ダイゴさんと結婚する話・プロローグ
仕事も家事も終えた月曜の夜。私はノンカフェインのコーヒーを飲みながら、壁掛けのカレンダーを見つめた。視線は自然と赤いマーカーで丸をつけた日付へと向かう。
「土曜日……」
丸がついているのは、今週の土曜日。その日は私の……。
「あれ、電話……」
カレンダーを見つめていると、テーブルの上に置いたポケナビが着信を知らせる。画面に表示された電話の主はツワブキダイゴ、私の恋人の名だ。
『今週末、予定は大丈夫かな?』
電話を取ると、ダイゴさんはいつもの挨拶のあと弾んだ声でそう聞いてきた。
「もちろん」
カレンダーに印を付けた今週の土曜、その日は私の誕生日だ。以前からダイゴさんと会う約束をしている日でもある。
『の誕生日だからね、楽しみにしていて』
「はい、ありがとうございます」
ダイゴさんは今年カナズミのホテルのディナーと宿泊を予約してくれたらしい。わたしでは手が届かない五つ星ホテルとのこと。付き合い始めた当初はダイゴさんの金銭感覚に驚いてばかりだったけれど、二年以上の付き合いで多少は……本当に多少だけれど、慣れては来た。
そう、ダイゴさんと付き合い始めて二年あまりがたった。その間にダイゴさんはチャンピオンを引退し、二人で一緒に世界を旅して……。二十八歳になったダイゴさんは、今はデボンの仕事に専念している。
そして、今週の土曜、私は二十六歳になる。
「テーブルマナーとかまだ緊張しますけど」
『ふふ、今回はボクと二人だけなんだから緊張しなくて大丈夫。でも心配ならいつでも教えるよ。これからも使う機会は多いからね』
「機会……」
『うん、ボクはどうしても必須な場面が多いからね。一緒にいるもこれから必要に迫られることが増えると思って』
ダイゴさんの言葉に、私の心臓が小さく跳ねた。
「これから……」
『うん』
テーブルマナーをはじめとした、格式高い場面で求められる礼儀作法。ただの恋人ではそれを求められるシーンは決して多くはない。必要に迫られるのは、正式なパートナー……婚約者や配偶者だ。わざわざその機会が『増える』という言い方。
私の心に、小さなざわめきとときめきが湧き立った。
それから少しの間、なんでもない話をして電話を切った。ポケナビを持ったまま、私はベッドにごろんと寝転がる。
「はあー……」
最近のダイゴさんは、時折結婚を匂わせることを言う。いつもの明るい調子で言うものだから、それがどこまで本気なのかわからない。けれど、次に会う日は私の誕生日だ。そしてホテルのディナー……。付き合って二年以上という月日、さらにダイゴさんと私の年齢的にも、どうしても「それ」を思い浮かべてしまう。
「エネ?」
考え込んでいると、私の唯一の手持ちのポケモンであるエネコがベッドに飛び乗った。エネコは私の隣で首を傾げている。
「よしよし」
子供の頃からずっと一緒にいるエネコ。エネコもダイゴさんにすっかり懐いているし、ダイゴさんのポケモンたちとも仲がいい。
「ねえエネコ、もし……もしもダイゴさんと」
「エネ?」
もしも、ダイゴさんと結婚したら。最後まで言えずに、私は枕に顔を埋めた。
期待と不安が入り交じって、顔が火照って仕方ない。ああ、だめだな。勝手に舞い上がってしまいそう。