ダイゴさんを甘やかす話
ダイゴさんは甘え上手だ。
「ん……」
朝。自然と目を覚ました私は、動かずに枕元の時計へ視線を移した。時刻は七時半。今日は休みだからまだ起きなくてもいいけれど、目は覚めてしまった。もう起きてしまおうか。そう思いながらゆっくり寝返りを打って、隣で眠るダイゴさんの様子を窺った。
「寝てる……」
昨日私の部屋に泊まりに来たダイゴさん。彼は朝になった今もぐっすり眠っているようだ。
ダイゴさんも今日はオフだと言っていた。よく寝ているダイゴさんを起こす必要もない。彼を起こさないよう、そっとベッドから体を起こした、そのとき。
「わっ!」
右手をぐいと引っ張られ、私は再びベッドへ引き戻される。
「ダイゴさん!」
私の腕を引っ張った犯人の名前を呼べば、ダイゴさんは私を掛け布団をで覆った。
「起きてたんですか?」
「今起きたんだ。もう起きるの?」
「そのつもりですけど……」
私の答えを聞いて、ダイゴさんは私の背中に腕を回す。本格的に起こさないつもりのようだ。
「もう少し寝ててもいいじゃないか」
ダイゴさんは私の耳を撫でて、甘い誘いをかけてくる。確かにまだ寝ていてもいい時間だけれど、起きてもいい時間のはずだ。
「でももう朝ですよ」
「まだ早い時間だよ」
「私は目冴えちゃったし……」
「いいじゃない、一緒に寝ていよう」
ダイゴさんは私を抱きしめると、軽く私の頭に頬をすり寄せる。
ときどきダイゴさんはこうやって子供みたいな面を覗かせる。普段はチャンピオンらしくしっかりした姿なのに、二人きりのときに甘えるような仕草を見せるのだ。
「今日は休みだし、昨日は遅かったし」
「ね?」とダイゴさんに笑顔を向けられれば、私はなにも言えなくなってしまう。
ダイゴさんは甘えるのがうまい。綺麗な顔を微笑みで彩って、柔らかな声をさらに甘くして。そうやってダイゴさんに甘えられると、私はなんだかんだと言うことを聞いてしまう。
……ダイゴさんが甘えるのがうまいと言うより、私がダイゴさんに甘いというか。そこはまあ置いておいて。
「……ちょっとだけですよ」
仕方ないなあとため息を吐きながら、私はダイゴさんの腕に体を預けた。
「うん」
ダイゴさんは再び私の髪を撫で始めた。頭をぽんぽんと柔らかく撫でたり、髪の毛を指で梳いたり。穏やかな仕草の途中、ときどきダイゴさんの指が私の耳に触れる。
「ふ……」
耳に触れた指がくすぐったくて、小さく声が漏れた。その声が聞こえたのか、ダイゴさんはくすりと笑うと今度は耳だけを触り始める。
「……眠るんじゃないんですか?」
「そうだね。でも、こうしたくなった」
ダイゴさんは私の額を人差し指の背でなぞる。ほんの表面だけをふわふわと撫でたあと、今度は唇でそこに触れた。子供をあやすかのような優しい仕草に、私は静かに身を委ねた。
なにか明確な目的があるわけでもなく、ただただ相手に触れるだけのスキンシップ。ダイゴさんはこういうスキンシップが好きだ。二人でソファに座っているときや、眠る前、玄関で彼を出迎えたとき。ふとした瞬間に私に優しく触れて、キスをして。そしてとびきりの笑顔を私に見せる。
「ダイゴさんはスキンシップが好きですね」
今度は私からダイゴさんに触れた。頬を撫でれば、ダイゴさんはくすぐったそうに目を細める。
「は嫌いだった?」
ダイゴさんは頬を撫でる私の手を握る。口角を上げたその表情には、少しだけからかいの色が見えた。
「……その聞き方は意地悪ですよ」
本当はすべてわかっているのに、ダイゴさんはわざとこうやって聞いてくる。唇を尖らせれば、ダイゴさんは「聞きたいんだよ」とまた笑顔を見せてくる。
「……好きです、けど」
嫌いだったら、こんなふうにダイゴさんを受け入れていないだろう。好きだから、こうやって今触れ合っているのだ。
ダイゴさんの指が私に触れるとき。大きな手のひらが私の頬を包むとき。唇の温度が伝わるとき。心臓がうるさいぐらいに鳴って、頬が焼けるほどに熱くなって、心の奥がじんわりと熱を持つ。激しい情動と穏やかな色が心の中の同じ場所に現れる。不思議で、とても温かな感覚。
「ボクも好きだよ」
自分の唇に、ダイゴさんの唇の温度が伝わってくる。甘い感触は寝起きで覚めきらない私の頭をより一層酔わせた。
「……ねえ、もっとしたいな」
今までより少し低いダイゴさんの声が耳に響く。「もっと」の意味は、このキスの先。
ダイゴさんが私の手を取る。彼の指が、私の指の間をなぞった。
くすぐったいと思うよりも強く感じるのは、昨夜の彼の温度。心の奥が疼いて、ダイゴさんの手を握り返す。
「……朝ご飯、ダイゴさんが作ってくださいね?」
「もちろん」
やっぱりダイゴさんは甘え上手だ。起きようとすればベッドに中に引き戻されて、一緒に寝るのも「ちょっとだけ」と言ったはずなのに、結局こう。私も私でついダイゴさんの言うことを聞いてしまって、ダイゴさんのペースに乗せられる。
ダイゴさんは私の上に乗ると、私の髪を一束手に取って、そこにキスをする。甘い仕草に、自分の胸が高鳴るのを感じる。
「好きだよ」
耳元で囁かれて、体が跳ねる。
今度は私が、甘やかされる方。