私と虹村は恋人同士という関係だ。
でも、それを誰にも言っていない。
虹村がただのクラスメイト、同級生だったら友達には告げていたかもしれないけれど、私と虹村は同じ部活に所属している。
別に部内恋愛禁止なわけではないのだけれど、それを周りに告げて変に意識されるのも嫌なのだ。
仲のいい女友達ならともかく、あまり話したことのないマネージャー仲間にあらぬことを言われるのも嫌だし、男子にからかわれるのはもっと嫌だ。
実際、私たちが一年のとき、二個上の先輩部員とマネージャーが付き合い始めた途端、周りの男子がやんややんやと囃し立て、お互い気恥ずかしくなってすぐに別れてしまったという事件もあったのだ。
結局彼らは高校に入りよりを戻したらしいけど、たとえ少しの間でも別れるなんて絶対嫌だ。
だから、私たちは互いのことを内緒にしている。虹村はそれが面白くないらしいけれど、どうにか私のわがままを聞いてもらっている。
部活引退まであと半年、それまでの辛抱だからと言い聞かせて。


六時間目終了のチャイムが教室内に響き渡る。
今日は部活は休みなので、虹村の家で受験勉強をする予定だ。
学校から直接一緒に虹村の家に行くわけではなく、私は一度家に帰って着替えてから虹村の家へと行くことになっている。

先輩!」

足早に昇降口へと続く階段を降りていると、突然後ろから声を掛けられた。
振り返ると、そこにいたのはバスケ部の二年、山尾くんだ。

「山尾くん、どうしたの?」
「あの、少しお話が……」
「?」

山尾くんは少し気まずそうに、口ごもりながら言葉を紡ぐ。

「なに?」
「あ、あの、ここじゃなんなので、ちょっと外に」

そう言って彼に引き連れられるまま、向かったのは校舎裏だ。
私の目の前で気恥ずかしそうにする異性、人気のない場所。
ここまでの条件が揃えば、さすがの私も察しがつく。
これは、告白されるシチュエーションだ。

先輩、あの」
「は、はい」
「好き、です!」

大きな声ではっきりと告げられた告白に、私は思わず頬を染めた。
人生で二度目の告白だ。一度目は、三か月前に虹村から受けたもの。
あのときは緊張しながら精一杯「私も」という答えを喉から絞り出したけれど、今回はさすがに緊張していてもあのときより意識は混乱していない。

「あ、あの、ごめんなさい」

私の出せる答えはこれひとつだ。
私が好きなのは虹村なのだから、山尾くんの思いに答えることは出来ない。

「……そう、ですか」
「は、はい。ごめんなさい」
「……付き合ってる人がいたりするんですか?」
「えっ」

すぐに引き下がるかと思いきや、彼は唐突に質問をぶつけてきた。

「あ、えーと」

いるにはいるのだけれど、秘密にしているためにすぐには答えられない。
山尾くんがただの委員会仲間等まったく繋がりのない人なら「いる」と答えてもいのだけれど、彼は部活仲間なのだ。

「いないなら、その、お試しってわけじゃないですけど、ちょっと付き合ってみてもらっても」
「えっ」

山尾くんは私の左腕を大きな手で掴んだ。
バスケ部だけあってさすがに力が強く、振りほどけない。
山尾くんのこと、よく知らなかったけれど意外と大胆らしい。
なんて頭の中で冷静に思いつつ、ちょっとした恐怖がじわじわと体を侵食し始める。

「いや、あの、ご、ごめんなさい」
「あの、全然変なこととかしないので、その、本当にお試しみたいな!」

山尾くんは大胆なだけじゃなく押しも強い。
断ってるのにまだ押してくるし、ずいと顔を向けてくる。
一歩下がればまた私に一歩近付いてくるし、このままだといろいろと危ない気がする。

冗談ではなく恐怖を感じ始めてころ、私の後ろから手が伸びてきて、私の腕を掴む山尾くんの手を大きな拳で握った。

「虹村先輩!?」

山尾くんがひどく驚いた顔でその腕の主の名を呼ぶ。
そこにいるのは、確かに虹村だ。

「虹村っ!?」
「悪ぃ、これオレの」
「え」

虹村は山尾くんの腕を振りほどき、今度は私の腕を掴む。
そのまま、大股で更に校舎の裏へと走り出した。
視界の端に山尾くんがぽかんとこちらを見ているのが見えたけれど、どうすることもできなかった。



「に、虹村」
「……悪ぃ」

虹村はゴミ捨て場まで来ると、虹村は苦々しい顔でそう呟いた。

「いや、あの、私こそ」
「……はっきり断れよ、ああいうのは」
「こ、断ったよ! でも、こう……ぐいぐい来られて」
「……ふうん」

虹村は私を横目で一瞥すると、掴んでいた手を離した。

「……嘘じゃないよ?」
「わかってるよ、んなこと。断っても来るってんなら、言えばいいだろ、オレと付き合ってるって」

虹村の言葉に、心臓がドクンと跳ねる。
そう言えばいいってことは、もちろんわかってる。

「なんで言わねえんだよ」
「……前も言ったじゃん、変にからかわれたくないって」

私と虹村の仲をからかわれるのは嫌だ。
恥ずかしいのもあるし、何より一番は、こんなに大切で大事な想いを同級生の男子たちに馬鹿にされたくないのだ。

「みんな、からかってくるでしょ、軽い気持ちで。そういうふうに軽く扱われるの、絶対嫌なの」
「…そりゃオレもわかるけど、でもなんつーんだ、今のは緊急事態だろ」
「そ、そう?」
「お前もうちょっと危機感持てよ」

虹村は大きくため息を吐いた。
確かに怖いな、という感情はあったけど、「緊急事態」と言われるほどとは思わなかった。

「…の気持ちはわかる。オレだって、お前との付き合い軽く馬鹿にされるのはムカつく」
「ん……」
「でも、別にこそこそ隠すもんじゃねえだろ。大っぴらに宣言しなくても、ああいうときにちゃんと言うのは構わねえだろ」

虹村の言葉が、胸に染みる。
じんわりと染み込んでいって、優しく私の心を蝕んでいく。

「ん、そう、だよね」
「そうだろ。つーかお前ボケってっから心配なんだよ」
「そ、そんなボケてる?」
「ボケてるよ、こっちがどんだけハラハラして見てると思ってんだよ」

虹村は私のおでこを軽く小突く。
ちょっとだけ、痛い。

「帰るぞ」
「えっ」

虹村は私の手を取り、そのまま歩き出す。
校内で手を繋いで歩いたら、付き合ってることがみんなにわかってしまう。

「別にいいだろ」

でも、私はもう虹村に何も言えなかった。
だって、繋いだ手がとても心地よかったから。








繋いだ手の温かさ
16.06.30

まりこさんリクエストのヤキモチ妬きな虹村先輩でした!



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