「辰也、辰也、辰也…」

一人部の洗濯物を干しながら呟く。
辰也のことをうっかり氷室と呼んでしまったがために、大変な目に遭った。
だから、一人うっかり呼ばないよう特訓中。
傍目からは不審者だろうけど、また呼んでしまうよりマシ。
刷り込ませておけば、うっかり呼んでしまうこともなくなるだろう。

ちーん」

ぶつぶつ唱えていると、体育館ほうから敦がやってきた。

「どうしたの、たつ…」

そこまで言って固まる。
今、私、なんて

「ちょっとちーん、オレ室ちんじゃねーしー」
「ご、ごめん」
ちんの彼氏じゃねーしー」
「ほ、本当ごめん…」
ちん、どんだけ室ちんのことで頭いっぱいなの」

そう言われ、顔がぽっと赤くなる。
そ、そういうわけじゃ…。

、アツシ」
「あ、辰也…」

そんな話をしていると、辰也が小走りでやってきた。

「アツシ、ちゃんと手伝わなきゃダメだろ」
「えー」
「?」
「アツシ、また体育館でお菓子食べてね。監督が洗濯の手伝いしてこいってさ」

敦の代わりに辰也が説明してくれる。
なにしに来たのかと思ったら、そういうこと。

「違うよサボってたんじゃないよーちんが室ちんのことで頭いっぱいだからさー」
「?」
「あ、ちょ…っ」
ちんオレのこと辰也って呼んできてさーマジどんだけ室ちんのことしか頭にないのって感じー」
「ち、違うの!」

敦がそう言うので、私の顔は真っ赤になる。

「ち、違うの。あのね、ただ、練習してて、そしたらつい…」
「練習?」
「…名前呼ぶ練習」

そう言うと辰也は目を丸くする。
当然だ。

「…たまにうっかり氷室って言っちゃうでしょ。それ、言わないようにしたくて…」

『氷室』って呼んじゃうと大変なことになるし…。
それに何より、そう呼びたくない。
だって私は、辰也に『』と呼ばれるのがすごく嫌。
だったら辰也も、私に『氷室』なんて呼ばれたら嫌だろう。

「…苗字で呼ばれたら、嫌でしょ?」

だから、できるだけ呼ばないようにしたい。
嫌な思い、させたくない。

「…
「は、はい」
「可愛い」
「えっ!?」

辰也はそう言って私を抱きしめる。
い、いや、ちょっと待って!?

「た、辰也!」
「そんな可愛いことしてたんだね」
「か、可愛いことって…」
「ずっと一人でオレの名前呼んでたの?」
「う、うん…」
「可愛いよ」

辰也は嬉しそうに笑うと、私にキスをする。

「ちょ、ちょっと待っ」
「無理」
「いや、その、敦いるから!そこにいるから!」
「ダイジョーブ。オレなんも見てない〜おとーさんとおかーさんがイチャイチャしてるのチューしてるの見てない」
「ほら、見てないって。それにほら、両親仲いい方が子供は嬉しいって言うだろ」
「……!」

二人ともわけがわからない。何言ってるのこの人たち。
でも辰也の私を抱きしめる力が強くて、離せない。

「た、辰也…あ、そ、そうだ!洗濯!洗濯しないといけないから!」
「あ、そうか」

そう言うと辰也は納得して、私を離してくれる。
も、もう…。

「んじゃオレはお手伝い〜」
「あ、そういえば辰也は何しに来たの?」
「福井さんに『アツシがサボってないか見てこい』って言われてね。体育館出るとき大きい声で面倒って言ってたから」
「サボんないよ〜ちゃんとお母さんのお手伝いしますー」

そう言って敦はひょいと洗濯物を取る。
辰也は体育館へ帰って行く。

ちんさ〜室ちんのこと氷室なんて呼んだらそりゃ駄目だよ〜」
「?」
「だってちんもいつか氷室になるんでしょ」

そう言われて、手に持っていた洗濯物を落としてしまった。

「あ!」
「あーあ、それゴリラのだ〜」
「………」

岡村先輩ごめんなさい…。
これは洗濯しなおしかな…。

そんなことを考えながら、火照った顔を手で抑えた。









「氷室さん」
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13.07.26