第一志望の大学から合格通知が来た。それが昨日のこと。
一日経った今日、オレは担任や進路指導担当に合格報告に行くことにした。
今日は土曜だが授業はあるはず。報告予定の教師も全員いるだろう。

今は下校時間だ。帰ろうとする生徒何人かとすれ違った。
学校に着いて下駄箱で靴を履きかえる。

三年の下駄箱から二年の前を通り過ぎて、一年の下駄箱の前を通って、唖然とした。
ピンクやら赤やらのラッピングの箱で埋められた下駄箱が一つ。
そこでオレは今日がバレンタインだとようやく思い出した。

あの下駄箱の主はおそらく赤司だろう。
18年間生きてきて、初めてあんな下駄箱を見た。
つくづく二次元みたいな野郎だ。
当の本人は今頃部活…いや、まだ部活が始まる前か。
放課後のチャンスを狙った女子たちが赤司のもとに殺到しているのだろうか。
…いや、あいつにそんなことするほど度胸のある女子はいないだろう。
机や下駄箱にチョコレートを詰めるのが女子の精一杯なのだろう。


進路担当のいる進路指導室は遠い。
昇降口から渡り廊下を渡って、階段を上って2階へ。
合格報告は電話ですればよかったと早速後悔するが、ここまで来て引き返すのも面倒だ。

渡り廊下を歩いていると、その先に女子の集団が見えた。
その中に一際高い身長の人間が一人。
女子のような仕草をするが生物学上は間違いなく男、実渕がそこに立っている。

「わー!レオのチョコかわいい!」
「そう?あなたのもハート型で可愛いわ」

……聞こえてくる会話の主に自分と同じ男がいるとはにわかに信じにくい。
よく女子が集まってチョコレート交換会をしていたのは知っていたが、まさか実渕もそれをやっているとは。

この黄色い軍団と関わり合いになりたくない。
できるだけ気配を消してその横を通り抜けた。

赤司といい、実渕といい、バスケ部には二次元しかいないのか。




「失礼しました」

進路担当と担任に報告を済ませ、進路指導室を出る。
これで晴れて自由の身だ。
帰って溜まっていたラノベでも読もう。
そう思って足を踏み出した瞬間、ポケットの中の携帯が震えた。
メールじゃなく電話だ。
画面を見ると、『』の文字が表示されている。

「もしもし」
『あ、もしもし千尋?今どこにいる?』
「学校」
『なんで学校…あ、合格報告か』

には昨日合格通知が来たときにメールをしておいた。
あっちはまだ受験の真っ最中だからメールに留めておいたのに、メールの直後、あっちからお祝いの電話がかかってきたのは笑ったが。

『じゃあ、学校近くの公園で会えない?ちょっとだけ』
「…オレは別にいいけど」
『ん?』
「お前はいいの?勉強」
『ちょっとだけだから!』
「…そ、別にいいけど」
『じゃあ、今からそっち向かうね』

そう言って電話は切られた。
の家から学校までは近い。
あまり待たずとも、すぐにあいつは来るだろう。

「……」

受験勉強に忙殺され忘れていたが、今日はバレンタインデーだ。
そう、バレンタイン。
まだ受験真っ只中のがオレを呼び出した理由なんて一つだろう。

柄にもなく心が弾んでいることに気付いてしまって、無性に恥ずかしい。









公園に着いて、ベンチに腰を下ろした。
流れるような動作で携帯を取り出した瞬間、高い声が耳に入る。

「千尋!」

の声だ。取り出したばかりの携帯をポケットにしまって顔を上げる。

「…よ」
「久しぶり」
「だな」

一応オレをは恋人同士という関係ではあるが、会うのは久しぶりだった。
理由は当然、大学受験だ。

「合格おめでと」
「…ん。お前、滑り止めは結果出てんだろ」
「うん。本命は来週。…って、そんな話しに来たんじゃなくて!」

は手に持った小さなカバンをごそごそ探り出す。
中から出てきたのは、薄いピンクの小奇麗なラッピング。

「はい。バレンタインだから」
「…手作り?」

半透明のラッピングは綺麗にまとめられているが、どう見ても素人仕事なのは否めない。
うっすら見える中身も、綺麗ではあるが形はバラバラで売り物ではないのが見てわかる。

「うん、一応」
「…勉強は?」
「少しの息抜きぐらい必要だって」
「…そ」

からチョコレートを受け取る。
するりとリボンを解けば、甘いにおいがした。

「どうぞ」
「……」

に促されて一つトリュフを口に含む。
見た目こそ多少なり歪ではあるが、味はその辺りで売ってるものと遜色ない。
…というのは言いすぎな気もするが、普通にうまい。

「どう?味」
「…まあ、うまい」
「そ、よかった」

そう言うとは嬉しそうに微笑んだ。
トリュフを一つ取って、に差し出した。

「ん」
「…うん。おいしい」

はオレの手からトリュフを食べると、満足げにそう言った。

「自画自賛?」
「できるぐらいにはよくできたと思うけど」
「…まあ、否定はしない」
「来年はもうちょっと凝ったもの作れると思うよ」
「そ」

そう言って最後の一つを食べきった。
なんとなくもったいない気もしたが、食い物を残しておくわけにも行かない。

「ごちそうさん」
「ん、どうも」
「…もう帰るんだろ?」

短い時間しか経ってないが仕方ない。
むしろ受験を控えたが長居するわけにはいかない。
もそれがわかっているから長い時間いないようこのクソ寒い時期外で会ったんだろう。

「うん。勉強しなきゃ」
「…送ってく」
「ありがと」」

バレンタインに一人からチョコレートを手作りもらって、
隣にいるのは、まあ、それなりに可愛いと言えなくもない恋人で。

こんなやりとりがこの日本中でどのくらい行われているのだろう。
下駄箱にチョコを詰められるわけでもなく、女子に囲まれるわけでもない。
このぐらいがオレには分相応だし、何より心地いいと思う。














脇役Bの日常
15.02.14

ハッピーバレンタイン!





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