「ちょっと待ってね」

部活後、辰也と一緒に彼の家まで来た。
辰也はポケットを探って鍵を出す。

「……」

辰也の鞄を見つめる。
部活用の鞄はかなり大きめだ。
その中には、今何が入っているんだろう。

「お邪魔します」
「どうぞ」

辰也がドアを開けてくれる。
中に入って手を洗って、いつも通りの、慣れたことだ。

「ココアでいい?」
「うん。ありがと」

辰也の部屋でコートを脱いで、いつもの場所に座る。
辰也は飲み物を淹れるために一旦部屋の外に。

「……」

辰也の鞄をもう一度見つめる。
……。

?」
「!」

いつの間にか辰也が部屋の入口に立っている。

「どうしたの?怖い顔して」
「……」

辰也は私の隣に座って、私の髪を優しく撫でる。

「…あのね」
「うん」
「…鞄を、私の見えないところに置いて」

それだけでいい。
この鞄を見ていると中身を想像してしまう。
中身を想像して、とてもひどいことを言ってしまいそうになる。
だから、どこか、私の見えないところにやってほしい。

それだけで、いい。

「…
「……」
「…優しいね」

辰也は少し顔を近付ける。
私は目を瞑った。

「少し、そのままで」

キスを一つ落とすと、辰也は私の瞼に手のひらを当てる。
辰也の言う通り、目を瞑ったままにした。

…私は、優しくなんてないよ。

。目を開けて」

少しの間の後、辰也の声で目を開ける。

「…!」

目の前に、薔薇の花束がある。
辰也の顔と花束を交互に見た。

「え、え!?」
「うん。バレンタインだから」
「え?」

頭の上に?を浮かべていると、辰也はクスリと笑った。

「バレンタインは、男性から愛する女性に花束や詩集を渡したりするんだよ」

そういえば、女の子から渡すのって日本くらいなんだっけ…。
辰也の言葉で思い出した。

「…ありがとう」
「いいえ」

辰也の愛情を感じて、じんわり涙が出てくる。


「優しくないの、全然、私は」

辰也は私の持っていた花束をそっと手に取ると床に置いた。
そのまま私を抱きしめる。


「優しくないよ。だって、見てると、ひどいこと言いそうで」

辰也の鞄を見ていると、あの中身を想像すると、とてもひどいことを言いそうになる。
そんなもの、捨てて、って。

「やっぱり優しいよ」
「……っ」

言葉で出ないまま首を横に振る。

「言わないんだ、は。思ってても言わない」
「…だって」

辰也にそんなことしてくほしくない。
辰也にチョコレートを渡した女の子たちがどんな気持ちで渡したか考えたら、そんなこと言えない。
でも、心の奥で、黒い気持ちが渦巻いている。


「…っ」
「オレがこれを渡すのは、世界中でだけだよ」

辰也はそう言ってもう一度私に薔薇の花束を渡す。

「これからずっと、だけだ」

辰也は私のおでこにキスをする。
心の奥が温かくなる。

「…うん」
「だから泣かないで。泣いてる顔も可愛いけど、は笑った顔が一番素敵だ」

辰也の言葉に、自然と笑みがこぼれる。

「ふふ」
「可愛いよ」
「ありがとう」

辰也はいつも、私を笑顔にしてくれる。

「あのね、チョコレート作ってきたの」

鞄の中からチョコレートの入った包みを出す。
辰也に食べてほしいと思いながら、辰也のために作ったものだ。

「ありがとう。手作りだ」

辰也は包みを開けてうれしそうな顔をする。
箱からひとつ、大事そうにチョコを手に取る。

「いただきます」
「どうぞ」

ドキドキしながら辰也を見る。
友達に教えてもらったし、味見もしたから大丈夫だと思うんだけど…。

「ど、どう?」

辰也が一口食べたと同時に聞く。
辰也はにっこり笑った。

「おいしいよ。そんなに心配しなくて大丈夫だ」
「だって」
が作ってくれたものはいつもおいしいんだから」

確かに、たまにお弁当やお菓子を作っていけば辰也はいつもそう言ってくれる。
辰也が嘘を吐いているなんて思っていないけど、バレンタインは特別な日だ。
一番おいしいチョコレートを、辰也に食べてもらいたい。

「…そんなに心配?」

辰也は怪しく笑う。
なんだかまずい予感がして、体一つぶん辰也から離れようとしたら、腰をがっしり抱きしめられた。

「た、辰也」
「おいしいよ」

辰也はチョコを一つ口の中に放り込む。
そのまま私にキスをする。
深い深いキス。
口の中に、甘いチョコレートの味が広がっていく。

「ん…っ」
「…おいしかった?」

辰也は唇を離すと、笑顔で聞いてくる。

「わ、わかんないよ、そんなの」

おいしいかおいしくないかなんて、それどころじゃなくてわかるはずもない。
甘いのはわかったけど、それだけ。

「そう?じゃあ、もう一回」
「!」

辰也の言葉に、体を引こうとするけどもう遅い。
もう一度、キスをされる。
口の中のチョコレートは、もう残っているはずもない。

「…っ」

頭がくらくらする。
段々、変な気分になってくる。

「た、辰也」


耳元で名前を呼ばれて、体を捩る。
少し、待って。

「辰也、チョコレート」
「後で食べるよ」
「や、やだ」

私に迫る辰也の体を、ぐっと押し返す。
その、するのは構わないんだけど、まだ嫌だ。

「チョコ溶けちゃうから、溶ける前にちゃんと全部食べてほしいの」

このチョコは、辰也のために作ったものだ。
辰也に食べてほしくて作った。
だから、溶けたりしておいしくなくなる前に、食べてほしい。
私のわがままかもしれないけど、そう思うから。

「おいしいうちに食べて?」


辰也は眉を下げて笑うと、私の名前を呼んで触れるだけのキスをした。

「そうだね、せっかくが作ってくれたんだ。ごめん」
「ううん。でも、やっぱり食べてほしくて」
「うん。には敵わないな」

辰也は、今度は私の頬にキスをする。
甘い、優しいキスだ。

「おいしいよ、世界で一番だ」










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14.09.11