「可愛いね」
辰也はそう言って私の目を真っ直ぐ見つめる。
それだけで胸の奥が締め付けられるような痛みが襲う。
そして辰也がゆっくり顔を近付ける。
私を焦らすように、ゆっくり、ゆっくりと。
綺麗な辰也の顔が、段々私の視界を埋めていく。
「」
辰也の唇が、私の名前を紡ぐ。
囁くようなその声と、私の心臓の鼓動、どちらが大きいのだろう。
辰也と私の唇が合わさる。
何度もしてきたキスなのに、それでも毎回ドキドキと心臓が脈打ってしまう。
「」
私はドキドキして仕方ないのに、辰也は優しく微笑むだけだ。
それが少し悔しい。
*
「……」
今日もまた辰也の思い通りだ。
私ばっかり辰也にドキドキしている。
別にそれでもいいんだけど、ときどきたまらなく悔しくなる。
たまには辰也だって、私にドキドキしてほしい!
「、どうしたの?」
「えっ」
そう思ってじっと辰也を見つめていたら、辰也に不審な顔をされてしまった。
辰也は私の眉間を優しく撫でた。
「そんな眉間に皺寄せて」
よしよしと私の眉間の皺を直すように、笑って言う。
「そんな顔も可愛いけどね」
穏やかに微笑みかけられて、また心臓が跳ねた。
ゆっくり辰也の顔が近付く。
「ま、待って!」
辰也の唇を手のひらで抑えて、叫ぶように言った。
これじゃまた辰也の思い通りだ。
「どうしたの?」
「えっと…」
いつも辰也の手のひらの上だから、たまには私のほうが主導権を握りたい!
そう思って制止する。
今日は私の番だ!
「辰也、あの…」
「ん?」
じっと辰也を見つめる。
私はいつもこうされると辰也にドキドキするんだけど…。
「?」
なのに辰也は余裕の微笑みだ。
じっと見つめ返されて、なんだか恥ずかしくなってきた…。
「顔赤いよ」
「!」
辰也は私の頬を撫でながら笑った。
自分の頬をなぞるとほんのり熱を持っている。
「は可愛いな」
辰也はぎゅっと私を抱きしめる。
…これじゃ、また私ばっかりドキドキしてる…。
*
昨日も結局辰也にドキドキして終わったから、今日こそは。
そう意気込んで今日もまた辰也の家に来ている。
今は一緒にキッチンでお茶を淹れているところだ。
辰也に私がドキドキするとき。それはどういうときか思い出す。
じっと見つめられたとき…は昨日試してみた。
そうだ。不意打ちでキスされたとき。
キスされるのはいつでもドキドキするけど、不意打ちでされたときはより一層心臓が高鳴る。
よし、これだ!そう思って隣に立つ辰也に向き直す。
「えっと…」
辰也はインスタントコーヒーの粉を左手に持って、スプーンを探しているようだ。
手に危ないものを持っているわけではない。
今がチャンスだ。
「……」
キスしよう。そう思ってハッと気付く。
辰也は背が高い。辰也からキスするときは屈んでくれるけど、私からキスしようとすると私が背伸びをしなくちゃキスできない。
わざわざ背伸びをしなくちゃいけないということは、不意打ちはほぼ不可能ということだ。
実践できずに今回の作戦は早くも終了となった。
なんというか、私っていったい…。
「……」
「?」
心の中で悔しがっていると、辰也は私の顔を覗き込んできた。
「どうしたの?砂糖持ったままボーっとして」
「え、あ…」
辰也のことばかり考えていて紅茶を淹れるのをすっかり忘れていた。
辰也は私を心配そうな顔で見つめる。
辰也の顔は、今目の前にある。
「!」
考えるより先に体が動いた。
顔を少し前に出して、辰也の唇にキスをした。
ゆっくり目を開けると、辰也の驚いた顔が目の前にある。
…もしかして、今辰也はドキドキしているのかも。
「」
「きゃっ」
「かわいい」
辰也はぎゅっと私を抱きしめてくる。
抱きしめて、キスをして、何度も何度も繰り返し。
ま、待って!これじゃ結局いつもと同じだ!
「辰也、あの!」
キスの隙に口を開いて、大きな声で辰也を呼んだ。
ドキドキしてる?そう聞こうと思って。
「……」
でも、やめた。
だって辰也の顔があまりに嬉しそうだったから。
「?」
私はもう一度辰也の胸に自分の顔を埋めた。
辰也の心臓は、強く早く脈打っている。
「あのね」
「うん」
辰也の顔を見上げる。
愛おしそうな目で、私を見ている。
きっと今、私と辰也の考えていることは一緒なんだろう。
「好きだよ」
代わりにそう言うと、見上げた辰也の顔はみるみる喜びに染まっていった。
どっちのほうがドキドキしてるとか、主導権とか、そういうのどうでもいいや。
私は辰也が好きで、辰也も私が好きで、二人で見つめあってキスをすれば、二人ともドキドキして、二人とも幸せになる。
それでいいんだよね。
ときめきの鏡
14.10.23
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