合宿帰りのバスの中、いつの間にか周りから話し声は聞こえなくなり、寝息だけがバスの中に響く。 一方オレはさっきまで寝ていたせいか、一度目を覚ましたらすっかり目が冴えてしまった。 「……」 ちら、と後ろの座席を見る。 は一番後ろの座席で寝ているようだ。 みんな寝てるから誰も見てないし、いいかな。 バスケ部は揃いも揃って体が大きいから、この普通のバスの座席は狭すぎるし。 そう思ってバスが減速したときに、さっと自分の席からの隣に移動した。 「…ん」 は小さく寝息を立てている。 も5日間疲れたんだろう。ぐっすり眠っている。 「…お疲れ様」 この合宿だけじゃない。 マネージャーをやってほしいなんて無茶なお願いを聞いてくれて、いつも真面目にマネージャーの仕事をしてくれて、ルールの勉強も真剣にしてくれて、夏休み終わってもマネージャー続けてくれて。 いつも、ありがとう。 「」 優しく声を掛けてみる。 返事をしないのはわかっているけど。 「好きだよ」 小さな声で、の耳元で囁いた。 「……ん」 「……」 はただ寝息を立てるだけ。 可愛い顔だ。 最初に見たときに、可愛いなと思った。 顔だけじゃなくて、雰囲気とか、全部含めて目が離せなくなった。 いつも一生懸命で、頑張っていて、優しくて。 もう「可愛い」なんて言葉じゃ済ませないくらいにこの気持ちは膨らんで。 好きで、好きで、どうしたらいいかわからない。 今すぐ眠っているを抱きしめて、キスをしてしまいたいけど。 「…おやすみ」 さすがに寝ているにそんなことできないから、肩を少し抱き寄せる。 は少し動いたけど、まだ眠ったままだ。 眠っているにこんなことするのは少し卑怯かなと思うけど、キスは我慢するから許してね。 こんな状況で眠れるかはわからないけど、目を閉じて眠る準備をした。 * 「…っ氷室!?」 耳元で大きな声がする。 の声だ。 「……ん、ああ、おはよう」 「えっ、ちょ、な…!」 は真っ赤な顔になって慌てふためいている。 いきなりこんな状態になっていたら、当たり前か。 「」 オレはの唇に人差し指を当てた。 寝ている人も多いから、静かにしないと。 「な、なんでここに…」 「座席狭くてさ。ここならゆっくり眠れるかなって」 まあ、それだけじゃないけど、本当のことだ。 そう答えるとはいきなり自分の口を手で覆った。 「どうしたの?」 「な、なんでもない……あ、あの、ごめんね。重かったでしょ?」 「?」 「ほら、寄りかかっちゃって…」 「ああ」 オレは思わず笑いそうになるのを必死に堪えた。 寄りかからせたのは、オレなんだけど。 「大丈夫だよ」 「そ、そっか…」 「?」 は赤かった顔をより一層赤くさせている。 「…い、いや、なんでもない…」 「そう?」 「…あ、そういえば…寝てるとき私のこと呼んだ?」 「え?」 「名前、呼ばれたような…」 名前は、確かに呼んだけど。 「あと、何か言われた気が…」 「何を?」 「それが、あんまり聞こえなくて」 …よかった。覚えてはいないのか。 「…夢じゃないかな」 「そう?」 「うん」 「…夢かあ…」 「……うん」 は残念そうな顔をして俯いてしまう。 その顔がずいぶんと暗くて、思わず声を掛ける。 「」 「…っ!」 名前を呼ばれたはパッと顔を上げて目を丸くしている。 そんなに吃驚したのか。 「あ、ごめん、驚かせた?」 「あ、いや…えっと、大丈夫」 「…寂しそうな顔してたけど、大丈夫?」 「…うん、もう、平気」 はもう表情を変えて、今は少し嬉しそうな顔をしている。 …どうしてかはわからないけど、悲しそうな顔をしているよりずっといい。 「…夢」 は小さな声で呟いた。 …夢じゃない、夢じゃないよ。 名前を呼んだのも、好きだと言ったのも。 …いつか、夢じゃないと教えてあげるよ。 ヒロイン編← top 13.03.22 氷室さん軽くセクハラです 押してもらえるとやる気出ます! |