※プロポーズ企画キスとおやすみとリンクしてます


本格的な冬が訪れる少し前、私と千尋は簡単な結婚式を挙げた。
出席者はお互いの親族のみという小さな結婚式だ。
私のお腹が目立たないうちにと急いだためでもあるし、こういうこじんまりとした式が私たちの性に合っている気がした。

式の最後、お父さんが千尋に「娘を宜しく頼む」と言っていたのが印象的だった。


「…っあー、疲れた…」

式が終わりホテルにチェックインすると、千尋はベッドにダイブした。
結婚式という慣れない空間、さすがに私も疲れた。
ぽすんと千尋の隣に座る。

「お疲れ」
「…お前は余裕そうだな」
「そんなことないよ?さすがに疲れてる」
「見えない」

千尋は額に手をやると、私をじっと見つめる。

「…母は強しってやつかね…」

意外な言葉に目を丸くする。まさかそんなことを言われるとは。

「お父さんも強くなってください」

そう言うと、千尋は何かを思い出すように遠くを見る。
少し間を開けて小さく口を開いた。

「…よろしく頼むって言われてもねえ…」

思い出していたのは結婚式での一幕のことのようだ。
お父さんに言われたことを気にしているんだろうか。

「よろしく頼まれてよ。人のこと孕ませたんだから」

冗談交じりに、笑いながらそう言うと千尋は苦い顔をした。

「…別に」
「?」
「子供が出来たからお前と結婚したわけじゃない」

千尋はまっすぐ私を見つつ、はっきりした口調でそう言った。
心臓がドクンと跳ねる。

「え…」
「お前は、どうなんだ」

千尋の言葉が胸に沁みる。
思考が少し止まった後、自分がとても喜んでいることを自覚した。

「ありがと」

私もベッドに寝転がる。
千尋は体を転がしてふいと向こうを向いてしまった。
千尋の背中に、自分の体をくっつけた。

「嬉しい」

絞り出すような声でそう言った。
目を閉じると、涙が出そうだ。

「私もだよ。千尋と同じ。千尋だから、結婚したんだよ」

そう言うと、千尋はもう一度体を半回転させてこちらを向いた。
じっと私を見つめた後、優しく髪を撫でた。
あまり柄でないことをされて、胸の奥が締め付けられる。

「…酔ってる?」

事後でもないのにこんなことをするのはあまりない。
半分本気、半分照れ隠しで聞いたら千尋は不機嫌な表情になる。

「お前が飲まないからオレが飲ませられたんだろ」
「だって飲めないんだもん」
「うるさい」

私の言葉を遮るように、千尋はぎゅっと私を抱きしめた。
相変わらず左手は私の髪に優しく触れている。

胸に甘い痛みが走る。
千尋にこんなときめきを覚えるのはどれぐらいぶりだろう。

ずっと付き合ってきて、一緒に暮らし始めて、一緒にいるのが当たり前の空気のような存在になった代わりに、付き合ったばかりの甘いときめきを覚えることは少なくなった。
それが嫌なわけではない。むしろ家族になっていく感覚がいいなと思っていた。

でもやっぱり、それだけじゃない。
私はこの人のことが好きなんだ。

「千尋、好きだよ」

そう言ったら千尋はキスで答えてくれた。
お腹の赤ちゃんが、少し動いた。

幸せの音が、聞こえた気がした。












幸せの音
15.06.02







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