ダイゴさんと結婚する話・プロポーズ

、誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
 そして迎えた私の誕生日当日。私はダイゴさんに連れられて、カナズミのホテルにやってきた。最上階にある夜景のきれいなレストランで、私とダイゴさんはディナーを楽しんでいる。
「わ、おいしい……!」
 ダイゴさんが予約してくれたコース料理はどれも高級な素材に上品な味つけだ。運ばれてくるどの料理もおいしくて、私は都度感嘆の声を上げてしまう。
「喜んでもらえてよかった」
「こんなに素敵なところで誕生日を祝ってもらえて嬉しいです。眺めもいいし……」
 テーブル横の全面ガラスの窓から外を見れば、カナズミの夜景が一望できる。地上に輝くカナズミのビルの明かりや高速道路の光、そして夜空にはきらめく星。今日は雲もなく、遠くまでよく見渡せる。
「あそこは流星の滝かな。光る隕石があるからほかの山より目立つんだ」
「へえ……きれいな色ですね」
 なんてことない会話をしながら、私は窓の外へ向けていた視線を向かい合うダイゴさんへと移した。
 ダイゴさんは穏やかな笑みを浮かべながら、慣れた手つきでナイフとフォークを扱っている。そわそわする私とは正反対のいつも通りのダイゴさんの様子に、私は一人恥ずかしさにうつむいた。
 付き合って二年あまり、私の誕生日、夜景の見える高級レストラン。このシチュエーションについ……期待をしてしまっていた。一人で勝手に期待して、舞い上がって恥ずかしい……。
「あ、流れ星……」
 メインディッシュを終えると、ふと窓の外に大きな光が流れた。
「本当だ。大きいね」
「もしかしたらポケモンが飛んでいるのかも」
「ラティオスとラティアスかな?」
「ふふ、かもしれないですね」
 窓から星を数えていると、ウェイターがやってくる。おそらくコースのラストのデザートを運んできてくれたのだろう。きっとデザートも格別のものだ。私はそわそわと期待に胸を膨らませた。
 ウェイターがそっとテーブルの上にデザートを置いた。丸皿の上に乗ったそれに、私は目を丸くする。
「わ……!」
 そこに置かれたのはいちごのショートケーキだった。けれどもただのケーキではない。小さなサイズだけれどホールケーキの形になっており、たっぷりのいちごで彩られた表面部の中央には「Happy birthday」と書かれたプレートが乗っている。そのプレートの端には、エネコの顔も描かれている。
「誕生日おめでとう」
 まさかこんなサプライズを用意してくれているなんて。特に端に描かれた笑顔のエネコの姿に感激してしまう。大好きな大切な私のエネコ。私がエネコを大事に思っていることを、ダイゴさんもわかってくれているのだ。
「喜んでくれてよかった」
「すごく嬉しいです……ありがとうございます」
 お礼を言うために、私は視線をケーキからダイゴさんへと移す。すると、ダイゴさんの手に小さな箱があることに気がついた。つい先ほどまではなにも持っていなかったはずなのに。

 ダイゴさんは私をまっすぐに見つめる。その視線も声も優しく穏やかなのに、どこか張りつめたような緊張感を感じさせる。
 忘れかけていた期待が、私の中で再び小さく膨らみ出す。私も背筋を伸ばして、ダイゴさんの次の言葉を待った。
「ボクと結婚してほしい」
 ダイゴさんが小さな箱を私に差し出す。その中にあるのはひとつの指輪。大きなダイヤモンドが一つ輝くソリテールリングだ。
 夢のような出来事に、私は両手で口を覆った。もしかして、と期待はしていたけれど、まさか本当にプロポーズされるなんて。
 私は心を震わせながら、吸い寄せられるようにその指輪に手を伸ばす。
「……っ」
 しかし、寸前でその手が止まってしまった。
?」
 ダイゴさんは眉を下げ、不安げな表情で私を見つめる。当然だ。恋人が自分の指輪を受け取る手を止めてしまったのだから。
 でも、私の体は石になったかのように硬直してしまって、これ以上手を伸ばすことができない。
「私で、本当にいいんですか……?」
 私は震える唇で、ダイゴさんに問いかける。
 だって、指輪を受け取る直前、目に入ってしまった。指輪の向こうに見える、きらびやかなレストラン。そしてその窓から見える美しい夜景。私ひとりでは決して手の届かない景色が。
 私には身に余るこの状況も、ダイゴさんにとっては当たり前のもの。……いや、当たり前にしなくてはいけないものだ。
 ダイゴさんは大企業デボンの御曹司で、ポケモンリーグの元チャンピオン。その一方で、私はただの一社員なのだ。立場が違う。境遇が違う。わかっていたことだけれど、今、改めて感じてしまった。
 今までダイゴさんはそのことについて「気にしないで」と言ってくれていた。けれど、ただの恋人関係と、結婚……夫婦関係では訳が違う。私なんかがこの指輪を受け取っていいとは思えなくて、手を前に出すことができない。
 この指輪もダイゴさんの気持ちも、すべて受け取りたい。ダイゴさんの胸に飛び込みたい。そう思っているのに、小さな不安がその思いを陰らせる。
「きみがいいんだよ」
 不安に唇を震わせる私に、ダイゴさんは優しく微笑みかける。
「ダイゴさん……」
「勘違いだったら恥ずかしいけど……が気にしているのは、立場の違いかな」
 ダイゴさんの問いに、私は小さく頷いた。私がためらう理由は、ただそれだけ。それさえなければ、私は今すぐにでもこの指輪を受け取っていただろう。
、聞いてほしい」
 ダイゴさんは私の手をそっと握る。大きくて温かな手が、私の手を包み込んでくれている。
「きみが心配することもわかるよ」
 ダイゴさんは穏やかな笑顔を浮かべながら、言葉を続ける。
「ボクは立場が立場だからいろいろと苦労をかけることもあると思う。立場の違いも、ボクが気にしないでと言ってもが気にしてしまうことも、わかってる。でもね」
 ダイゴさんはまっすぐに私を見つめる。優しい瞳の中に、強い意志が見えた。
「ボクがこれから……一生一緒にいたいと思う人間は、きみだけなんだ。たった一人、だけだ」
「ダイゴさん……」
 これから、という言葉に、私の心が震える。これからの長い人生、私だって一緒にいたいと思う人は、ダイゴさんだけ。この世界でたった一人、目の前にいるダイゴさんだけ。
「この指輪は、に受け取ってほしいんだ」
 ダイゴさんが再び、私に指輪を差し出してくる。大きなダイヤモンドが輝いて見えるのは、高価だからではない。
「はい……」
 私は目を潤ませながら、ダイゴさんから指輪を受け取った。
「私も、一生一緒にいたいのは、ダイゴさんだけです」
 きらめく一粒のダイヤモンドに、銀色のアームのソリテールリング。ダイゴさんの思いがこもったきれいな指輪。
 不安がないわけではない。それでも、私はこの指輪とダイゴさんの想いを受け止めたい。だって、私もこれからの人生、隣にいてほしい人はダイゴさんだけだから。優しくて温かくて、石のことになると子供みたいにはしゃいでしまう彼が好き。
 ダイゴさんは私の持つケースからそっと指輪を手に取る。そして、輝く指輪を私の左手の薬指にはめた。
「必ずを幸せにするよ」
「はい……ありがとうございます」
「結婚指輪は一緒に買いに行こう」
 涙を拭いながら、ダイゴさんの言葉にうなずく。
、愛しているよ」
「私もです」
 私たちはお互いの手を握って、お互いの想いを伝え合う。
 これから先も、こうやって手を取り合ってあなたと一緒に生きていきたい。