ユーリとコロッケの話

※三部以降の時間軸です。

 世界を飛び回るユーリが久しぶりに下町に帰ってきたのは今朝のこと。次のギルドの仕事は帝都周辺での魔物退治ということで、仲間もしばらく下町に滞在するらしい。
「そろそろ飯の準備しないとな」
 わたしの部屋へ来ていたユーリが、窓の外の沈みかけた太陽を見てつぶやいた。いつの間にか夕方になっていたようだ。
「そうだね。ね、コロッケ作ってくれない? 材料もあるし」
「コロッケ? 別にいいけどよ……」
 わたしの突然のリクエストにユーリは首を傾げつつも、台所へ立つ。わたしはその隣へ行って、ユーリの顔をのぞき込んだ。
「隠し味もちゃんと入れてね」
 にっこり作った笑顔をユーリに向けると、ユーリは目を丸くする。そして、はあと呆れたようなため息を吐いた。
「誰から聞いたんだ。ジュディか?」
 さすがユーリは察しがいい。わたしのからかうような表情で、なぜ突然コロッケをねだったのか理解したのだろう。
「ううん、カロル」
 わたしは笑顔のまま、ユーリの問いに答える。
 あれは今日のお昼過ぎのこと。たまたまカロルと料理の話題になり、「ユーリのコロッケ、おいしいんだけど隠し味が愛情だって言っててさ……」とカロルが苦い顔で言っていたのだ。
 ユーリは「あいつか……」と言いながら、腰に手を当て呆れた表情を浮かべる。
「みんなに作ったコロッケには入れてるんでしょ?」
「あれは別に……」
「隠し味は愛情なんて、ユーリも可愛いこと言うんだね。わたしのにもちゃんと入れてよね?」
 本当の隠し味を秘密にするためか、はたまた単純にカロルたちをからかうつもりだったのか。どちらにせよ、「隠し味は愛情」と言っているユーリを想像すると、おかしくて笑ってしまう。きっとわたしやフレンには言わないであろう話を聞いてしまったら、ちょっと悪戯心が湧くというもの。
「可愛いって、おまえなあ」
「ロマンチックで可愛いじゃん」
 誤魔化すユーリに、わたしはからかいの言葉を続ける。
 やはり「隠し味は愛情」なんて、カロルをからかうつもりで言ったのだろう。わたしに言わないのは、わたしが相手ではこうやってからかい返されるとわかっているから。
「ユーリも仲間には甘いんだねえ、料理に愛情入れるなんて。確かに仲間のこと大切にしてるもんね」
 ユーリが照れたように顔を逸らすから、わたしはさらに猛追する。普段はわたしがからかわれる側だから、たまの機会についつい口が動いてしまうのだ。
「カロルやレイヴンもいつも言ってるよ。クールに見えて仲間のこと思ってるのがわかるって。ふふ、コロッケに愛情ぐらい入れるかあ」
「……」
「わたしのにもちゃんと入れてよね?」
 くすくす笑いながらユーリの顔をのぞき込む。しかし、ユーリは先ほどの恥ずかしそうな表情はどこへやら、ふっとその唇に孤を描いた。
「わっ」
 そして、わたしの肩に腕を回し自身のほうへと引き寄せる。
「そんなに欲しいなら仕方ねぇな」
「えっ」
「隠し味なんてまどろっこしいもんじゃなく、直接くれてやるよ」
 あ、まずい。からかいすぎた。ユーリの「直接」の意味をすぐに察したわたしは、先ほどまで調子よく動かしていた口をひゅっとすぼめる。
「い、いやいや、大丈夫です」
「遠慮すんなって。欲張りな恋人のために一肌脱ぐって言ってんだよ」
「遠慮じゃなくてですね。ほら、まだ夕方だし」
「時間なんて関係ねぇだろ。なあ?」
「ひゃっ」
 ユーリの指がわたしの耳に触れた。扇情的な手つきに、小さく声が漏れてしまう。ユーリはその隙を逃さない。
「……っ」
 今度は反対側の耳にユーリの唇が触れる。耳に吐息が微かにかかって、わたしの中の小さな欲がざわめき出す。
 あ、まずい。変な気分になってきた。
 ユーリが下町に帰ってくるのは久しぶり。当然、こうやって触れ合うのも久々なのだ。こんなふうに触れられたら、抑えていた欲が沸き立ってしまう。ユーリもそれをわかっている。わかっていて、煽るような仕草をしている。
 ユーリの指がわたしの頬を撫でる。色っぽいのにどこか優しい触れ方に、わたしの胸がきゅっと締めつけられた。
「いらねぇの?」
 妖しい笑みで問いかけられて、わたしはなにも答えられなかった。
 ユーリからのキスも拒めなかった。拒まなかった。
 だって、からかってはみたものの、わたしだってユーリの愛情が欲しいから。いつももらっているけれど、それでもまだ欲しいと思う。心の奥の小さな欲が、もっと欲しいと叫んでいる。
 ユーリの言うとおり、結局わたしも欲張りだ。



「あら、朝からコロッケ?」
 翌朝、ユーリと二人で朝食を取っていると、ジュディスが窓の外から声をかけてきた。横にはカロルの姿も見える。窓を開けていたからコロッケのにおいが外まで漂っていたようだ。
「おまえらも食うか? 作りすぎちまって」
「もらう! ユーリのコロッケ、おいしいんだよね~」
 ユーリは窓から顔を出し、カロルにコロッケを手渡した。カロルは「あちち」と言いながら、おいしそうにコロッケを頬張り出す。
「隠し味もしっかり入れといたからな」
「ぶっ」
 ユーリの言葉に、カロルがむせかえった。口の端にじゃがいもをつけながら、「変なこと言わないでよ~」と苦い顔をしている。
「私は遠慮しておくわ。カロルもだけど、あなたたち元気ねえ。朝からコロッケなんて」
「ん? 昨日夕飯食い損ねちまったからな」
「あら、もったいない」
 三人の会話を聞きながら、わたしはコロッケをただつまむ。
 ユーリの隠し味の入ったコロッケはどこか昨夜の出来事を思い起こさせる。わたしは頬が熱くなっているのを誰にも気づかれないよう、黙ってコロッケを食べるのであった。