WC最終日。
今日は秀徳対海常戦の三位決定戦の後、誠凛対洛山戦がある。決勝戦だ。
バスケ部みんなで観戦することになっている。

「…ちょっと寄りたいところがあるので、先に行っててもらっていいですか?」

辰也は携帯を見て先輩にそう言う。

「まあ、別にいいけど。どうせ観戦だって強制じゃねーし」
「試合は行きますよ。オレも見たいですから」

用事ってなんだろう。
久々に来た東京に、用があるとは思えないんだけど…。
…もしかして。

「…辰也」
「ん?」
「…大我くんに会うの?」

辰也は目を丸くする。

「…そうだよ」
「…そっか」

…一緒に行っても、いいかな。
もちろん、二人が話す邪魔はしない。
ただ、傍にいたい。
辰也の傍にいたいから。

…行っても、いいかな。
辰也も、「傍にいてくれればいい」って、言ってくれたし…。

「辰也、あの…」
「?」
「…一緒に行っても、いい?」

恐る恐るそう聞くと、辰也は柔らかく笑った。

の悪い所だ」
「えっ」
「いつもそうやって遠慮して。『一緒に連れてって!』くらい言えばいいのに」

そう言われて思わず笑う。

「…じゃあ」
「うん」
「一緒に連れてって」
「うん。一緒に来て」

私は辰也に手を引かれて、ホテルを出た。





「…タイガとはロスで会ってさ」
「うん」

待ち合わせ場所に向かいながら、辰也から大我くんの話を聞く。
何度か聞いてきた話。
だけど、今聞くと、少し違う。

「友達とバスケしようとしたんだけど、人数足りなくて、探してたらタイガがいた。日本人がいて、嬉しかったよ。オレもその一年前にアメリカに来て不安だったから。タイガにバスケ教えるようになって、兄貴が出来たみたいだって言われて、嬉しかった。浮かれてこんなものを買ったりもした」

辰也はポケットからリングを出す。
辰也と大我くんの、兄弟の証だ。

「…でも、いつの間にかタイガはオレを追い越して行った」

ぎゅっとリングを握る。
辰也の顔は、険しくなる。

「どんどんうまくなって、足も速いしジャンプも高い。背も伸びて…オレが欲しかったバスケに必要なものは、全部アイツが持って行ったんだ」

ぎゅっと辰也の手を握る。
辰也。

「…タイガの思い描くような兄貴にはなれない」

ただただ黙って辰也の話を聞いた。
相槌を打つことすら躊躇われる。

「…タイガが日本に帰った後、オレも強くなって、もしかしたら、って思ったけど」

立ち止まって、低い声を出す。

「やっぱり、ダメだったな」

辰也は泣きそうな声だ。
泣いてはいないけど、でも。

「辰也」

ぎゅっと辰也に抱き着いた。
何を言えばいいかわからない。何をすればいいかわからない。
これでいいかもわからないけど、こうしたくなった。

「…

辰也の背中を撫でる。
その後、爪先立ちになって辰也の頭を撫でた。

「…わかってるんだ」
「うん」
「何がいけないか、どうすればいいか、本当は」
「…うん」
「頑張って来るね」

辰也は私から体を離して、ぎゅっと手を握った。
冷たい手だ。


「じゃあ、ここで待ってて」
「うん」

辰也と大我くんが待ち合わせをしているストバス場に着いた。
話している間、私は近くの公園で待つことにした。

「寒…っ」

公園のベンチに座る。
秋田ほどじゃないけど、東京も十分寒い。
雪がないだけマシかな。

「……」

…辰也は大丈夫だろうか。
ちゃんと、仲直りできるかな。
…大丈夫だよね、辰也だもん。
辰也と、辰也の弟分の大我くんだ。
大我くんのことはよく知らないけど、きっと、大丈夫。

「…辰也」

コートにくるまった。
…寒い。


「!」

俯いていると、辰也の声が降ってくる。
慌てて顔を上げる。

「仲直り、できたんだね」
「わかるの?」
「わかるよ」

辰也の顔を見れば、すぐわかる。

「ふふ、よかった」
「うん。…ありがとう」
「?」

辰也は私の隣に座る。
ぐいっと肩を抱き寄せられた。

「…隣にいてくれて、ありがとう」
「辰也…」
が一緒にいてくれたから、オレは頑張れたよ」

その言葉で、私はまた泣いてしまった。






「辰也」
「…ん」
「そろそろ、戻らないと」

どのぐらいこうしていただろう。
そろそろ会場に向かわないと、決勝戦が始まってしまう。

「…そうだね」
「うん」
「………」

立ち上がって、辰也と手を繋ぐ。
辰也の歩き出す方向に私もついていく。

「……」

キョロキョロ辺りを見渡す。
あまりこの辺りは人がいない。
…東京でも人がいないところはあるんだなあ。

「……」
「……?」

なんだか辰也の様子がおかしい。
どうしたんだろう。

「辰也?」
「道、こっちで合ってるっけ」
「え…」

え、ええ!?

「わ、わかんない」
「そっか。オレも来るときちょっと上の空だったからな」
「え、だ、大丈夫!?」

様子がおかしいと思ったら道に迷っていたのか…。
私も来るときいろいろ考えてしまってあまり道を覚えていない。

「ごめん…」

私が上の空なら、大我くんと会う約束をしていた辰也の方が上の空に決まってる。
ちゃんと私が覚えておかなくちゃいけなかったんだ…。

「いや、オレもごめん。全然考えてなかった」
「…どうしよう」

東京に来てからは試合会場とホテルを往復するばかりで、たまに買い物するときもその途中の道にあるコンビニとか。
ほかのところは行ったことがない。全然わからない。

「……」

辰也の手を強く握る。
どうしよう。道に迷うなんて何年振りだろう。
…怖い。


「うん…」
「可愛い」
「うん…って、え!?」
「その顔可愛いね」
「な、何言ってるの?!バカ!」

辰也は笑う。
そ、そんな場合じゃないでしょ?!

、大丈夫だよ」
「え…」
「東京は外国じゃないんだから、いざとなれば人に聞けばいい」
「え、あ、そっか…」
「うん。は不安にしてる顔も可愛いね」
「……」
「ふてくされた顔も可愛い」

辰也がそう言うので怒って辰也の背中のあたりを叩く。
辰也は笑うだけだけど。

「…もう」

…でも、よかった。
いつもの辰也だ。

いつもと変わらない辰也。

「あ、すみません。ちょっといいですか?」

辰也は子供を連れた女の人に話しかけて道を聞く。
…本当によかった。
辰也はきっと、自分の気持ちに決着をつけることができたんだろう。
完全にじゃなくても、一区切り。

、こっちだって」
「うん」

もう一度辰也と手を繋ぐ。
強く、離さないように。








 
14.01.23