気付くと真っ暗な闇の中にいた。
泥の底のような重くて暗い場所。
腕を動かそうにも、動いてくれない。
目の前にオレのほしいものがある。
何かはわからないけど、そこにあることだけはわかる。
掴もうとしたけど腕も足も動いてくれない。
欲しいものが目の前にあるのに届かない。
もがけばもがくほど深い闇に落ちていく。
右も左もわからない暗闇の中で、意識も薄くなっていった。
苦しいなんて感情すら消えていく。
暗闇にとけ込んでいって、自分が自分でなくなっていく。
意識がついに消えた。
「……ん」
携帯のアラームが朝を知らせる。
なんだか嫌な夢を見ていた気がする。
体が重く、気分も悪い。
最近、こういうことが多い。
*
「おはよ」
登校途中、通学路でと会う。
起きたときから続く暗い気持ちがふっと明るくなった。
「おはよ」
「…辰也、大丈夫?つらそうだよ」
が首を傾げる。
明るくなったけど、まだダメだったか。
「ちょっと嫌な夢を見てね」
「夢?」
「うん。もう思い出せないんだけど…」
どんな夢だったかもう定かではない。
だけど、嫌な夢だった。それだけはわかる。
「最近、よく見るんだ」
「嫌な夢?」
「うん。だからちょっと調子悪くて」
おかげで最近寝つきが悪い。
その上起きたとき寝た気がしないから、ずっと疲れが抜けない。
そのせいで悪夢を見ている気がする。完全に悪循環だ。
「そっか…」
「が一緒に眠ってくれたら大丈夫な気がするんだけど」
「……」
「あ、本気だよ?」
が疑いの眼差しでオレを見てくるから、本気だと釈明する。
そりゃ、下心込みでと一緒に寝たいと思っているけど。
それ以上に、と一緒に眠れたら、きっと悪夢なんて見ないだろう。
そう思うんだ。
「が隣にいてくれたら、いい夢を見られそうな気がするんだ」
そう言うと、は少し考え込む。
まずい、困らせてしまったようだ。
「、ごめん。大丈夫だよ、一緒には寝られないし」
「うーん…」
ああ、完全に考え込んでしまった。
こうなったら答えが出るまで考えるのをやめないだろう。
*
夜。時計の針は10時半を指している。
明日は朝練がある。朝早いからそろそろ眠らないと。
今日は夢を見ませんように。
そう思ってベッドに腰掛けると、携帯が震えた。
からの着信だ。
「もしもし」
『あ、辰也?まだ寝てないよね?』
とは寝る前に「おやすみ」とメールしているから、はまだオレが寝ていないことがわかっていたんだろ
う。
は少し興奮気味の声だ。
「うん、大丈夫」
『よかった。夢の話なんだけどね』
まさか今日ずっと考えてくれていたんだろうか。
律儀なのことだ。そうだとしてもおかしくない。
『私と一緒に寝たら、嫌な夢見たいって言ったでしょ』
「うん」
『あの、気休め程度かもしれないんだけどね』
「?」
『…隣にはいられないけど、私ずっと辰也の傍にいるよ』
思ってもみなかった言葉が電話から聞こえてくる。
そっとの言葉に耳を傾けた。
『あの…離れてても心は繋がってるっていうかさ。心はずっと隣にいるから、ね』
は少し照れくさそうな声だ。
きっと、オレを思って必死に考えて、必死に話してくれているんだろう。
『その、全然効果ないかもしれないけど』
「、そんなことない」
震えるのかぶせるようにして言った。
きっと効果はある。
だって眠るのが不安だったのに、今はなんだか怖くないよ。
「ありがとう」
『…どういたしまして』
「もいい夢を」
『辰也もね。おやすみなさい』
「おやすみ」
そう言って電話を切った。
ベッドに入って、布団をかぶる。
きっとあの夢は見ない。
*
「辰也」
隣にいるがオレの名前を呼ぶ。
優しい表情で、オレを見つめている。
肩を抱き寄せると、温かかった。
「」
がオレの腕の中で目を瞑る。
オレもそのまま微睡みの中に落ちていった。
*
「…ん」
携帯のアラームが朝を知らせる。
起き上がって伸びをする。
なんだろう、とても幸せな夢を見ていたような気がする。
どんな夢かは思い出せない。
だけど嫌な夢は、見なかった。
「辰也、おはよう!」
登校中、がオレの名前を呼んで駆け寄ってくる。
「あの、どうだった?」
は緊張の面持ちで聞いてくる。
自然と笑みが零れた。
「幸せな夢を見たよ」
「本当?」
「うん」
そう言うと、はまるで自分のことのように喜んだ。
そんな表情を見ると、今朝の夢の中にいるような気分になる。
「よかった」
「うん。効果絶大だ」
「ふふ、じゃあ辰也はこれからずっと嫌な夢は見ないね」
は頬を赤くして、優しい笑顔のまま言った。
「だって、これからずっと私と辰也は繋がってるんだもん」
そんなことを笑顔で言われたら、抱きしめたくなる。
ここは通学路?そんなの関係ないだろう。
だってこんな幸せな現実が、夢でないことを確認しなくっちゃ。
トロイメライ
14.10.28
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