「あ、虹村」

部活が終わり、校門をくぐると同じく部活を終えた虹村と会った。

「今帰りか?」
「うん。そっちも?」
「おお」

私と虹村の帰り道はほぼ一緒だ。
自然と一緒に歩き出す。

「ジュースでも奢ろうか」
「あ?なんだよ、いきなり」
「お疲れ様的な意味で」
「まだなんも終わってねーよ」

そう言って虹村は私の頭を小突く。
今日、虹村は部長を赤司に引き継いだ。
引退するわけじゃない。
今年の全中もスタメンではないだろうけどベンチには入るし、試合にも出るだろう。

でも、やっぱり、なんとなく…。

「第一、オレ甘いの嫌いだっつーの。知ってるだろ」
「じゃあコーヒーとか」
「だから…」

虹村はそこまで言いかけて、少し止まる。

「どうしたの?」
「…いや、やっぱ奢れ、コーヒー」
「うん。奮発してスタバ入ってもいいよ」

ごく普通のチェーン店と言えど中学生にとっては敷居の高い喫茶店。
せっかくの慰労だし、少しくらい奮発してみよう。

「缶コーヒーでいい」
「そう?」
「ただ、こっちの自販機の奴な」
「?」

虹村が指差したのは帰り道とは逆方向。
あっちにある自販機に好きなコーヒーでもあるんだろうか。
言われるままに虹村に付いて行った。


「これ?」
「おう」

着いたのは小さな公園の前にある自販機。
公園はまだ明るいのに、人っ子一人いない。

「これ、好きなの?」
「別に普通」
「じゃあなんでわざわざこっちに…」
「ここ、人いねーだろ」

その方がのんびりできる、虹村はそう言って取り出し口から缶コーヒーを取り出した。

「あ」
「お?」

急に自販機が光り出す。
ガコンという音がして、取り出し口にもう一本コーヒーが出てきた。

「お、当たりじゃん。お前の分浮いたな」
「ええ〜…私コーヒー苦手なんだけど」
「知らねーよ。オレ二本もいらねーし」

そう言って虹村は公園の二人掛けのベンチに座った。
仕方ない。私も当たったコーヒーを持って虹村の隣に座った。

「お疲れ様〜」
「おー、どーも」

そう言って缶コーヒーで乾杯する。

「…苦い」
「お子様」
「同い年じゃん」

そう言って虹村はブラックコーヒーを顔色一つ変えずに飲む。
こんな苦いもの、どこがおいしいんだ。信じられない。

「…虹村」
「ん?」
「…いや、なんでもない」
「なんだよ」

「お父さん、どう?」と聞こうとして、それはやっぱり不謹慎かなと思い口をつぐんだ。
虹村が主将を辞めた理由は、虹村の仲のいい部員何人かは事前に聞いていた。
それは私も同じ。

虹村も私を信頼してそう言ってくれたんだろう。
だけど、だからといって簡単に聞いていいことではないだろう。

「…気遣うなよ」
「…、別に…」
「いいんだよ」

虹村は穏やかに笑って、自分の頭を私の肩に乗せた。

「に、虹村」

一瞬驚くけど、虹村の顔が今まで見たことないぐらい優しくて、私は何も言えなくなる。

「…疲れた」
「…お疲れ様」
「お前もな」
「私?」
「いつも、頑張ってくれてただろ」

いきなりそんなことを言われて、胸の奥が熱くなる。
今までそんなこと、言われたことなかったのに。

「ど、どうしたの、いきなり」
「なんとなく」
「そんな、最後みたいな」
「最後じゃねーよ。まだあるっつってんだろ」

そう言って虹村は起き上がってまた私を小突く。

「虹村がそういうこと言ったんじゃない」
「言ってねーよ、バカ」
「…何それ」

少し膨れると、虹村はまた笑う。
虹村は空になった缶をゴミ箱に投げた。
結構距離があったけど、見事缶はゴミ箱の中に。

「さすがバスケ部」
「まあな。お前まだ飲み終わってねーの」
「え、あ、苦手なんだってば。ちょっと待ってよ」
「ゆっくり飲めよ」

虹村がそう言うので、その言葉に甘えることにした。
何となく、この時間を終わらせるのが、寂しい。

虹村はまた私の肩に頭を乗せる。
胸の奥が、痛い。

「…お疲れ様」
「…おー…」

虹村は目を閉じる。
眠っているのかな。
いいや、どっちでも。

「…苦い」

ブラックコーヒーは、やっぱり何度飲んでも苦かった。










ただ、前だけを見る君の

13.09.26