生徒会の仕事は多岐にわたる。
マンガやドラマの世界とは違って実際の生徒会とはずいぶん地味なもので、「なんの活動してるの?」と言われがちだけど、これでも結構忙しいのだ。

今日は各施設のチェック。
鍵や備品が壊れたりなくなったりしていないか。もし壊れていたら修理もしくは再発注しなくてはいけない。
広い校舎の教室一つ一つチェックし終わると、もう完全に日が暮れていた。
はあ、と息を吐いて生徒会室に戻る。
自分の席に座ると、ドアが開いた。

さん、こっちも終わったよ」
「氷室くん」

もう一人の生徒会役員の氷室くんが戻ってきた。
彼がチェックした表を確認する。

「南校舎の窓、鍵壊れちゃってるんだ」
「うん」

チェックがついてるのはそこだけ。
あとは全部OKのようだ。

さんの方は?」
「こっちは平気」

私が見て回った部分では壊れたりなくなったりしているものはなかった。
あそこの鍵の修理だけ依頼しなくては。
とはいっても私たちが直接業者に頼むわけではない。さすがにそこは先生の仕事だ。

「はー、やっと終わったねー!あとはこれ書くだけ!」

両腕を伸ばして伸びをする。
今日までにこのチェックを終わらせなくてはいけなかったんだけど、なんと今日いる生徒会役員は私と氷室くんだけ。
ほかの面々はみんなインフルエンザで欠席だ。
広い校舎を二人だけで見て回るのは容易ではない。
こんなに遅くなってしまったけど、もう後は先生に報告書を書くだけだ。

「インフルエンザ流行ってるんだね」
「うん…遅くまでかかっちゃったね。ごめんね」
さんが謝ることじゃないよ」

氷室くんはそう言って微笑んでくれる。
彼の笑顔はずいぶんと破壊力がある。
ただでさえ整った顔立ちなのに、優しい笑顔を見せられたらそこいらの女子は一発KOだろう。
私もそんな彼にKOされてしまった一人なのだけど。

「今日は部活もなかったし」
「そっか。…でも、部活ないなら、「せっかく早く帰れる日だったのに!」ってならない?」
「んー…部活ないとなにしていいかわからないんだよね」
「そうなの?」
「うん。どこかコート借りて練習できたらいいけど、オフの日はやっちゃダメだからね」

氷室くんは困ったように苦笑する。
強豪のバスケ部は本当に練習が多い。
それなのに休みの日までバスケしたいなんて、本当にバスケが好きなんだなあ。

「氷室くん、すごいね。毎日遅くまで自主練して、休みも練習したいなんて」
「好きでやってるから」
「そっか。あ、書き終わったよ」

会話をしているうちに報告書を書き終える。
これを先生に提出して今日の仕事は終了だ。

「じゃ、行こっか」
「うん」

鞄とコートを持って、生徒会室を出る。
向かう先は職員室だ。


「先生、これ報告書です」
「おお、ありがとう。あー、あそこの鍵壊れてんのか…」
「はい。修理お願いします」
「明日朝一で電話しておく」

職員室にいる顧問の先生に報告書を渡す。
先生はちょっと申し訳なさそうな顔で受け取った。

「お前ら、悪かったな。二人で大変だっただろ?」

そう言って先生は飴玉を私たちに二つずつくれた。
いちご味だ。








「これで本当に終わりだね」
「ああ」

昇降口で靴を履きかえる。
外はすっかり雪景色だ。

私も氷室くんも寮暮らしだ。
自然と並んで歩き出す。

「氷室くんってさ、どうして生徒会入ったの?」

せっかくの機会なので、前々からの疑問をぶつける。
氷室くんは二学期の始めに転校してきて、生徒会の選挙も二学期の始めだ。
転校してきてすぐに生徒会に立候補なんて、ずいぶん珍しい。

「先生に勧められてさ。立候補すれば手っ取り早く顔と名前覚えてもらえるだろうって」

氷室くんは寒いのかマフラーを巻きなおしながら話す。
そんな顔の横顔を見つめると、立候補なんてせずとも彼ならあっという間に顔と名前をみんなに覚えてもらえただろうと思う。
勧めてくれた先生に心の中でお礼を言う。
氷室くんが生徒会に入ってくれたおかげで私はクラスの違う彼を一緒に仕事をしたり隣で並んで歩けたりしています。ありがとうございます、と。

「オレも軽い気持ちで受けてさ。まさか転校してきたばっかりで当選するとは思わなかった」

苦笑する氷室くんの横で、私は内心当時のことを思い出す。
体育館の舞台に立って所信表明する氷室くんの姿を見て女子が挙って投票したという噂が流れたっけ。

さんはどうして?」
「私?私は中学で先生に勧められて生徒会やってて…、そのままの流れかな」

中学のとき、担任の先生に「合ってそうだ」と言われ、その年に生徒会に入ってそれからずっと生徒会を続けている。
勧められてやり始めたものだけど、自分の性にも合っていると思う。

さん、合ってると思うよ。しっかりしてるし、真面目だし」
「そう?なら嬉しいな。ありがとう」

真っ直ぐ見つめられて褒めてもらえると嬉しくなる。
照れた頬を隠したくて、マフラーに顔を埋めた。

「氷室くん、部活忙しいでしょ?私帰宅部だし、仕事とか任せてくれていいからね」

胸の高鳴りを抑えながら、氷室くんに笑いかけた。
氷室くんは全国制覇だって目指せるぐらいの強豪の部のレギュラー。
一方私は帰宅部で帰ってからすることも特にない。
適当に私に仕事を任せてくれてしまっていい。

「さすがにそれはできないな」
「気にしなくていいよ、私家帰ってもそんなにすることないし」
「…でもほら、監督に怒られるから」

氷室くんは少し困ったように笑う。
…氷室くんは、本当に優しいな。

「荒木先生、厳しいもんね」
「ああ。勉強や委員会もちゃんとやらないと竹刀が飛んでくるから」
「ふふ」

荒木先生が厳しいのは本当だろう。
だけど、それ以上に「仕事を押し付けるわけにはいかない」って思ってくれているんだろう。

胸の奥がきゅんと締め付けられる。
この人のことが好きだなと、そう思う。

「明日からは生徒総会の準備かな」
「そうだね」

もうすぐ生徒総会がある。
生徒会は資料作りや運営準備をやらなくてはいけないのだけど、他の面々がインフルエンザということは私たち二人で準備しなくてはいけない。

「ま、こっちはまだ時間あるし、のんびりやろ」

生徒総会までまだ少し間がある。
こっちは少しずつ進めていって問題ないはずだ

「頑張ろうね!」
「うん」

そんな話をしているうちに寮に着く。
「バイバイ」と言って男子寮と女子寮それぞれに分かれて入っていった。