合宿帰りのバスの中、私は一番後ろの席で一人携帯を弄っていた。

「送信…っと」

『今帰りのバスだけど、混んでるからちょっと遅くなるかも』と母親にメールを送信。
バスの中では、あちらこちらから寝息が聞こえてくる。
みんな疲れてるんだろう。練習は朝から晩までハードだったし、当たり前。
そんな中、たまに小さな話し声が聞こえてきて、ちょっといいなあと思う。
こういうときもう一人女の子がいたらなあ…。
監督は女の人だけど、あくまで先生だし年も違うし…。
少しの寂しさを感じながら、誰もいない隣の席を見た。

「ふあ…」

自然とあくびが一つ出る。
私も眠いから、一眠りしよう。
…隣に女子がいないと話したりできなくて寂しいけど、こういうとき寝顔見られる心配がないのはいいかな…。
そう思いながら目を閉じた。





「…

遠くで私を呼ぶ声がする。
いや、遠くない。すぐ近く。

「…」

でも、ダメだ。目が開かない。
なんだろう、誰だろう。

「……よ」

何か言ってる声がする。優しい声だ。
もっと聞いていたいけど、眠気には勝てず、私の意識は沈んでいった。






「…ん」

目を覚ますと、柔らかい座席に寄りかかっていた寝る前と違って、体に何か固いものを感じる。
なんだろう、段々と意識を覚醒させると、とんでもない事実に気づく。

「…っ氷室!?」
「……ん、ああ、おはよう」

そう、私の隣には何故か氷室がいて、いつの間にか彼の肩に寄りかかって寝ていたようだ。
彼も寝ていたようだけど、私の呼ぶ声に起きてしまった。

「えっ、ちょ、な…!」


氷室は私の唇に人差し指を当てる。
静かに、ということだろう。そうだ、みんな寝ている。
うん、確かに寝ているけど、え、ええええ!?

「な、なんでここに…」
「座席狭くてさ。ここならゆっくり眠れるかなって」

そ、そんな理由で…。まあ確かにここは五人掛けのところを私一人で使ってるから悠々座れるけど…。
あ、そういえば、私よだれとか垂らしてないよね!?
そう思って思わず口のあたりを手で覆う。

「どうしたの?」
「な、なんでもない…」

よだれは垂らしていなかったようだ。
とりあえずよかった…。

「あ、あの、ごめんね。重かったでしょ?」
「?」
「ほら、寄りかかっちゃって…」
「ああ」

そう言うと氷室は優しく笑う。

「大丈夫だよ」
「そ、そっか…」

どうしよう、恥ずかしすぎて死にそうだ…。
少なくとも寝顔はバッチリ見られたわけだし、あんな寄りかかって寝ていたなんて…!

?」
「…い、いや、なんでもない…」
「そう?」
「…あ、そういえば…寝てるとき私のこと呼んだ?」
「え?」
「名前、呼ばれたような…」

もうぼんやりとしか覚えていないけど、遠い意識の中、私の名前を呼ぶ声が聞こえた気がしたんだけど…。

「あと、何か言われた気が…」
「何を?」
「それが、あんまり聞こえなくて」
「…夢じゃないかな」
「そう?」
「うん」

そうか、夢か…。
すごく優しい声で、夢じゃなければいいなと思ったんだけど。

「…夢かあ…」
「……うん」

敦の言葉を思い出す。
『でも室ちん、ちんの名前呼ぶときなんか声が優しい気がする』
…私には、私の名前を呼ぶ氷室の声が優しいかなんてわからない。
けど、もし、あの優しい声の主が氷室だったら、と思うとすごくすごく嬉しいのに。
夢だと少し、いや、とても寂しいな、と。


「…っ!」

少し俯いていると、氷室が私の名前を呼ぶ。
その声に思わず肩を揺らして驚いてしまう。

「あ、ごめん、驚かせた?」
「あ、いや…えっと、大丈夫」
「…寂しそうな顔してたけど、大丈夫?」
「…うん、もう、平気」

驚いたのは、氷室の私を呼ぶ声が優しかったから。
優しくて、さっきの夢の声に似ていたから。
…ううん、似ていたんじゃない。同じだった。

「…夢」

…ねえ、やっぱり、さっきのは夢じゃないんでしょう。
何て言ったのか聞きたかったけど、夢だと言われたし、聞かれたくないんだろうから、何も聞かないでおこう。
聞かないから、だから、今は少しだけ幸せを噛み締めさせて。







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13.03.22