試合終了のブザーが鳴る。

私たちは、負けた。



「…っ」
も、お疲れさん」

ベンチの隅で泣いていると、岡村先輩がぽんぽんと頭を撫でてくれる。
だから私は余計に泣いてしまった。





「あれ、辰也は…」

コートから引き上げて、一通り泣きはらした後。
次の試合を見るためにみんなで観客席にやってきた。

…もう負けてはいるけど、やっぱり試合は見ておきたい。

席に着くと、辰也がいないことに気付いた。

「そういやいねーな」
「探して…」

探してきます、そう言って席を立とうとしたけど、やめた。
一人にしてほしいときもあるかな…。

「行けよ」
「え…」

前の席に座る福井先輩がそう言う。

「お前が行かないで誰が行くんだよ」

胸の奥が痛くなる。
福井先輩にお礼を言って会場の外に出た。





「…辰也」

携帯を鳴らしてみても出ない。
そう遠くには行っていないだろう。
キョロキョロ周りを見渡す。

早く会いたい。
何を言えばいいかもわからない。
なんて声を掛ければ辰也を励ませるかわからないけど、会いたい。

辰也の力になりたくて会いたいのか、ただ私が会いたいのか、わからないけど。
今、すごく、辰也に会いたい。


「あ!」

向こうの方に辰也の姿が見える。
アレックスさんも一緒だ。
でも、なんか様子が…。

「辰也…」

慌てて駆け寄る。
近くまで来て様子がおかしい理由がわかった。

怪我をしている。
右のこめかみあたりから、血が出ている。

「辰也っ!?」

思っても見なかった展開に、慌てて辰也の傍に駆け寄ってティッシュで傷口を抑える。


「どうしたの?大丈夫?」
「まあ、大したケガじゃないよ」

辰也は何でもないような顔で言う。
確かに血は出ているけどそこまで深い傷じゃないみたいだ。

「でも、どうして怪我なんて…」
「それはなあ」

アレックスさんがずいと身を乗り出す。
あ、そういえば。

「あ、あの、初めまして。といいます」
「おう。アレクサンドラ=ガルシアだ。よろしくな」

辰也のケガを見て焦ってしまって、アレックスさんとちゃんと挨拶もしていない…。
慌ててアレックスさんに会釈をして挨拶をする。
頭を上げるとアレックスさんが顔を近付けてくる。

「!」
「アレックス、日本じゃダメだってば」
「えー」

な、なに。え、な…。
無駄に心臓をドキドキさせながら、辰也が私をアレックスさんから離す。

「で、えっと、何があったんですか…?」
「今ちょっと変なやつが」
「アレックス」

アレックスさんが言いかけると、辰也がそれを制止する。

「…聞いたらダメなの?」
「…大会が終わったら、全部話すよ。今はちょっとね。みんなに迷惑を掛けるかもしれないから」
「…大丈夫なの?」
「タツヤは悪いことしてないから、安心しろ」

アレックスさんが私の頭をポンと叩く。
大きな手。
今初めて会話をしたのに、安心する手だ。

「ああでも、監督には言っておいたほうがいいかな…」
「それなら私から言っておくよ。大人が話した方がいいだろ」
「…そうだね。今は観戦中だし、ホテルに帰ったら話してもらっていいかな」
「おう。お前らも試合見るんだろう?会場に行こうぜ」

そう言ってアレックスさんが会場を指さす。
…そうだ。もう試合が始まっちゃう。
辰也とちゃんと話せなかったな…。

、行こう」
「…うん」

辰也はいつもの表情で私に手を差し出す。

「……」
「!」


躊躇いながら辰也の手を取る。
辰也の手は、震えていた。






ホテルに帰った後、アレックスさんが来て監督と辰也と話をしている。
さっきの件だろう。

私は廊下の端にあるソファに腰かけて待っている。
…辰也が何かしたわけではないみたいだし、大会が終われば話してくれると言っていたし、大丈夫だろう。
それよりも。

「……」

胸が痛い。
私はみんなに、辰也に、何ができるだろう。

負けてしまって悔しいはずのみんなに、何を言えばいいのかもわからない。
それどころか私の方が慰められて。

辰也にだって何も言えなくて。

「…っ」

自分で自分が嫌になる。
何もできない。何かしたかったのに、辰也の力になりたいのに。

アレックスさんとは何か話したのかな。
私が言えなかった言葉を掛けてもらえたんだろうか。

…何を言えば辰也の力になれたんだろう。
震える辰也の手を取るだけじゃなく、他に何か、できたんじゃないかと。
試合を見ないで引き留めたり、ううん、それより前に、試合をする前、WCが始まる前に、私は何かできたんじゃないか。
私は辰也から話や悩みをたくさん聞いてきたのに。


いろんな感情がぐちゃぐちゃになる。
辰也に会いたい。でも、会いたくない。
だって、こんな気持ちで会いたくない。

?大丈夫?」
「!」

辰也に名前を呼ばれてハッとして顔を上げる。
辰也とアレックスさんだ。

「あれ、監督は…」
「少し前に出てったけど…気付かなかった?」
「うそ…」

考え込んでいたせいだろうか。
全然気が付かなかった。

「私はもう行くよ。タツヤ、またな」
「ああ」

アレックスさんは辰也の肩に手を置いてそう言う。
その後に私の方を向いて、私の頭をぽんと手を置いた。


「は、はい」
「タツヤをよろしくな」

そう言われて、涙が出そうになる。
私はそんなことを言ってもらえるような人間じゃない。

「わかるよ、がいればタツヤはきっと大丈夫だ」

アレックスさんはそう言うと、出口のほうへ向かって行った。
また、胸が痛む。



辰也は私の隣に座る。
心配そうな顔だ。

「…ごめんね」
「え?」
「目が真っ赤だ」

辰也は私の目のあたりをなぞる。
違うのに。辰也が謝ることなんて何もない。

「勝ちたかったけど、ごめんね。勝って笑ってるところが見たかったけど」
「違うの、辰也…」
「ごめんね」
「違う、違うの…っ」

涙が零れた。
泣きたくないのに。泣きたいのは私じゃないはずなのに。
止まらない。

「違うの、辰也…っ」

「私、みんなに言いたかったの。何か言いたくて、でも、何もできなくて、私が慰められるばっかりで」

「辰也にも、私、辰也の力になりたいのに、何もできなかったの、悔しくて」

ボロボロ涙が零れる。
泣きたいのはみんなの、辰也のほうのはずなのに。

涙零れて止まらない。

、いいんだよ」

辰也は私を抱きしめて、よしよしと私の背中を撫でる。
これじゃ、私が慰められてる。

が隣にいてくれれば、それでいいんだ」
「でも…っ」
も言ってただろう?」

何を言っただろう。
私が何か言えただろうか。

「いつでも寄りかかっていいよって」
「あ…」
「…嬉しかったんだよ」
「…辰也…」
「だからね、今は」

辰也は私の肩のあたりに頭を置く。

「少しだけ、寄りかからせて」

辰也は小さい声で呟く。
大きいはずの辰也の体が小さく見える。

「…っ」

泣きながら辰也の頭を撫でた。
少しでも私がここにいる意味があれば。
ここにいることで辰也の力になれるなら。

「…
「…うん」
「頑張ったよ」
「…うん」
「…届かなかったけど、オレは」
「……」
「オレはそれでも、バスケが好きだよ」

その言葉を聞いて、反射的に辰也を抱きしめた。
辰也。

どんなに好きでも、努力しても届かないことがあるのはわかっている。
わかっているけど、それでも、辰也に届いてほしいと願ってしまう。
…辰也にだけは、届いてほしいと。

でも、それが無理なら。
せめて辰也がいつでも笑っていてほしいよ。
私が傍にいることで、辰也が笑っていられるなら、私はずっと、ここにいるよ。








 
14.01.10