「あー終わったー!!」 教室のそこかしこから聞こえてくる解放感あふれる声。 終わってそんなに喜ぶなら、最初から夏期講習なんて受けなければいいのに、と心の中で呟きつつ帰り支度を進める。 夏休みが始まった。 ただただ遊んで夏休みを謳歌する人もいれば、部活にいそしむ人もいる。 そんな中私は学校で開かれている夏期講習に通っていた。 部活に入っているわけでもないし、友達もほとんど講習に行くと言っていたので、今年も去年と同じく講習に通うことになった。 「ー、今日帰りにカラオケ行かない?」 「あ、ごめん、ちょっと図書館に寄ってくから」 「そうなの?待ってようか?」 「いいよ、時間かかると思うし」 「そう?んじゃ、また明日ね」 「うん、バイバイ」 友達にそう告げて、教室を出る。 図書館は普通の教室がある棟とは別棟になっている。 「あっつ…」 日差しがまぶしいなあ、なんて思いながら図書館までの道のりであるグラウンドを横切っていく。 グラウンドではいくつかの運動部が部活に勤しんでいる。 この暑い中偉いなあ。 グラウンドの端には運動部の洗濯物がずらりと並んでいる。 この暑さじゃ洗濯物もいっぱいでるんだろうなあ、と他人事のように思いながら洗濯物の横を通り過ぎていく。 「はー…」 燦々と照りつける日差しに目を細める。 ぼんやりしながら図書館へ向かって歩いて行く。 「危ないっ!」 突然後ろから聞こえてきた声に驚く暇もなく、誰かに押されて思わずグラウンドに倒れ込む。 え?えええ?何が起きたの!? 「大丈夫?」 「え、っと」 混乱気味の私に話しかけたのは、初めて見る男の子。 制服じゃなくTシャツを着てるから多分運動部だろう。前髪で左目が隠れている。 「ごめんね、ボールが当たりそうだったから」 「ボール…?」 彼が指差す方を見ると、そこにあるのは野球の硬球。 「結構すごい勢いだったから、つい」 と、いうことはライナー性のボールだったんだろう。 当たったら相当痛い…どころじゃない。 当たり所が悪かったら…と思うとぞっとする。 「いや、ありがとう。全然気付かなかったから」 「そう、ケガはない?」 「うん、ケガはないけど…」 転んだけどそんなに派手な転び方じゃなかったし特に痛いところはない。 ただ、それより…。 「洗濯物が…」 きれいに干されていた洗濯物がものの見事に倒れている。 どうやら私が倒れたときに一緒に倒してしまったらしい。 「おーーい、氷室何やって…って何じゃこりゃあ!?」 気まずい空気が流れる中、やたら体格のいい人とつり目の人がこちらにやってくる。 あ、この人たち見たことがある。確かバスケ部の主将と副主将だ。 「うちの洗濯物が…」 「これバスケ部の洗濯物なんですか?」 「ああ。どうしてこんなことに…」 「えっと…私がここ歩いてたら野球のボールが飛んできたんです。で、彼が押して助けてくれて。…でこんなことに」 「そうか…。うーん…」 二人は頭を抱えて小声で話し始めた。 「また1年の1班に洗濯やらせるか?」 「…いや、そしたらあいつら練習できずに一日潰れるし…」 「んじゃ一日ずらして2班にやらせるか」 「まあ、それが妥当じゃね」 どうやら洗濯のやり直しを誰にさせるかの相談のようだ。 「練習が…」と言ってるということは、部員が洗濯するんだろうか。 そこでひとつ疑問が出てくる。 「洗濯ってマネージャーがするものじゃないんですか?」 実際マネージャー経験があるわけではないから正確なことはわからないけど、こういうことってマネージャーがやるというイメージだ。 「それがな、うちいねーんだよ、マネージャー」 「え?」 「1学期のうちにやめたり転校したりな…」 はあ、と副主将はため息をついた。 だから一年の子たちにやらせてるのか…。 「あのー…」 「ん?」 「もしよかったら、洗濯やりましょうか」 「えっ!いいの?」 「まあ…半分以上私のせいですし」 洗濯物が倒れたのはバスケ部の彼が私をボールからかばってくれたからだし、 そもそもボールが当たりそうになったのは私がボーッと歩いていたからだし…。 それにボールに当たらずにすんだのは彼のおかげだし。 罪悪感と感謝の気持ちからそう申し出た。 「いや、マジで助かるよ!ありがとな!」 「いえ、そんな」 「あ、部室はあそこな。そこに洗濯機もあるから」 指さしたのは部室棟の一番端っこ。 「氷室、悪いけど洗濯物持ってくの手伝ってやってくれ」 「わかりました」 さっきも呼ばれてたけど、氷室君っていうのか。 3年の主将と副主将に敬語を使ってるってことは1年か2年だろう。 1年にしては大人っぽいし(正直さっきまで年上と思っていた)おそらく2年生、同級生だろう。 「あの、氷室君」 「ん?」 「ほんと、ありがとうね。助けてくれて」 「いや、返って仕事増やしちゃった気がするんだけど」 氷室君は苦笑いしてそう言う。 「そんなことないよ。第一、野球の硬球当たったら痛いどころじゃないし」 「そう言ってくれるとありがたいよ」 氷室君はちょっと安心したように笑った。 「そういえば、名前聞いてなかったね」 「ああ、私、」 「オレは氷室辰也」 砂まみれになった洗濯物を集めながらそんな会話をする。 それなりに量はあったけど、二人でやると意外と早く終わった。 「それじゃ、洗濯しておくね」 「うん、よろしく」 そう言って氷室君はすぐそこの体育館へ向かっていった。 あ、図書館行けなかったな、なんて思いながら洗濯機を回し始めた。 top → 12.07.29 |