アクアマリン/1

 よく晴れた土曜日の午後二時、カナズミシティポケモンセンター前。私は、ここである人を待っている。
「ごめんね、遅れちゃったかな」
 私を見つけて、笑顔で駆け寄る男性が一人。彼の名はツワブキダイゴ。ホウエンリーグのチャンピオン、大企業デボンコーポレーションの御曹司だ。
「いえ、私が早く着いちゃっただけで」
 かたや私は、デボンに勤めてはいるものの、数多くいる社員の中でも平の平。ポケモン勝負もたいして強くはない、ただの一般人。
 そんな私がなぜこんな別世界の人と待ち合わせをしているのかというと、その理由は約一週間前に遡る。




『次に紹介するのはホウエンリーグのチャンピオンです!』
 勤め先であるデボンコーポレーションからの帰り道。その途中にあるカナズミシティで一番大きな街頭ビジョンに映し出されたのは、ホウエンリーグの特集番組だ。ふと歩みを止めて大きなモニターを見上げれば、青みがかった銀髪の男性が映っている。
 彼の名前はツワブキダイゴ。ホウエンリーグのチャンピオン、そしてデボンコーポレーションの御曹司。このホウエン地方ではちょっとした有名人だ。
「そういえば、今日会社に来てたっけ……」
 彼はチャンピオン業の傍らデボンの役職も担っており、時折デボンにも顔を出している。彼が出社するたび女子社員の間では小さな話題となるのが常だ。今日も同僚たちが黄色い声を上げていた。御曹司兼チャンピオンの肩書きに加え、整った容姿の彼が人々の注目の的になるのも頷ける。
 私も今日を含め何度か社内で彼を見かけたことがある。しかし、私は経理部所属の一般社員、平の中の平。彼とは会話どころか目を合わせたことすらない。同じ会社にいるけれど、私には遠い世界の人だ。確か年齢も私の二、三個上と近い年齢のはずだけれど、同年代でこの立場の差というのがまた別世界の人であることを際立たせる。
 私は女性リポーターの質問に笑顔で答える彼から視線を外して、モニターの上部に流れるニュース速報を見つめた。

〈カナズミ近郊で発生した工場火災、鎮火した模様〉

 仕事中に耳に入った、カナズミ近く、一一六番道路の側で起こった工場火災のニュース。私のマンションからも遠くない場所のため、この件がずっと気になっていた。鎮火したとの報せに安堵して、私はカナズミジムの先にある一人暮らしのマンションまでの道を歩き始めた。
「あれ……」
 マンション近くまで来たところで、ポケモンの小さな鳴き声が耳に入った。きゅう、という苦しそうな声だ。辺りを見渡してみたけれど、目に入るポケモンはトレーナーに連れられた元気な子たちばかりだ。苦しそうな鳴き声は気のせいか、それとも聞き間違いだろう。そう思い再びマンションへ足を向けた、そのとき。
「きゅ……」
 あ、まただ。また雑踏の中、どこからかポケモンの声が聞こえる。聞き間違いではない。立ち止まって耳を澄ませば、一一六番道路のほうから聞こえてくることに気づいた。
「……ぅ」
 ほんの小さな声だけれど、確かに聞こえる。絞り出すような、苦しそうなポケモンの声が。居ても立ってもいられずに、私は声のするほうへと向かった。
 カナズミから抜けて一一六番道路へ入ると、先ほどのポケモンの声が大きくなる。やはりこのエリアに鳴き声の主がいるようだ。
「どこ……?」
 今日のお昼過ぎにこの近くの工場で火災があったせいか、普段は多くいるトレーナーの姿は見えず、野生のポケモンもほとんど見当たらない。
「あ!」
 大きな木の下に、青い影が見えた。駆け寄れば、そこにいたのはチルットだ。
「ひどい怪我……」
 チルットの隣で膝をつき、じっと怪我の具合を確認する。無数の切り傷に打撲、なにより目立つのは大きな火傷だ。この辺りに炎ポケモンはいないのに火傷を負っているということは、おそらく工場火災に巻き込まれたのだろう。
 一一六番道路にチルットは生息していない。このチルットは野生のチルットではないのだろう。足にピンク色のリボンもついており、確実にトレーナーのいるポケモンであることがわかる。
 野生のポケモンが自然の中で負った怪我なら人間が手を加えるべきではないかもしれないけれど、このチルットは野生の可能性は低く、怪我も人間社会の都合によるものだ。私は躊躇わず、きずぐすりを取り出そうと脇に置いた鞄に手を伸ばした。けれど。
「あっ!」
 いつの間にか私のショルダーバッグの上に、大きなスバメが乗っている。返してもらおうにも、スバメは金切り声をあげてこちらを威嚇し始めた。おそらくここはスバメの縄張りなのだろう。スバメは毛を逆立て、私とチルットに今にも飛びかかってきそうな勢いだ。スバメはもともと好戦的なポケモン、さらに近隣の火災という環境の変化もあわさって気が立っているのだろう。
「ごめんね、すぐに退くから」
 私は慌ててチルットを抱きかかえ、ここから退こうと立ち上がる。しかし、すでに周囲には別の複数のスバメが並んでいた。おそらく鞄に乗ったスバメの仲間だ。カナズミシティに帰ろうにも、いつの間にか囲まれてしまっている。
「モンスターボールは……、あっ!」
 こちらもポケモンを出して応戦しようにも、私の唯一の手持ちであるエネコの入ったモンスターボールはスバメが乗った鞄の中だ。スバメは怪我をしたチルットや、生身の人間が敵うポケモンではない。
 一番大きなスバメが、一際大きな鳴き声をあげる。体を丸めたのは攻撃のサインだ。大怪我をしているチルットが今攻撃を受けたら……。
「キーッ!」
 スバメがくちばしをこちらに向けて、ものすごい早さで飛んでくる。くちばしを使った攻撃だ。
 避けられない!
 私は咄嗟にぎゅっと目を瞑り、チルットを強く抱きしめる。
「……?」
 しかし、予想に反して攻撃はやってこない。おそるおそる目を開けると、目の前にいるのは深い青色をした大型のポケモンだ。私が普段接するポケモンとは違う、無機質さを感じる鋼のような硬い肌。見知らぬポケモンなのに、一目で鍛え抜かれていることがわかる。
 そして、そのポケモンのそばに佇むのは一人の男性だ。青みがかった銀髪に、黒と紫のスーツを纏った高貴な雰囲気。間違いない、先ほど街頭ビジョンに映っていた人。ホウエンリーグチャンピオン、私の勤務先であるデボンコーポレーションの御曹司のツワブキダイゴだ。
「メタグロス、サイコキネシス!」
 ダイゴさんは目の前のポケモン――メタグロスというのだろう――に澄んだ声で指示を出す。メタグロスのサイコキネシスを受けたスバメたちは、慌てた様子で空高く飛び去ってしまった。勇敢なスバメたちが退散してしまうほど、力の差が大きいのだ。
「きみ、怪我はない?」
 急な展開にぽかんとしていると、ダイゴさんが私に声をかけてくる。私ははっと我に返って、腕の中のチルットの状態を確認した。
「私は大丈夫です。この子が……!」
「ひどい傷だ。ポケモンにやられた?」
「いえ、たぶん工場火災に巻き込まれたのかと……」
 ダイゴさんは会話をしながらやけどなおしを取り出して、チルットに吹きかける。チルットは苦しそうにきゅ、と鳴いて顔をしかめた。
「これじゃ焼け石に水かな、ポケモンセンターへ急ごう」
「はい」
 私たちはまともに自己紹介をすることもなく、カナズミシティのポケモンセンターへと走った。

 一一六番道路最寄りのポケモンセンターは、いつもとは比べものにならないほど混んでいた。たくさんの人、人、人。漏れ聞こえる会話からして、おそらく工場火災で被害を受けたポケモンを預けにきた人たちなのだろう。
「次の方!」
 ジョーイさんに呼ばれ、私とダイゴさんはチルットを抱えて受付カウンターへ駆け寄った。もうチルットは息も絶え絶えだ。
「ひどい傷……! この子、持病はありますか?」
「わかりません。私のポケモンじゃなくて一一六番道路にいた子なんです。リボンもついてますし、きっと工場の方のポケモンじゃないかと……」
「わかりました。後ほど工場の方々に聞いてみます。処置が終わるまでポケモンセンター内でお待ちください」
「はい、お願いします」
 ジョーイさんは必要最低限のことだけを確認すると、チルットを奥の処置室へと連れて行く。開いたドアから見えた処置室内は、私の想像以上に慌ただしい様子だった。
「時間がかかりそうだね。座って待とうか」
「はい」
 私はダイゴさんと共に、センター内のソファに腰掛けた。とりあえず、今私ができることはすべてしたはずだ。息を吐いて、心を落ち着ける。
「きみのポケモンじゃなかったんだね」
「はい……仕事帰りに突然ポケモンの苦しそうな鳴き声が聞こえてきて、一一六番道路を探してみたら倒れているあの子がいたんです」
「ボクも同じだよ。チルットの鳴き声が聞こえてきたから向かってみたら、きみがスバメに襲われそうになっているのが見えて」
 ダイゴさんに言葉に、私は「あ」と声を出す。
「あの、助けていただいてありがとうございました」
 そういえば慌ててしまってお礼を言えていなかった。深々と頭を下げると、ダイゴさんは「気にしないで」と笑顔で答えてくれる。
「あのポケモン……メタグロスにもありがとうって伝えてもらえますか」
「うん。えっと……そういえば自己紹介がまだだったね。ボクはダイゴ」
「あの……チャンピオンのダイゴさんですよね」
「ボクのこと知ってたんだ」
 有名人ですから、と答え、続けて私は自分の名前を告げた。すると、ダイゴさんは私の名前を呼んで、言葉を続ける。
「こちらこそ、メタグロスのことを気遣ってくれてありがとう」
 「そんなこと」と言おうとしたところで、受付の辺りが騒がしくなったことに気づく。チルットになにかあったのかもしれない。立ち上がって受付カウンターを見つめると、処置の終わったポチエナがトレーナーのもとに帰ったところのようだった。
「チルットが心配?」
 ダイゴさんに問いかけられ、私は小さく頷いた。
「あまり心配しすぎないで。ジョーイさんたちに任せよう」
「はい……」
 ダイゴさんの言うとおり、チルットを預けた今、私にできることはない。心配したって仕方ないのはわかっているけれど、それでも不安は尽きない。
 私はぎゅっと両手を祈るように握って、チルットの治療が終わるのを待った。

 どれぐらい時間がたっただろう。ポケモンセンター内は相変わらず混雑しているものの、少しずつ人が減ってきた。治療の終わったポケモンを引き取ったトレーナーが帰ったのだろう。
 チルットはまだだろうか。もしかしたら、治療がうまくいっていないのかもしれない。じっとしていると、悪い方向にばかり考えてしまう。
ちゃん」
 不安に押し潰されそうになっていると、ダイゴさんが私の肩を優しく叩いた。
「時間、かかってるね」
「はい……やっぱり重傷なのかな」
「そうだね……。あ」
 ダイゴさんは小さな声を漏らすと、突然立ち上がる。どうしたのだろうと思い私も顔を上げると、彼の視線の先、カウンターの奥にチルットの姿が見えた。
「終わったみたいだ。行こう」
「はい」
 私たちは早足で受付カウンターへ向かった。カウンター内、ジョーイさんの隣に、小さいポケモン用の処置ベッドで丸くなるチルットの姿がある。
「あの、チルットは大丈夫ですか?」
「処置は一段落しました。命に別状はありません」
「よかった……」
 ジョーイさんの言葉に、ほっと胸を撫で下ろす。隣のダイゴさんをちらりと見れば「よかったね」と笑顔で返してくれた。
「ただ……工場の方々に聞いてみたんですけど、皆さん自分のポケモンは手元にいるみたいで」
「え……」
「警察に捜索願が出てるポケモンはポケモンセンターにも情報が共有されるんですが、そちらを確認しても該当の届けがなくて……」
 工場の人たちのポケモンでもなく、捜索願も出ていない。つまり、今の時点でこの子のトレーナーはわからないということだ。
 足にリボンがついているから、この子はトレーナーのいるポケモンのはずだ。トレーナーが誰かわからないと、この子をトレーナーの元に帰すことができない。
「チルットの怪我は具体的にどういう状態なんですか?」
 悶々と考えていると、隣のダイゴさんがジョーイさんに質問をする。
「今できる処置は終わっています。ただ……」
「ただ?」
「入院させて治療を続けていきたいんですが、工場火災の影響で入院ベッドがいっぱいになってしまって」
 ジョーイさんの言葉に、私は息を呑む。実際、そこかしこで「入院できないんですか?」という工場職員であろうトレーナーの声が漏れ聞こえている。さらに、火災から時間がたっているにも関わらず、いまだ多くのジョーイさんたちがセンター内を慌ただしく走り回っている。相当に多くのポケモンが傷ついているのだろう。
「でも……このまま外に出たら」
 この怪我自体では命に別状がないとは言え、これほどまでに弱ったチルットが一人で草むらに出たら……。最悪のパターンが容易に想像できる。ポケモンの怪我に明るくない私でもわかるほど、チルットの怪我は大きなものだ。
「どうしても入院は難しいかな」
「正直、もっと重傷の子も断っている状態で……」
「保護団体は……最近はどこもいっぱいですか」
「はい……。ポケモンセンターと提携してる施設に問い合わせているんですけど、どこも難しいようで……」
 ダイゴさんとジョーイさんの会話を聞きながら、目の前のチルットを見つめた。
 ジョーイさんの話では痛み止めがすでに効いているはずなのに、それでもまだチルットは苦しそうに顔を歪めて浅い呼吸を繰り返す。翼に巻かれた包帯には血が滲んでおり、怪我の大きさを思わせる。
「きゅ……」
 チルットが小さな声で鳴くから、私は思わず手を伸ばした。チルットが火傷を負った翼で、私の手を握る。その仕草が、私の心を締めつけた。
「あの!」
 私はカウンターの上で強く拳を握る。小さく息を吐いて、意を決して再び口を開いた。
「この子、私が面倒見てもいいですか?」
 突然大きな声を出したせいか、目の前のジョーイさんも隣のダイゴさんも、目を丸くしてこちらを見た。
「それはすごく助かりますが……」
ちゃん、大丈夫なの?」
「はい。だって、放っておけないから……」
 このまま受け入れ先が決まらなかったら、この子はきっと死んでしまう。
 火災で業務過多になっているポケモンセンターにこれ以上負担をかけるわけにはいかないし、ダイゴさんとジョーイさんの会話を聞く限り、保護団体もすぐに預けることは難しいだろう。
 私だってこんな大怪我をしたポケモンの世話は怖い。それでも、この子を放っておけない。きっと放っておいたら、ずっと後悔することになる。
「ごめん、ボクも面倒見れたらいいんだけど、リーグやデボンの仕事で飛び回ることが多くて」
「大丈夫です。私は出張とかもないし。あ……チルットを連れて帰るためのケージとかって借りられますか?」
「はい、入口のところで貸し出しています」
「ボクが借りてくるよ」
「あっ」
 私がお礼を言うより早く、ダイゴさんは入口近くの備品の貸出コーナーへ向かってしまう。彼が戻るまでの間に、私はジョーイさんにチルットにするべき処置や、注意事項を聞くことにした。
「ジョーイさん、家でやることを教えてもらえますか?」
「はい。まずは……」
 ジョーイさんは忙しいだろうに、丁寧に家での処置の方法を教えてくれた。「なにかあったらすぐ来てくださいね」と言ったときの彼女の笑顔に、不安だった私の心は少し和らいだ。

 すべてを終えポケモンセンターから出る頃には、チルットを見つけてから四時間がたっていた。
ちゃん、お疲れさま」
「いえ、こちらこそいろいろとありがとうございます」
 ダイゴさんにはスバメの群れから助けてもらい、さらにこんな時間まで付き合わせてしまった。深々と頭を下げると、「お礼を言われるほどのことじゃないよ」とダイゴさんは苦笑する。
「家はどっち?」
「カナズミジムの近くです」
「もう遅いから送っていくよ」
「えっ、大丈夫ですよ。ここから近いですし」
「いいから。チルットのことも気になるしね」
 ダイゴさんは地面に膝を突いて、私が持つケージの中をうかがった。チルットは相変わらず苦しそうに鳴いている。
「そう、ですね……じゃあお願いします」
 チルットのことが気になると言われたら断れない。私は大人しく彼の申し出を受け入れることにした。
 空を見上げれば、雲から満月が覗き見える。チルットを見つけたときは火災の煙が漂っていたけれど、今は煙も風に流されたようだ。
「チルットの届けは出したんだよね」
 夜空を見ながら歩いていると、ダイゴさんがおもむろに口を開いた。
「はい。警察署じゃなくてもポケモンセンターで届けを出せるので」
「トレーナー、すぐに見つかるといいんだけど」
「はい……」
 きっとトレーナーも自分のポケモンがいなくなって心配しているだろう。なにより、チルットはただでさえ大怪我で苦しい中、自分のトレーナーと離ればなれになっている。チルットにとってこんなに不安なことはないはずだ。
「きっとトレーナーも探してるだろうし、すぐ見つかるよ」
「そうですね、きっと。あ……家、着きました」
 そんな話をしているうちに、私の住むマンションの前まで着いた。「ありがとうございます」と再び頭を下げれば、ダイゴさんは「どういたしまして」と笑顔で返してくれる。
「そうだ。連絡先教えてくれる?」
「えっ」
 ではさようなら、そう言おうとしたところで投げられた質問に、私は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。連絡先? 交換? 私とダイゴさんが?
「チルットのこと、気になるからね」
「あ、そっか、そうですよね」
 それは確かにそうだろう。チルットの怪我の具合や、トレーナーが見つかったかどうか、ダイゴさんも気になるに決まっている。私は急いで鞄からポケナビを取り出した。
「あっ」
 それと同時に、デボンの社員証が鞄からこぼれ落ちた。社員証のネックストラップがナビに引っかかっていたらしい。
 私が手を伸ばすより早く、ダイゴさんが社員証を拾い上げる。
「デボンの社員だったんだ。経理部なんだね」
「はい。ただの平社員ですけど……お世話になってます」
「ボクもデボンに顔を出してはいるけど、きみの上司ってわけじゃないしあまり気にしないで」
 そうは言われても社長の息子となれば緊張します。思った言葉はさすがに心にしまっておいた。「気にしないで」というのはきっとダイゴさんの本心だ。
 社員証を鞄のポケットにしまって、ダイゴさんとナビの番号を交換した。ポケナビの液晶に浮かぶ「ツワブキダイゴ」という御曹司兼チャンピオンの名前は、平々凡々な私のアドレス帳の中では明らかに浮いている。
「チルットを探してるトレーナーがいないか知り合いに聞いてみるよ。一応顔は広いから。なにかわかったら連絡するね」
「はい、ありがとうございます」
ちゃんも、チルットになにか変化があったら報せてくれると嬉しいな」
「わかりました」
 ダイゴさんの言葉に頷いて、私は最後にもう一度「今日はありがとうございました」と頭を下げた。
「こちらこそ。じゃあ、またね」

 ダイゴさんと別れ、私は三階にある自分の部屋へと入った。チルットの入ったケージをそっと自分のベッドの脇に置いて、二人掛けのソファへ飛び込む。
「疲れた……」
 なんてめまぐるしい一日だろう。怪我をしたチルットを見つけて、チャンピオンのダイゴさんに助けられて、さらにはチルットを一時引き取ることなって……。
 ソファに寝転んだまま、鞄の中からポケナビを取り出した。アドレス帳の「ツワブキダイゴ」の文字をまじまじと見つめる。
「不思議……」
 ツワブキダイゴ。ホウエンリーグのチャンピオンで、デボンコーポレーションの御曹司。ほんの数時間前まで遠い世界の人だと思っていた相手だ。そんな人と連絡先の交換をするなんて、人生なにが起こるかわからない。
 ぼんやりと液晶を見つめていると、だんだん瞼が落ちて視界が狭まっていく。肉体的な疲労だけでなく、あまりにも日常とかけ離れた数時間で頭が疲れてしまったのだ。
「……いけない」
 まだ今日中にやることがある。眠い体を無理矢理起こして、チルットの世話をする準備を整え始めた。