事の始まりは単純なことだった。



?」
「っ!」

同じクラスでバスケ部のマネージャーの
その彼女が放課後、誰もいない、オレたちのクラスとは違う教室にいるのを見かけて声を掛けてみると、予想以上に驚かれた。

「え、あ、氷室…」
「ごめん、そんなに驚くと思わなくて」
「あっ、ちょっと待って!」

のいる教室に入ろうとするとは手元をバタつかせる。

「?」
「わっ!」

そのせいで手元にあったペンケースは机から落下した。
…このペンケースは。

「…女子の間で流行ってるよね、おまじない」
「…!」

そう言ってみるとは顔を真っ赤にした。
女子の間で流行っているおなじないで、好きな人のシャーペンでハートマークを書くと恋が叶うとか。
このペンケースの持ち主は同じバスケ部の部員だ。

「邪魔しちゃってごめんね。確か見られたらダメなんだろ?」
「え、あ、別に…その…」

は元々赤かった顔を更に真っ赤にさせた。

「…その、誰にも言わないでね」
「大丈夫だよ」
「…ありがと」
「でも可愛いね、おまじないなんて」
「…ま、まあ、高校生にもなってやる子ほとんどいないけど…」

いないけど、ということは、自覚はあるのか。
少し子供っぽいと思っても、所詮はおまじないと思っても、それでも叶えなたいんだろうな。

「…ねえ、氷室」
「ん?」

は散らかしてしまったペンケースを拾いながら、恥ずかしそうに口を開いた。

「…男の子って、どんな子が好きなの?」
「え」

の言葉に思わず目を丸くしてしまう。

「…ご、ごめんね、変なこと聞いて」
「いや、いいけど…んー、人によって違うからなあ…」
「そうだよね…」

は肩を落としてしまう。
…今の彼氏は何人目だの、あいつはただのキープだの、そんな会話も高二となればちらほら聞こえてくる。
そんな中で、こんなふうに純粋に赤くなって思う子もいるんだな。

「可愛い子は、好きだよ」
「可愛い子…」
「顔だけじゃなくてさ、雰囲気とか、行動とかね」
「…どんな感じ?」
「高校生になってもおまじないに頼っちゃう子とか」
「!」

そう言うとはまた顔を赤くする。
…うん、やっぱり妙に擦れてしまったような人達より、こういうほうが可愛いよ。

「そうじゃなくて!」
「本当だよ。はそのままでいいと思うけどな」

そう言ってみるとは照れながら嬉しそうな顔をした。

「…ありがと」
「どういたしまして」








「もうすぐバレンタインじゃない」
「そうだね」

あれからすでに数か月。
いつの間にかオレはの相談役に落ち着いてしまっている。

「どんなチョコが好き?」
「やっぱり手作りが嬉しいんじゃないかな」
「…手作り…」

は頭を抱えてしまう。

「…したことないんだよね」
「そうなの?」
「それに、手作りってなんか重くない?」
「そんなことないよ。まあ、どうしてもっていうなら一人だけじゃなくて他の人にも配ればいいんじゃないかな」

部室の中ではうんうんうなり始める。
部活が終わって、オレが帰る準備をしながら部室での話を聞く。
一日の中でほんの数分のこと。

「…うーん」
「チョコ、頑張って」

ぽん、との頭叩いて部室のドアを開ける。

「…いつもありがとう」
「どういたしまして」



雪を踏みしめながら帰り道を歩き出す。

「…はあ」

別に「相談に乗るよ」と言った覚えもないし、「相談相手になってほしい」なんて言われた覚えもない。
「相談」というほど大層なものじゃない。
ただ、いつの間にか習慣になってしまった。

最初は親切心というより、好奇心みたいなものだった。
男同士だと恋愛話なんてしないし、女子の話なんてそれ以上に聞かない。
不謹慎だけどちょっと面白そうだな、と思っての話を聞いていた。

それだけのはずだったのに。

「……」

ときどき赤くなりながらアイツの話をするを可愛いと思うようになって。
その笑顔が向けられているのが自分じゃないと思うと苦しくなるようになって。

我ながら情けない。
今更この立ち位置をやめることもできなければ、に告白することもできない。

「…」

雪の中、転ばないように力を入れて歩きながら小さい溜め息を吐いた。











結局はただの相談相手
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14.01.28