「よいしょ、っと」

日曜日の昼間、私と辰也はデパートに買い物来ていた。
今日のお目当てはベビーグッズである。

今私のお腹の中には、辰也と私の赤ちゃんがいる。
出産予定日は来月。今我が家には生まれてくる赤ちゃんのためのベビーグッズで溢れている。

「もうちょっと買った方がいいかな…」
「もう、そんなに買わなくて大丈夫だよ」
「でも」
「足りなかったら産まれてから買えばいいでしょ?」

まだ足りないと言った顔をする辰也を窘める。
初めての子供に高揚するのはわかるけど、買いすぎはよくない。

「赤ちゃん産まれたらお金掛かるんだから。無駄遣い禁止!」

辰也はお金に対してルーズというか、あまり頓着しないタイプの人間だ。
財布は私がしっかりと握らなくてはいけない。

「う…わかった。そうだね」
「うん。じゃ、帰ろっか。お昼途中でどっかでようか」
「そうだね、どこにしようか…あ」

辰也は顎に手を当て考える仕草をした後、私の向こうを見て目を丸くする。

「辰也?」
「アツシだ」
「え?」

辰也は私の後ろのほうを指すので、私はあわてて後ろを振り向いた。
デパートの中の一つ向こうの店舗に大きな大きな敦の姿が見える。

「アツシ!」

辰也が大きく手を振ってみせると、敦もこちらに気付いたようだ。ため息を吐きながらこちらにやってくる。

「二人とも、久しぶり〜」

敦の手にはお菓子の袋がある。大人になっても相変わらずだ。

「二人の結婚式以来?だよねたぶん」
「そうだね。そう思うと確かに結構前だね」
「仕事あるし、頻繁にはね」

高校卒業後、私も辰也も東京の大学に進学した。その一年後、敦が東京に戻ったから大学時代は敦に会う頻度はそれなりに高かった。
だけれど社会人になるとそれはさすがに難しい。

ちん、太った?」
「え…っ!?」
「アツシ、わかってるだろ」

敦の言葉に、辰也はあきれたように笑う。
いくら敦といえども、私のお腹を見て妊娠しているという事実がわからないはずないだろう。
冗談だとわかっていても、「太った?」と言われると怖くなってしまう。

「わかんない」

敦はぷいと頬を膨らませて顔を背けてしまう。一体どうしたというのだろう。

「敦?」
ちんはオレのお母さんだったのに」

敦はむすっとした表情でそう言った。
確かに高校生の頃、私と辰也がお母さんとお父さん、敦がその子供、なんて話をしたことはある。
しかしそれは十年近くも前の話、まさか今更その話を引っ張ってくるなんて。

「敦、拗ねてるの?」
「拗ねてねーし」

敦は口ではそう言ってるけど、表情は明らかに拗ねている。
なんだか可愛くて、思わず笑ってしまった。

「大丈夫、赤ちゃんが産まれても敦は私の子供だよ」

敦の腕をぽんぽんと叩く。本当は頭を撫でたかったけど、敦は大きいのでそれはできない。
赤ちゃんが産まれたって、敦は私と辰也の大事な子供だ。

「本当?」
「もちろん」
「約束だからね」
「うん」

敦は私の小指に自分の小指を絡めた。
敦は末っ子だけあって甘えっ子だ。

「じゃあ『太った?』は撤回してくれるかい?」

辰也は笑顔で敦に向かってそう言った。

「うわ、室ちん怖い」
「た、辰也大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないよ。いくら息子でも…いや、息子だからこそお母さんにそんなこと言ったらだめだろ」

辰也はきっと敦をにらみつけた。
辰也はこういうところ、私にとても過保護だ。
別にいいというのに。

「はーい、ちん別に太ってないよ」
「う、うん」

敦はそう言うけど、産婦人科の先生に「体重増えるペース早いかも」とは言われてる。
…気をつけよう。

「ね、私たちこれからどこかでご飯食べようかって話してたんだけど、敦も一緒にどう?」
「あー、無理。今日ほんとのお母さんとご飯食べるの」
「そうなの?」
「うん。誕生日だから兄弟でお祝いするんだよ。偉いでしょ」
「そうなんだ、おめでとう。ふふ、偉いね」

敦は頭を撫でてほしそうにかがむ。
私も今度は遠慮せずに敦の頭を撫でた。

「じゃーね、二人とも。元気な赤ちゃん産んでね」
「ありがと。バイバイ」

敦に手を振り、彼と別れた。
赤ちゃんが産まれたらそう簡単にはあえなくなるだろうし、次会うときはまた「久しぶり」になっちゃうかな、なんて考えながら。

「敦、相変わらずだね」
「そうだね。アツシもいつか親になるのかもと思うとオレはちょっと不安だな…」
「あはは、辰也、本当にお父さんみたい」

辰也の言い方、これじゃ完全にお父さんだ。
やっぱり敦は辰也と私の子供かな。

「そう?」
「うん。ちゃんとこっちの赤ちゃんもかわいがってね」

私は自分のお腹を撫でる。
辰也なら心配ないけど、ほんの冗談でそう言った。

「当然だろ」

辰也は優しい手つきで私のお腹を撫でた。

「楽しみだなあ、赤ちゃん」
「うん」

赤ちゃんが産まれたら大変なこともたくさんあるだろう。
それでも、私と辰也の赤ちゃんが産まれることに喜びは隠せない。
来月が楽しみだ。







生まれ来る命
15.10.11

10月は今年も氷室祭り!





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