「あと…残りは保健委員?」
「体育委員も出てない」
「んー…明日催促に行かなきゃね」

二人で帰った日から三日後、私と氷室くんは生徒総会で発表する資料をまとめている。
明日までに提出の各委員会の資料、今のところ出てないのは保健委員と体育委員。
この二つの委員会には明日催促しにいかないと。

「氷室くん、もう部活行ったら?」
「でも、さんまだやってくんだろ?」
「私のは別に今日やらなくてもいいことだから。暇だから今やっちゃおうかなってだけ。そんなに遅くまでやらないし」
「でも」
「もう!行かないと荒木先生に怒られるよ」

そう言って氷室くんの背中を押す。
私が今からやろうとしている仕事は本当にまだやらなくていいものだ。
これを手伝って部活に遅れたら氷室くんが怒られてしまう。

「ね」
「…うん。じゃあ、また」
「バイバイ」

そう言って体育館へ向かう氷室くんの背中を見送る。
さて、できれば今日資料のまとめを終わらせてしまいたい。
そうすれば明日からの生徒総会の準備をスムーズに進むだろう。








「…よし、これでいいかな」

資料をまとめ終えて時計を見ればもう下校時刻だ。
慌てて鞄に筆記用具を入れて帰る準備をする。

資料を戸棚にしまう。
これで明日からの作業はだいぶ余裕があるだろう。
下校時刻までやった甲斐があった。

「お疲れ」
「!」

生徒会室のドアを開けると、そこには氷室くんが立っていた。
驚いて口をぽかんと開けてしまう。

「やっぱりまだやってた」
「え…」
「絶対遅くまでやるだろうなって思って」

氷室くんに微笑みかけられる。
どうやら部活が終わってこちらに来てくれたようだ。

「そんなに遅くならないって言ってたのに」
「う…ちょっと作業にはまっちゃって」
「もう…帰ろう。暗いし、一人じゃ危ない」
「あ、ごめん…」
「?」

思わず謝罪の言葉が出てしまう。
氷室くんは首を傾げている。

もう下校時刻だから、氷室くんは手伝いに来たのではなくきっと送るために来てくれたのだろう。
優しい人だ。
でもきっと、そう言っても「そんなんじゃないよ」と否定されてしまうだろう。

「…ううん。なんでもない。ありがと」

だからお礼を言うに留めておいた。
二人で寮までの道を歩いた。


「寒…」

二人して体を縮こませる。
外はまだまだ寒い。

さん、いつもありがとう」
「え?」

氷室くんに突然お礼を言われる。
思い当たることが全くなくて、首を傾げる。

「よく今日みたいに遅くまで残って仕事してくれてるから」
「え…」
「いつもオレたちが仕事しやすいように書類の整理したり、まとめたりしてくれてるだろ」

氷室くんは私の頭を撫でる。
胸の奥がぎゅっと締め付けられた。

「いつもありがとう。お疲れさま」

別に誰かに知ってほしくてやっていたわけじゃない。
誰に知られなくてもいい。自分でやりたいからやっているだけの自己満足だった。
だけど、誰かが知ってくれていたこと、氷室くんが知ってくれていたこと、それがこんなにもうれしいなんて。

「…ありがと」

マフラーに顔を埋めて、小さい声で言った。
氷室くんが微笑んでいるから、ちゃんと届いているのだとわかった。

「生徒会長だからって、あんまり抱え込みすぎないでね」
「ん…氷室くんは今まで練習してたの?」

気恥ずかしくて、話題を逸らそうと部活の話題を振る。

「うん」
「自主練?」
「いや、今日は監督が厳しくてね。この間の練習試合がいい内容じゃなかったから」

氷室くんは頭を掻いて照れたように笑う。
よく笑う人だけど、今みたいな笑顔は珍しい。

「ふふ、そうなんだ」
「ああ、さすがに疲れたな…」
「でも氷室くん、いつも遅くまで練習してるでしょ?全体練習の後自主練してるし」

そう言うと氷室くんは目を丸くする。
なにに驚いているのかわからず首を傾げると、氷室くんは優しい顔で笑った。

「よく知ってるね」
「え…あっ!」

私今もしかして、「いつも氷室くんのこと見てます」発言しちゃった!?

「あ、えっと…。あれ、有名だから、氷室くん。練習熱心だってことも」
「そうなんだ?」
「そうだよ!」
「じゃあ、オレがいつもさんのこと見てるみたいに、さんもオレのこと見ててくれてるわけじゃないんだ」
「え…」

氷室くんの発言に、一瞬思考が停止する。
氷室くんが、私を見ている、って…。

「氷室くん、あの」
「見てるよ、いつもさんのこと。さんが好きだから」

まるでマンガみたいに、手に持っていた鞄を地面に落としてしまう。
一気に顔に熱が集まって、寒いはずなのに体が熱くて仕方ない。

「好きだよ」
「氷室くん…」

ぎゅっと自分の手を握る。
私もちゃんと自分の思いを伝えなくちゃ。

「氷室くん、私も」
「……」
「私も、氷室くんが好き…」

少し震えながら、絞り出すような声でそう告げた。
氷室くんの笑った顔が見えたと思ったら、次の瞬間彼に抱き寄せられて表情が見えなくなってしまった。

「氷室くん…」
「好きだよ」
「私も…」

帰り道、誰もいない道路で少しの間抱きしめあった。