試合終了のブザーが鳴る。 私たちは、負けた。 「…っ」 「も、お疲れさん」 ベンチの隅で泣いていると、岡村先輩がぽんぽんと頭を撫でてくれる。 だから私は余計に泣いてしまった。 * 「あれ、辰也は…」 コートから引き上げて、一通り泣きはらした後。 次の試合を見るためにみんなで観客席にやってきた。 …もう負けてはいるけど、やっぱり試合は見ておきたい。 席に着くと、辰也がいないことに気付いた。 「そういやいねーな」 「探して…」 探してきます、そう言って席を立とうとしたけど、やめた。 一人にしてほしいときもあるかな…。 「行けよ」 「え…」 前の席に座る福井先輩がそう言う。 「お前が行かないで誰が行くんだよ」 胸の奥が痛くなる。 福井先輩にお礼を言って会場の外に出た。 * 「…辰也」 携帯を鳴らしてみても出ない。 そう遠くには行っていないだろう。 キョロキョロ周りを見渡す。 早く会いたい。 何を言えばいいかもわからない。 なんて声を掛ければ辰也を励ませるかわからないけど、会いたい。 辰也の力になりたくて会いたいのか、ただ私が会いたいのか、わからないけど。 今、すごく、辰也に会いたい。 「あ!」 向こうの方に辰也の姿が見える。 アレックスさんも一緒だ。 でも、なんか様子が…。 「辰也…」 慌てて駆け寄る。 近くまで来て様子がおかしい理由がわかった。 怪我をしている。 右のこめかみあたりから、血が出ている。 「辰也っ!?」 思っても見なかった展開に、慌てて辰也の傍に駆け寄ってティッシュで傷口を抑える。 「」 「どうしたの?大丈夫?」 「まあ、大したケガじゃないよ」 辰也は何でもないような顔で言う。 確かに血は出ているけどそこまで深い傷じゃないみたいだ。 「でも、どうして怪我なんて…」 「それはなあ」 アレックスさんがずいと身を乗り出す。 あ、そういえば。 「あ、あの、初めまして。といいます」 「おう。アレクサンドラ=ガルシアだ。よろしくな」 辰也のケガを見て焦ってしまって、アレックスさんとちゃんと挨拶もしていない…。 慌ててアレックスさんに会釈をして挨拶をする。 頭を上げるとアレックスさんが顔を近付けてくる。 「!」 「アレックス、日本じゃダメだってば」 「えー」 な、なに。え、な…。 無駄に心臓をドキドキさせながら、辰也が私をアレックスさんから離す。 「で、えっと、何があったんですか…?」 「今ちょっと変なやつが」 「アレックス」 アレックスさんが言いかけると、辰也がそれを制止する。 「…聞いたらダメなの?」 「…大会が終わったら、全部話すよ。今はちょっとね。みんなに迷惑を掛けるかもしれないから」 「…大丈夫なの?」 「タツヤは悪いことしてないから、安心しろ」 アレックスさんが私の頭をポンと叩く。 大きな手。 今初めて会話をしたのに、安心する手だ。 「ああでも、監督には言っておいたほうがいいかな…」 「それなら私から言っておくよ。大人が話した方がいいだろ」 「…そうだね。今は観戦中だし、ホテルに帰ったら話してもらっていいかな」 「おう。お前らも試合見るんだろう?会場に行こうぜ」 そう言ってアレックスさんが会場を指さす。 …そうだ。もう試合が始まっちゃう。 辰也とちゃんと話せなかったな…。 「、行こう」 「…うん」 辰也はいつもの表情で私に手を差し出す。 「……」 「!」 躊躇いながら辰也の手を取る。 辰也の手は、震えていた。 * ホテルに帰った後、アレックスさんが来て監督と辰也と話をしている。 さっきの件だろう。 私は廊下の端にあるソファに腰かけて待っている。 …辰也が何かしたわけではないみたいだし、大会が終われば話してくれると言っていたし、大丈夫だろう。 それよりも。 「……」 胸が痛い。 私はみんなに、辰也に、何ができるだろう。 負けてしまって悔しいはずのみんなに、何を言えばいいのかもわからない。 それどころか私の方が慰められて。 辰也にだって何も言えなくて。 「…っ」 自分で自分が嫌になる。 何もできない。何かしたかったのに、辰也の力になりたいのに。 アレックスさんとは何か話したのかな。 私が言えなかった言葉を掛けてもらえたんだろうか。 …何を言えば辰也の力になれたんだろう。 震える辰也の手を取るだけじゃなく、他に何か、できたんじゃないかと。 試合を見ないで引き留めたり、ううん、それより前に、試合をする前、WCが始まる前に、私は何かできたんじゃないか。 私は辰也から話や悩みをたくさん聞いてきたのに。 いろんな感情がぐちゃぐちゃになる。 辰也に会いたい。でも、会いたくない。 だって、こんな気持ちで会いたくない。 「?大丈夫?」 「!」 辰也に名前を呼ばれてハッとして顔を上げる。 辰也とアレックスさんだ。 「あれ、監督は…」 「少し前に出てったけど…気付かなかった?」 「うそ…」 考え込んでいたせいだろうか。 全然気が付かなかった。 「私はもう行くよ。タツヤ、またな」 「ああ」 アレックスさんは辰也の肩に手を置いてそう言う。 その後に私の方を向いて、私の頭をぽんと手を置いた。 「」 「は、はい」 「タツヤをよろしくな」 そう言われて、涙が出そうになる。 私はそんなことを言ってもらえるような人間じゃない。 「わかるよ、がいればタツヤはきっと大丈夫だ」 アレックスさんはそう言うと、出口のほうへ向かって行った。 また、胸が痛む。 「」 辰也は私の隣に座る。 心配そうな顔だ。 「…ごめんね」 「え?」 「目が真っ赤だ」 辰也は私の目のあたりをなぞる。 違うのに。辰也が謝ることなんて何もない。 「勝ちたかったけど、ごめんね。勝って笑ってるところが見たかったけど」 「違うの、辰也…」 「ごめんね」 「違う、違うの…っ」 涙が零れた。 泣きたくないのに。泣きたいのは私じゃないはずなのに。 止まらない。 「違うの、辰也…っ」 「」 「私、みんなに言いたかったの。何か言いたくて、でも、何もできなくて、私が慰められるばっかりで」 「」 「辰也にも、私、辰也の力になりたいのに、何もできなかったの、悔しくて」 ボロボロ涙が零れる。 泣きたいのはみんなの、辰也のほうのはずなのに。 涙零れて止まらない。 「、いいんだよ」 辰也は私を抱きしめて、よしよしと私の背中を撫でる。 これじゃ、私が慰められてる。 「が隣にいてくれれば、それでいいんだ」 「でも…っ」 「も言ってただろう?」 何を言っただろう。 私が何か言えただろうか。 「いつでも寄りかかっていいよって」 「あ…」 「…嬉しかったんだよ」 「…辰也…」 「だからね、今は」 辰也は私の肩のあたりに頭を置く。 「少しだけ、寄りかからせて」 辰也は小さい声で呟く。 大きいはずの辰也の体が小さく見える。 「…っ」 泣きながら辰也の頭を撫でた。 少しでも私がここにいる意味があれば。 ここにいることで辰也の力になれるなら。 「…」 「…うん」 「頑張ったよ」 「…うん」 「…届かなかったけど、オレは」 「……」 「オレはそれでも、バスケが好きだよ」 その言葉を聞いて、反射的に辰也を抱きしめた。 辰也。 どんなに好きでも、努力しても届かないことがあるのはわかっている。 わかっているけど、それでも、辰也に届いてほしいと願ってしまう。 …辰也にだけは、届いてほしいと。 でも、それが無理なら。 せめて辰也がいつでも笑っていてほしいよ。 私が傍にいることで、辰也が笑っていられるなら、私はずっと、ここにいるよ。 ← → 14.01.10 |