※プロポーズ企画中毒性のある手のひらとリンクしてます



私と真はとにかく忙しい日々を送っていた。
まず荷造り。私も真もあまり物は持たないほうだけど家ごと引っ越しとなればさすがに大変なことになっている。
真のほうは出国までに終わらせなければならない仕事が山ほどあるらしく、そのせいで荷造りもあまり進んでいない。
私は私で仕事を辞めるわけだから、その整理に忙しい。
一応英語は話せるけど、さすがに暮らすとなると今の英語力では不安だから少しは勉強しておきたい。
お互いの親への挨拶はどうにか時間を作って済ませたけど、とにかく毎日が慌ただしくて目が回りそうだ。

そんな中、私の両親から当然の質問が飛んできた。


「結婚式しないのって」
「あ?」

珍しく早く帰ってきた真に、夕飯の最中そう聞いてみると案の定嫌な顔をした。

「うちの両親がさ、結婚式しないのって」

結婚すると報告した時から、親にしょっちゅうせっつかれている。

「どこにそんな時間があんだよ」

真は不機嫌な顔のままそう答える。
私もそう言っているんだけど、やっぱり娘の一生に一度の晴れ姿、ちゃんと結婚式をしてほしいのが親の願いなんだろう。

「まあね…」
「…したいのかよ」
「いや、別に」

結婚式自体には興味がない。というか、正直したくない。
みんなの前で着飾った姿を披露するのはどうにも恥ずかしい。
それに、横にいるのがこいつなわけだ。
きっと、式の最中終始作り笑顔を通すのだろう。
なんていうか、それって、いろんな方面に申し訳ない。

「じゃあいいだろ。オレもお前もしたくねーし時間ねーし」
「だけど、ちょっと申し訳ないなって」
「誰に」
「親に」

嫁入り前の娘が男と同棲して、やっと結婚するかと思ったら海外に行ってしまう。
親の気持ちを考えるとさすがに胸が締め付けられる。
せめて、イギリスに行く前に親孝行したいと思うわけだ。

「…ふーん」

真の興味なさそうな声が響く。
結婚式はしたくない、でも親はしたがっていて私もその願いは叶えてあげたい、でも時間がない。
…考えてもどうしようもないことだ。
その話題はそれきりになった。







「あ、お帰り」

結婚式の話をしてから一週間経った夜、お風呂から上がるとちょうど真が帰ってきたところだった。
真は鞄から何かパンフレットのようなものを取り出すと私に投げ渡す。

「わ、なに」
「妥協案」
「は?」

何の、そう思いながら渡されたパンフレットを見ると、所謂フォト婚のパンフレットだった。

「!」
「式挙げるより簡単だし、そのぐらいなら時間とれるだろ」

確かに結婚式より手間も時間もかからないし、私の懸念事項だった「ウェディングドレス姿を周りに披露する」こともない。
親にも花嫁姿を見せられる。
確かにいい案だ。
だけど。

「どうしたの、突然。この間は嫌そうな顔してたのに」
「こっちも親に言われたんだよ、式挙げねーのか相手のお嬢さんにも親御さんにも失礼だろってうるさく」
「ああ…」

真の家はそういうの結構うるさいというか、格式ばったところがあるようだ。
親はそこまで気にしてないみたいだけど、親戚関係がうるさいとかなんとか。
今回も親戚から親御さんの方に言われたんだろう。

「急な海外赴任で挙げる暇ねーから写真だけ、とか言っときゃどうにかなんだろ」
「なるどね」

真の親戚の本音としては式を挙げてほしいだろうけど、時間がないのは本当だし、どうにかなるだろう。
撮る日付を決めて、手帳に赤い丸を付けた。





何度か打ち合わせを重ねてとうとう当日。
プロの方々に髪をセットしてもらって、お化粧してもらって、ウェディングドレスを着せてもらった。

「はい、出来ました。どうですか?何か気になる点は御座いますか?」

さすがプロのお仕事。
気になる点なんてあるはずもない。
鏡の中には、綺麗に着飾った私の姿が映ってる。

「きっと旦那様も見とれますよ」
「いやあ、そんなやつじゃないですよ…」

ウェディングドレスを着て、髪もセットして、綺麗にお化粧もした。
普段の3割増しぐらいにはなっているだろう。
それでも真が私に見とれる姿が想像できない。
そういうやつだから…。

「そんなことありませんよ」
「うーん…」

メイクさんとお話していると、ドアがノックされた。
はい、と答えると、真が入ってきた。

「……」
「では、準備が出来ましたらお呼びしますので、ごゆっくり〜」

ごゆっくりってなんだ、そう突っ込む前にメイクさんは部屋から出ていってしまった。
部屋には、私と真二人きり。

「…どう?」
「馬子にも衣装」

ですよねー!と心の中で叫ぶ。
絶対言うと思った。
こいつのタキシード姿ちょっとかっこいいとか思った自分を殴りたい。

「暇だな」

真はそう言うと窓際の席にドカッと座った。
私もその隣に座る。

「どのくらい掛かるのかな」
「さあな」
「…お母さんたち、まだなのかな」

真の親は来ていないけど、私の両親は来ている。
親も一緒に撮れるプランがあったのでそれを選んだのだ。
親は別室で用意をしているけど、そっちの時間がかかっているんだろうか。

「ウェディングドレスより時間かかるわけねーだろ」
「だよね」
「『二人きりで話して緊張を解してください〜』とか、そういうことだろ。この待ち時間」
「ああ、なるほど」
「この女が緊張するタマかよ」
「…どういう意味よ」

真は言いたい放題だ。
くそう…私の親が居たら絶対こういうこと言わないくせに。
馬子にも衣裳発言と言い、なんかムカつく。

「…この猫かぶり」
「あ?」
「さっきもプランナーさんにもうちの親にもニコニコ笑顔で応対したくせに」
「うるせーボケ」
「痛っ!」

真は私の頭をごつんと叩く。
せっかくセットしてもらったのに、崩れてしまうじゃないか。

「…こんなのだって知ってたらうちの親は結婚反対したでしょうね!」

嫌味っぽく言ってやる。
私の両親に会うときもめちゃくちゃ猫かぶった対応で、素の状態を知っている私からしたら気味悪かった。
そりゃ本性出して親に会ったら猛反対だっただろうけど。

「……」
「…なに」

また嫌味でも返されるかと思ったら、何も言ってこない。
じっと私を見つめるだけだ。

「反対されたら、しねーのかよ」

少しの沈黙の後、真は真剣な顔で、私から顔を逸らして言ってくる。

「…バカ」

冗談で言ったのに、そんな返しをされるとは思っていなかった。
そんなわけないでしょ、そんな意味を込めて「バカ」と言ったら、真が一瞬笑った気がした。

「…後悔しても知らねーぞ」

部屋に真の声だけ響く。
後悔か。

「…とっくにしてる」

うつむいてそう言うと、真の視線を感じた。彼の表情は見えない。
どんな顔で、私の話を聞いているんだろう。

「10年前からずっとしてる。なんでこんなやつ好きになっちゃったんだろうって」

本当に最低で、どうしようもなくて、クズみたいな人間で。
そんなことわかっているのに、
私は結局、今もこの人の隣にいる。
そしてこれらも、ずっとそう思いながら隣にい続けるんだろう。

「なんであんたじゃなきゃいけないんだろうね」
「こっちの台詞だ」

真がハッと鼻で笑う。
顔を見れば、いつものあの憎たらしい笑顔を作っている。

「……」
「……?」

真は表情を神妙なものに変えると、じっと私を見つめる。
ゆっくり、言葉を選ぶように口を開いた。

「…一回しか言わねーぞ」
「?」

真は真剣な表情のまま体ごとこちらに向ける。
そして、私の頬に触れる。

「綺麗だ」

真の言葉に、一瞬心臓が止まるかと思うほどの衝撃を受ける。
だって、十年以上一緒にいて、今までそんなこと一回も言われなかった。
なのに、こんな突然、そんなに優しい声で、

「な、何言って、いきなり」
「黙れよ」

真は少し、私に近付く。
そのまま、キスをする。
優しい、軽く触れるだけのキス。

「…っ」

私は思わず、泣いてしまった。

「何泣いてんだよ」
「うるさい…」
「化粧落ちんぞ」
「…っ、誰が泣かせたのよ」

せっかくしてもらったメイクが崩れる。
そう思って必死に涙を堪えるけど、無理だった。
だって、真といて、意地悪で最低で、性格なんて最悪の真といて、こんなに温かい気持ちになるなんて、思ってもいなかったから。

「これから一生泣かせてやるよ」

それは、素直になれない彼の、精一杯のプロポーズだ。









ハレルヤ
15.06.08







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