「世界を失ってでもいい、この人だけは守りたい」
恋愛映画でよくあるセリフだけど、そういう感情が私には理解できなかった。
世界を失うっていうのは、私の家族とか友達とかも失ってしまうってこと。
人の命の重さを比べるつもりはないけれど、恋人一人と家族友人全員を比べたら、答えは明確。

そんなふうに思ってたのは、一ヶ月前までだった。



「人って変わるもんなんだね」

目の前で淡々と数学の問題集を解く白石を見て呟いた。

「何が?」
「んー…、白石と付き合うようになってから、いろいろ変わったなあって思って」

たとえば、今までは学校が終わったらすぐ家に帰っていたのに、テニス部の練習のない日は白石の家で宿題教えてもらったり(主に理数系)
苦手だった数学が少しずつ理解できるようになったり
前よりちょっと可愛い目の服を選ぶようになったり
そして何より、
世界より、大切な人が出来たりした。

きっと冷静に考えたら、世界より大切なんてありえない。世界を失うっていうのは、家族とか友達とかも失ってしまうってこと。
でも、冷静になって考えられないくらい、私は白石に夢中になってしまったのだ。

「あんまり変わったようには見えへんけど」
「いやいや、ものすごい変化ですよ。自分でもびっくりしてるもん」
「そうなん?」
「白石はあんまり変わってないよね」
「そうでもないで」

そうは見えないんだけど、と思いつつ手元の問題集に視線を移す。
二次関数なんて何が何だかわからなかったのに、基本問題なら解けるようになってしまった。

「あーあ、私って人に流されないタイプだと思ってたのになあ…」

そう言って思いっきり机に突っ伏すと、ルーズリーフがいくつか舞い上がった。

「でも俺に流されるんなら悪くないやろ?」

そんなことない、と否定したいのに、確かに悪くないと心のどこかで思ってる。
ああ、私は本当に変わってしまった。

舞い上がったルーズリーフは白石の手元にひらりと落ちる。
そんなルーズリーフとは反対に、私の心は舞い上がったまま落ち着かない。

多分、白石と一緒にいる限り、私の心は舞ったまま。














08.05.07
endless mythさまへ提出作品


白石が風で主人公の心を舞わせている、ということにしたかったのですが、
うっかりよどんだ風=白石 ということになってしまった!