生徒総会前日、用意はスムーズに進んだ。 みんな自分の仕事を終えて生徒会室を出ていった。 生徒会室には私と氷室くんだけ。 「…よし、これで終わり」 氷室くんは最後の書類にホッチキスをして、書類の山をぽんと叩いた。 「さんは?」 「私も終わり」 「…でもまだ帰らない?」 氷室くんはじっと私を見つめてくる。 たぶん、この間のようにみんなを帰して一人で仕事をすると思っているんだろう。 「終わったけど、その…」 じっと氷室くんを見つめ返す。 ゆっくり喋る私を氷室くんは待ってくれる。 「氷室くんと一緒に帰りたいなって思って…。部活終わるまで、ここで待ってていい?」 氷室くんとはクラスも違うし、委員会がないと一緒にいられる時間はあまりない。 寮までの短い距離でも一緒に帰れたら、そう思って言ってみると、氷室くんはぎゅっと私を抱きしめた。 「ひ、氷室くん」 「うん。一緒に帰ろう」 「氷室くん、ここ、学校だから…」 抱きしめられるのはうれしいけど、ここは学校だ。 「…そうだね」 氷室くんは少し不機嫌な顔になってしまう。 少し申し訳ないと思うけど、やっぱりよくない。 「じゃあ、待ってて。迎えに来るから」 「うん」 そう言って彼の背中を見送る。 さて、待っている間なにをしよう。 生徒会の仕事は本当に終わっているので、生徒会室の掃除でもしようか。 「さん、お待たせ」 「氷室くん」 下校時刻ギリギリに氷室くんは来た。 読んでいた生徒会誌を棚にしまった。 「ごめん。ちょっとギリギリになっちゃった」 「わ、本当だ」 時計を見れば校門が閉められる時間まであと二分しかない。 私たちは慌てて校門を出た。 「はあ…」 「よかった、間に合った」 校門を出て、一息吐く。 先生に「気を付けて帰れよ」と言われたので、一礼をした。 「そういえばさっき生徒会誌読んでたの?」 「うん」 寮までの道を歩きながら、氷室くんがそう言ってくる。 生徒会室の掃除も早々に終えてしまった私は、昔の生徒会誌を読んでいた。 こういうものを読む機会は少ないけど、よくよく読んでみると意外と面白い。 「生徒会室でのんびりすることってあんまりないから。読んでみると結構ふざけたこと書いてあって笑っちゃった」 生徒会役員と言ってもみんながみんな生真面目なわけじゃない。 生徒会誌の隅には落書きがしてあったりして、楽しんでやっていたんだろうなということが窺えた。 「へえ。オレも今度読んでみようかな」 「うん。あ、そういえば可愛い絵があってね…」 とても可愛らしい絵があって、思わず写メを撮ったはずだ。 携帯を取り出そうと思って、鞄を探る。 「あれ?」 いつものポケットに携帯が入っていない。 そういえば、写メを撮った後、鞄に入れた覚えがないような…。 「あ…」 「どうしたの?」 「携帯、忘れちゃったみたい…」 そうだ。絵を撮って、机に置いて、その後鞄に入れていない。 生徒会室に忘れてしまった。 「はあ…」 「取りに戻る?」 「でももう校門閉まっちゃってるし」 下校時刻を過ぎたら学校にはもう入れない。 特別な届を出せばいられるけど、それも部活や委員会の用事で事前に申請した場合のみ。 携帯なしで過ごさなくてはいけないけど、一晩だけだし仕方ない。 「いいの?」 「うん…ちょっと不便だけどね」 「入れるよ?学校」 「え?」 「南校舎の窓からね」 「!」 南校舎の窓、前に私と氷室くんが各校施設の点検をしたときに買いが壊れていた窓だ。 「え、まだ壊れてるの?」 「うん。昨日先生に聞いたんだ。修理頼んだら部品が来るのに時間が掛かってるみたいで」 「でも、ダメだよそんなの」 首を横に振ってそう言うと、氷室くんは眉を下げる。 その顔に絆されそうになるけど、夜の学校に忍び込むなんてよくない。 「…今日、電話できないの寂しいなって」 氷室くんは悲しげな顔でそう言う。 それは、私だって寂しい。だけど、 「生徒総会終わったらしばらく生徒会活動ないしさ」 「あ、の…」 氷室くんはじっと私を見つめると、私の泳いだ目を見て迷っていることを悟ったのか、私の腕を引っ張った。 「ひ、氷室くん!」 「携帯取るだけ。ね?」 「う…」 結局私はそれ以上拒絶の言葉を紡げなかった。 忘れ物を取りに行くだけ。それだけだ。 だからどうか許してくださいと、クリスチャンでもないのに学校の教会を思い浮かべながら祈った。 「ほら、ここ。壊れたままだろ?」 「本当だ…」 南校舎の窓の鍵は確かに壊れたままだ。 「大丈夫なの?壊れたままで」 「重要な書類とかがある教室は鍵がかかってるからいいんじゃない?」 「でも応急処置ぐらいしておけばいいのに」 「それをすると却って『壊れてます』って主張することになるからやめてるらしいよ」 「なるほど…」 氷室くんは窓を静かに開ける。 ひょいとサッシに足を掛けると、私に手を差し出してくれる。 「はい」 「……」 ドキドキしながらその手を取る。 なんだかとてもいけないことをしている気分だ。 いや、悪いことをしているのだけど。 「…っと」 音を立てないよう廊下に降りる。 当然学校の中は真っ暗だ。 「…生徒会室、こっちだよね」 できるだけ小さい声で話しながら、氷室くんと生徒会室に向かう。 ここから生徒会室はそんなに遠くない。 高鳴る心臓を抑えながら歩き始める。 忍び足で歩きながら、生徒会室の前まで来た。 静かにドアを開けると、机の上に私の携帯が置いてあるのが確認できた。 「あった」 ほっと胸を撫で下ろす。 「よかったね」 「うん。…!」 携帯を鞄に入れると、廊下からコツコツと足音が聞こえてくる。 巡回の警備員さんだろうか。 見つかったら大変なことになる。 「まずい」 「!?」 氷室くんは私を壁際に引き寄せる。 だけでなく、身を小さくするように私をぎゅっと抱きしめる。 「氷室く」 「しっ」 思わず声をあげると、氷室くんは人差し指を口に当てて「黙って」と言ってくる。 ダメだと言われても、高鳴る心臓は抑えられない。 彼の顔を見ていると声をあげてしまいそうで、私は目を瞑った。 足音はこちらに近付くことなく遠のいていく。 どうやらこの教室の前は通らなかったようだ。 「……行った?」 「行ったね」 顔をあげると氷室くんも安堵の表情を浮かべている。 「…あの」 「?」 「もう行ったんだし、離れてもいいんじゃないかな…?」 もう巡回の警備員さんは行ってしまった。 恐らくしばらくはこちらに来ないだろう。 もう身を縮ませる必要はない。 恐る恐る聞くと、氷室くんは妖しい顔で笑った。 「…嫌だって言ったら?」 「え…」 思いもよらぬ言葉に驚いている隙に、氷室くんの顔が私に近付いた。 氷室くんの唇が、私の頬に触れる。 「ひ、むろくん」 「今すごくいけないことしているね。『生徒会長』」 「!」 氷室くんはわざとらしく強調して言ってくる。 「ひ、氷室くんだって生徒会でしょ」 「まあね」 精一杯の抵抗のつもりで言ったのに、氷室くんは意に介さない。 夜の学校で抱きしめあってキスをして、すごくいけないことだとわかっている。 わかっているのに、ドキドキが止まらない。 「氷室くん、あの」 「『離して』って言いたい?」 氷室くんは今まで見たことないような、鋭い視線を私に向けてくる。 心臓を抉るような目だ。 「ここは学校だから、ダメ?」 「そう、だよ」 「じゃあ学校の外ならいいの?人目があるけど」 「え、っと…人目のない、学校の外とか」 「そんな場所、オレは一つしか思い当たらないんだけど」 氷室くんはその場所を耳打ちしてくる。 一気に顔が沸騰しそうなほど熱くなった。 「そ、そんなとこの話してない!」 「そう?ラブホテルぐらいしか思いつかないんだけど」 「!さ、最低!」 ぐっと氷室くんを腕で力いっぱい押すけどびくともしない。 それどころか、余計に強く抱きしめられるだけだ。 「学校の中はダメ、外もダメ、寮は行き来できない。ならオレたちはどこで抱きしめあって、キスをすればいい?」 氷室くんのまっすぐな視線に射抜かれる。 氷室くんの言いたいことは、わかる。だけど、私は「どこ」と答えられない。 「さんはオレとキスしたくない?」 顔を近付けて、甘い声で言ってくる。 そんな声で言われたら、そんなことないと答えるしかない。 「オレだってしたい。抱きしめあって、キスがしたい」 氷室くんの言葉一つ一つに、自分がどんどん絆されていくのを感じてしまう。 よくないことだとわかっているのに。 「たまには真面目な仮面脱ぎ捨てて、こういう場所でこういうことするのも悪くないんじゃないか?」 おでこをこつんと合わせて、至近距離でそんなことを言ってくる。 氷室くんは卑怯だ。 「…悪いよ」 「そう?」 目線を逸らして言ってみるけど、視界の端に見える氷室くんは全部わかったような目をしている。 私の心は、完全に溶かされてしまった。 自分の理性が欲望に負ける瞬間は、背徳感に満ちている。 そのくせ、どこか心地いい、中毒性のある麻薬のような感覚だ。 「もっと悪いことをしようか」 そう言われて、目を閉じた。 もう一度唇が触れる。今度は唇と唇が。 初めてのキスは、夜、誰もいない教室で。 誰もいない教室で ← 14.12.21 ファンブック記念リクエストの氷室×生徒会でした! 感想もらえるとやる気出ます! |