと」

そう言って虹村は奥へ入っていく。
持ってきてくれたのはTシャツとジャージだ。

「そこ風呂場だから。着替えて来いよ」
「あ、うん」

そう言われいそいそと服を着替え始める。
下着はそこまで濡れていないので脱がずともいいだろう。
彼氏の服を下着もなく着る…なんてのはさすがにハードルが高すぎるのでほっと安心した。

「おお、大きい…」

Tシャツを着てみると、半そでシャツのはずなのに二の腕がすっぽり隠れてしまう。
ズボンも捲らないと引きずってしまう。
並んだだけでわかるけれど、やっぱり虹村は大きいんだ。
男子なんだなあと実感すると、なんだか無性にときめいてしまう。

「お待たせー」

ドキドキしながらお風呂場から出ると、虹村も制服から普段着に着替えていた。

「おう。……」

虹村は一度私を見ると、目を丸くさせて固まってしまう。
何か変なところでもあるだろうか。

「な、なんか変だった?」
「いや…悪い。一応一昨年のヤツなんだけどやっぱでけえな」
「あ、これ一昨年のなんだ?そうだよね、虹村もっと大きいもんね」

確かに今の虹村の拭くなら、もっとぶかぶかになっているだろう。
そうしたら襟ぐりのあたりが危ないことになっていたので、貸してもらったのがこれでよかったと思う。

「それより昔のだともう弟のになってるからな」
「あー、なるほど」
「母親の服とかあるけど…家族のじゃ着難いだろ、お前」
「そうですね…」

虹村のお母さんの体格は知らないけど、もしぴったりだったとしてもさすがに彼氏のお母さんの服は着れまい。

「制服は?」
「あ、お風呂場に干させてもらってます」
「そ。まあ湿気あっても暑いし直に乾くだろ。乾くまで…ゲームでもすっか?」
「ゲーム?」
「スマブラ」
「やりたい!」
「よし」

そう言って虹村は「こっち」と言って二階へあがっていく。
多分、虹村の部屋に行くのだろう。

「ここ、虹村の部屋?」
「そう」
「へー…」

あまりじっと見るのは悪いと思いつつ、どうしても見てしまう。
いきなり人を呼んでいるにも関わらず、見せられるレベルには片付いている。
テレビとゲーム機、その横の本棚にはバスケ雑誌以外に空手の本も置かれている。

「綺麗だね」
「物ねえからな。ほい、リモコン」
「あ、ありがと」

そう言って虹村は私のコントローラーを渡す。
なんだか普通にゲームタイムになりそうだ。
虹村の隣に座って、コントローラを持つ。

「うわー、久しぶり。足引っ張ったらごめん」
「あ?対戦だろ普通」
「えっ協力プレイじゃないの!?」
「あー…じゃあいいか」
「やった」

そう言って協力プレイにしてもらい、早速キャラクターをセレクトする。
友達の家でやったぶりなので久しぶりだ。

「わー、久しぶり」
「足引っ張んなよ」
「引っ張るって言ったじゃん」
「おい」

そう言ってゲームがスタートする。
何しろ久しぶりなもので、ちょっとした操作ですら戸惑ってしまう。

「あ、あれ」
「おい」
「あっ、落ちる!」
「お前動くなっつの!」

ゲーム初心者あるあるだと思うのだけど、右に行きたいときは体ごと右に倒してしまう。
思いっきり右隣にいる虹村に寄りかかる形になった。

「!」
「あ」

私キャラクターはどうにかステージから落ちずに済んだのに、なぜか順調にプレイしてたはずの虹村がステージから海へと落ちた。

「お前なあ!」
「ご、ごめん。私が動いたせいだよね。邪魔しちゃって」

プレイが下手でゲーム中で足を引っ張ることはあると思っていたけど、まさか現実世界のほうで足を引っ張るとは。
素直に謝ると虹村は苦い顔をする。
こんなに悔しがるほどゲーム好きだったんだろうか。知らなかった。

「そうじゃなくて…オレから誘っといてなんだけどお前危機感なさすぎるだろ」
「え?」
「『え?』じゃねーよ。誘われたからってノコノコ男の家来るなよ…普通に着替えるし、今めっちゃ寄ってくるし」

虹村は少し赤くなった顔で、気まずそうな表情でそう言ってくる。
それはつまりあれか、男はオオカミなんだから気を付けろと言いたいということか。
私からすると「そう言われても」ということなんだけれど。

「私もさすがに危機感ぐらい持ってる、と思う」
「どこがだよ」
「いや、本当に」

じっと真っ直ぐ虹村を見つめる。
一応これでも危機感というか、それなりの覚悟をもって今行動しているつもりなのだけど。

「…お前が思ってるほどオレは紳士じゃねーぞ」
「知ってる」
「……」

そんなこともわかってる。
彼氏の部屋に上がり込んだわけだし、虹村は優しいけれど男子なわけだし、そういうことはわかってるつもりなのだ。
わかってて、今ここにいる。

「……」
「……本当に」
「……」
「いいのかよ」

そう神妙に言われるとさすがにドキッとしてしまうけど、私は静かにうなずいた。
「そういうこと」をしたいかって言われれば答えは曖昧になってしまうけど、いいか悪いかと聞かれれば「いい」としか答えられない。
初めては虹村がいい、というより、虹村以外は嫌だから。

「…

虹村が私の頬に触れる。
虹村に告白された時以上に、心臓が大きく跳ねている。

「……」

顔が段々近付いてきて、私は目を閉じた。
そのとき。

「ただいまー!」
「「!」」

玄関のドアの開く音と共に、大きな声が響いた。
虹村の声を少し幼くした感じの声だ。
私と虹村は顔を至近距離に近付けたまま、目を丸くして固まってしまった。

「……」
「……」
「…弟だ、たぶん」
「あ、弟さん…」

どうやら弟さんが帰ってきたようだ。
……そうか、帰ってきたのか……。

「にいちゃーん、いねーの?」
「いる」

虹村は少し大きな声でそう言った後、部屋から出てしまう。
トントンと階段を降りる音の後、弟くんと虹村の会話が聞こえてきた。

「さっき隣のおばさんから桃もらったんだ。おやつ食べよう」
「おう」
「あれ?誰か来てるの?この靴」
「ああ、三人で食うか」

三人、とは私と虹村と弟くんだろう。
なんというか、覚悟を決めたのに拍子抜けだ。
だけれど、ちょっとほっとした気分でもある。

、ちょっと来てくれ」
「あ、はーい!」

虹村に呼ばれたので私も下に降りていく。
弟くんに挨拶すると、元気よく挨拶を返してくれた。

「そういうこと」は、またの機会に持ち越しになったのでした。









SOS
15.07.14







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