合宿帰りのバスの中、いつの間にか周りから話し声は聞こえなくなり、寝息だけがバスの中に響く。
一方オレはさっきまで寝ていたせいか、一度目を覚ましたらすっかり目が冴えてしまった。

「……」

ちら、と後ろの座席を見る。
は一番後ろの座席で寝ているようだ。

みんな寝てるから誰も見てないし、いいかな。
バスケ部は揃いも揃って体が大きいから、この普通のバスの座席は狭すぎるし。

そう思ってバスが減速したときに、さっと自分の席からの隣に移動した。

「…ん」

は小さく寝息を立てている。
も5日間疲れたんだろう。ぐっすり眠っている。

「…お疲れ様」

この合宿だけじゃない。
マネージャーをやってほしいなんて無茶なお願いを聞いてくれて、いつも真面目にマネージャーの仕事をしてくれて、ルールの勉強も真剣にしてくれて、夏休み終わってもマネージャー続けてくれて。
いつも、ありがとう。



優しく声を掛けてみる。
返事をしないのはわかっているけど。


「好きだよ」

小さな声で、の耳元で囁いた。

「……ん」
「……」

はただ寝息を立てるだけ。
可愛い顔だ。

最初に見たときに、可愛いなと思った。
顔だけじゃなくて、雰囲気とか、全部含めて目が離せなくなった。
いつも一生懸命で、頑張っていて、優しくて。
もう「可愛い」なんて言葉じゃ済ませないくらいにこの気持ちは膨らんで。
好きで、好きで、どうしたらいいかわからない。
今すぐ眠っているを抱きしめて、キスをしてしまいたいけど。

「…おやすみ」

さすがに寝ているにそんなことできないから、肩を少し抱き寄せる。
は少し動いたけど、まだ眠ったままだ。

眠っているにこんなことするのは少し卑怯かなと思うけど、キスは我慢するから許してね。
こんな状況で眠れるかはわからないけど、目を閉じて眠る準備をした。





「…っ氷室!?」

耳元で大きな声がする。
の声だ。

「……ん、ああ、おはよう」
「えっ、ちょ、な…!」

は真っ赤な顔になって慌てふためいている。
いきなりこんな状態になっていたら、当たり前か。



オレはの唇に人差し指を当てた。
寝ている人も多いから、静かにしないと。

「な、なんでここに…」
「座席狭くてさ。ここならゆっくり眠れるかなって」

まあ、それだけじゃないけど、本当のことだ。
そう答えるとはいきなり自分の口を手で覆った。

「どうしたの?」
「な、なんでもない……あ、あの、ごめんね。重かったでしょ?」
「?」
「ほら、寄りかかっちゃって…」
「ああ」

オレは思わず笑いそうになるのを必死に堪えた。
寄りかからせたのは、オレなんだけど。

「大丈夫だよ」
「そ、そっか…」
?」

は赤かった顔をより一層赤くさせている。

「…い、いや、なんでもない…」
「そう?」
「…あ、そういえば…寝てるとき私のこと呼んだ?」
「え?」
「名前、呼ばれたような…」

名前は、確かに呼んだけど。

「あと、何か言われた気が…」
「何を?」
「それが、あんまり聞こえなくて」

…よかった。覚えてはいないのか。

「…夢じゃないかな」
「そう?」
「うん」
「…夢かあ…」
「……うん」

は残念そうな顔をして俯いてしまう。
その顔がずいぶんと暗くて、思わず声を掛ける。


「…っ!」

名前を呼ばれたはパッと顔を上げて目を丸くしている。
そんなに吃驚したのか。

「あ、ごめん、驚かせた?」
「あ、いや…えっと、大丈夫」
「…寂しそうな顔してたけど、大丈夫?」
「…うん、もう、平気」

はもう表情を変えて、今は少し嬉しそうな顔をしている。
…どうしてかはわからないけど、悲しそうな顔をしているよりずっといい。

「…夢」

は小さな声で呟いた。
…夢じゃない、夢じゃないよ。
名前を呼んだのも、好きだと言ったのも。

…いつか、夢じゃないと教えてあげるよ。








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13.03.22


氷室さん軽くセクハラです






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