ねぇユキ、小さい頃に一緒に雪だるまを作ったのを覚えてる? まだ4歳くらいの頃のこと、寒い寒いと言いながらどれだけ大きな雪だるまを作れるか試してみた。私たちはまだ小さかったから、そんなに大きいのは作れなかったけど。必死に雪だるまの頭を乗せようと背伸びをしたら、滑って転んで、雪だるまの頭を壊してしまった。それでもう一回作り直して、今度は落とさないよう二人で持って乗せたっけ。出来た雪だるまは、今考えれば1mにだって満たないものだったけど、その頃の私たちにはとても大きく見えた。「やっとできたね」ユキは笑った。「こんなのにつぶされたらしんじゃうね」そう言ったら少し怖くなった。だけど顔を書いてみたらだんだん可愛くて、愛しく思える。「しゃしんとろうよ」ユキはそう言って、家から急ぎ足でカメラを持ってきた。まだデジカメとか、そういう類のものはなかったから、適当にあったインスタントカメラだった。それでも幼い私たちには使い方がよくわからなくて、結局現像してみて撮れていたのは真っ白な空だけだった。 あの雪だるまは寒いあの地方ではしばらくの間、そのまま融けないでいたけど、だんだん小さくなって、いつの間にか消えてなくなってしまった。だけどなくなってしまったときにはすでに私たちは違う遊びに夢中になって、そんなことはどうでもよくなってた。 いつの間にかユキは私たちの故郷からいなくなった。最初は寂しかったけど、何週間、何ヶ月、何年、日が経っていくうちにユキがいないのにも慣れていく。もしかしたら上京すれば会えるのかも、と思ったけど、故郷が好きな私は東京に行く気にはなれなかった。そのままずっと東京に行かないで地元で暮らしていたけど、今年の夏、友だちと東京に旅行に行こうという話になった。なんとなく乗り気になれなかったけど、ユキの顔が頭に浮かんで結局友だちと二人で行くことになった。 東京と一口に言ってもそれなりに広い。偶然会える確率なんて0に等しい。それ以前に、ユキが東京にいるという確証はどこにもない。それでも、ほんの一握りの期待を込めて、東京へ向かった。 暑い暑い。東京の夏は死ぬほど暑い。何だろうこの暑さは。地元は冬になると死ぬほど寒くなるけれど、東京の夏は死ぬほど暑い。配っていたうちわをもらって仰ぎながら、道を歩く。ああ暑いなぁ、雲が夏の雲だ。空と雲の境目がはっきりしてる。真っ白な夏の雲はあのとき作った雪だるまの色に似てる。ボーっと、上を見ながら歩く。人ごみが暑さを更に加速させる。汗が流れる。 ふ、とすれ違った人が、ユキに似ていた気がした。慌てて振り返ったけど、もう人ごみに押され見えなくなった。人を割って必死に追いかける。ユキ、ユキ、ユキ。もう何年も会ってない私の幼馴染。あ、あの、服。さっきすれ違ったのはあの服。ユキなのかなんてわからないけど。ぐいっとその服の裾を引っ張る。驚いた顔で振り返ったのはやっぱりユキ。背が高くなって、大人っぽくなったけど、そこにいるのは間違いなくユキ。ユキも私だと気付いたようで、顔にはさっきとは違う驚きの色。ユキ、元気だった?何でいきなりいなくなったの?今何してるの?聞きたいこと言いたいことは山ほどあるけど、言葉が何も出てこない。ユキも何も言わない。人はたくさんいるのに、彼らは動いているのに、私たちは動けない。 「暑いけど、平気?」必死に開けた口から出てきたのは、そんな言葉だった。自分で何を言ってるんだろう、と恥ずかしくなったけどユキは雪だるまを完成させたときのように笑って、「何言ってんだよ」と言った。ああ、変わらない。ユキは声と姿と、雰囲気は変わってしまったけど笑った顔は変わらない。 「雲が、雪だるまみてぇ」そう言ったユキの手はいつの間にか私の手を握っていた。 |