アクアマリン/6

「ダイゴさん、今日はすみませんでした」
 とある週のはじめの、夜も更けた午後八時。カナズミシティ、警察署前で私はダイゴさんに頭を下げた。
「きみが謝ることじゃないよ」
 ダイゴさんは笑ってそう言ってくれるけれど、夜に突然呼び出して、さらにそれが無駄足だったのだから頭を下げないわけにはいかない。
「チルットのトレーナーが見つかったかもって言われたら、ボクだって飛んでくるよ」
 そう。今日の仕事終わりにカナズミ警察署から「チルットの捜索願が出されたので、該当するか確認してほしい」と連絡があったのだ。私はすぐにダイゴさんにもその旨を連絡し、デボンから直接警察署に向かった。ダイゴさんは今日はリーグにいたらしいのに、すぐに飛んできてくれた。
「でも結局間違いでしたし」
 わざわざ遠くからダイゴさんに来てもらったのに、結局私が保護したチルットと捜索願が出されたチルットは、細かい特徴が異なる個体だった。そのうえ、トレーナーに直接確認したところ、チルットがいなくなったのも一週間前とのこと。数ヶ月前に私たちが保護したチルットが該当するはずもない。
「間違いかどうかは行ってみないとわからないことだから。ボクはちゃんがすぐに連絡くれて嬉しかったよ」
 こんな夜に突然連絡してしまい罪悪感を持っていたけれど、ダイゴさんの言葉に心が軽くなる。
 ダイゴさんはいつも優しい。こんなふうに突然連絡をしても、迷惑をかけても、いつも笑顔で「大丈夫」と返してくれる。そして今も、いつものようにダイゴさんは私を家まで送ってくれている。
「チルットのトレーナー、いつ見つかるんでしょう……」
 ケージの中のチルットが眠っているのを確認して、私はふと言葉を漏らした。
 チルットを保護して、もう四ヶ月が過ぎた。保護したあの日は、トレーナーが見つかるまでこんなに時間がかかるとは思っていなかった。今日までチルットのトレーナーの手がかりさえ掴めていない。
「早く見つかるといいなあ……」
 私はケージの中で安心した表情ですやすやと眠るチルットを見つめた。早く、この子のトレーナーが見つかりますように。心の底から、そう祈っている。
ちゃん、あまり思い詰めすぎないようにね」
 ダイゴさんは立ち止まると、私とチルットをじっと見つめてそう言った。
「トレーナーが見つからないのはきみのせいじゃない。きみはできることをやっているよ」
 満月を背に穏やかな口調で話すダイゴさんに、私はふっと自分の肩の力が抜けるのを感じた。
「ありがとうございます」
 ダイゴさんは優しい人だ。彼の隣にいると、無理に蓋をした不安な気持ちがこぼれ落ちる。そして、一旦こぼれたその気持ちは、ダイゴさんと一緒にいると次第に溶けていく。ダイゴさんは、優しくて、不思議な人。
「またなにかあったら連絡してね」
 マンションに着くと、ダイゴさんはそう言って私の姿が見えなくなるまでずっと見送ってくれた。


 その週の木曜日。夕飯を食べ終え、チルットの包帯交換も無事終了した二十二時過ぎ。あとはお風呂に入って眠るだけだ。お風呂場に向かう前に、遊び疲れて眠ってしまったエネコをボールに戻して、ケージのチルットの様子をうかがう。
「チルット、お風呂入ってくるね」
 そう伝えれば、いつもチルットは明るい声で答えてくれる。しかし今日はなにも返ってこない。寝てしまったかな、首を傾げてケージの中を覗くと、チルットの様子がいつもと違うことに気づいた。
「チルット……!?」
 チルットはぐったりした様子でケージの床に倒れ込んでいる。呼吸は浅く、見ただけでわかるほどに胸が大きく上下している。
「冷たい……」
 慌ててケージを開けてチルットに触れると、いつもは温かいチルットの肌が冷たくなっている。これはただごとではないと悟った私は、ケージを持ってすぐに家を出た。行く先はもちろん、ポケモンセンターだ。
 ポケモンセンターに向かう途中、私は早足で歩きながら鞄からポケナビを取り出した。電話の画面を開いて、「ツワブキダイゴ」の名前を探す。
「あった……!」
 焦っていると慣れているはずの作業もうまくいかない。やっとの思いで彼の名前を見つけ、ダイゴさんに電話をかけた。
『もしもし。ちゃん、どうしたの?』
 数回のコール音の後、いつものダイゴさんの声が耳に響く。
「ダイゴさん、チルットの様子がおかしくて」
『チルットの?』
「はい。ぐったりした様子で、体温も下がってて。今カナズミのポケモンセンターに向かってます」
『わかった。ボクもそっちに向かうよ。今キンセツ近くにいるからすぐに着くと思う』
「わかりました」
 電話を切って、ポケモンセンターに向かう足を早める。一刻も早く連れて行きたいけれど、走ればその分ケージの中のチルットに強い振動を与えてしまう。急ぎつつ、慎重にポケモンセンターの明かりへ向かった。

 ポケモンセンターに着いてすぐ、私はチルットをジョーイさんに預けた。ジョーイさんは私から状況を聞くと、素早く、しかし落ち着いた様子でチルットを検査室に連れて行く。
残された私は、待合室のソファに一人で座っている。
 きっと大丈夫、チルットを預けたときもジョーイさんは慌てていなかった。だからきっと、重症ではないはず。大丈夫、大丈夫。そう自分に言い聞かせる。
「……、大丈夫」
 膝に置いた手が震える。両手を組むように握って、無理矢理震えを止めた。
大丈夫、きっと大丈夫だから。
「……っ!」
 ポケモンセンターの自動ドアが開く音がして、私は顔を上げた。そこにいたのはやはりダイゴさんだ。
ちゃん!」
ダイゴさんは私を見つけると、すぐにこちらへ駆け寄ってくる。私も立ち上がり彼と視線を合わせた。
「ダイゴさん!」
「ごめん、遅くなった。チルットはまだ検査中?」
「はい……」
「そっか……ジョーイさんはなにか言ってた?」
「いえ、なにも……」
 大丈夫、きっと大丈夫。だってあんなに元気だったのだから。大丈夫、大丈夫。
「まだ時間はかかるかな……」
「そう、ですね……」
 ポケモンセンターの壁にかけられた時計に視線を向ける。チルットをジョーイさんに預けてから何度も何度も時間を確認しているけれど、時計の針はほとんど進んでいない。
「……っ」
 再び手が震え出す。両手を握っても、誤魔化せないぐらいに。
ちゃん、座ってて」
 ダイゴさんは私の肩に手を置くと、そっと私をソファに座らせた。そのまま彼は床に膝をついて、私を見上げる格好になる。
「温かい飲み物を買ってくるよ。ココアがいいかな。少し待ってて」
「あ、私も一緒に……」
「呼び出しがあるかもしれないし、きみはここにいて」
 私も売店へ向かおうとしたけれど、ダイゴさんに制止されてしまう。私は仕方なく再び一人でソファに座った。
 夜のポケモンセンターに人はまばらだ。かち、かちと時計の針の音だけがやたらと大きく室内に響いている。背筋にひゅっと、冷たい感触が走る。
「大丈夫……」
 言い聞かせるように、小さな声で呟いた。大丈夫、大丈夫。チルットは、きっと大丈夫。
 両手を祈るように組んで、額に当てた。チルット、お願いだから、無事でいて。
ちゃん」
 名前を呼ばれて、私は俯いていた顔をはっと上げた。そうすれば、私を見つめるダイゴさんの姿が視界に入る。
「あ、ココア……ありがとうございます」
 ダイゴさんの手にある缶のココアを受け取ろうとするけれど、ダイゴさんはそれを渡してくれない。
ちゃん、顔が青いよ」
「え……」
「これ、使って」
 ダイゴさんは私の肩に一枚のブランケットをかけた。そのままダイゴさんは私の背中をさするように撫でる。
 背中に感じた温もりに、心がほどける音がした。
「ダイゴさん……」
 彼の名前を口にすると、頬に涙が一筋伝った。一つ落ちれば、また一つ、二つとどんどんと涙が頬を伝っていく。
「チルットになにかあったらどうしよう……っ」
 嗚咽とともに、言葉が溢れた。
「さっきまですごく元気だったのに、突然あんなにぐったりして」
 涙と一緒に不安な気持ちがはらはらと零れていく。大丈夫、大丈夫と言い聞かせてきたけれど、本当はずっとずっと怖かった。ダイゴさんの顔を見たら、感情が堰を切ったように溢れ出す。もう止まらない。
「もっとちゃんと見ていれば、こんなことにならなかったかもしれない。あの子になにかあったら、このまま帰ってこなかったら……っ」
 怖い。チルットになにかあったらと思うと、怖くて怖くてたまらない。涙が溢れて止まらない。
 感情を露わにすると、ダイゴさんは私の手を取った。そして、優しい声で私の名前を呼ぶ。
ちゃん。落ち着いて、大丈夫」
 ダイゴさんの声が耳に響くと同時に、体全体が優しい温もりに包まれる。ダイゴさんに抱きしめられていると気づいたのは、ダイゴさんが次の言葉を紡いだときだった。
「あまり思い詰めないで。ボクたちはチルットを信じていよう」
 耳元に聞こえる優しい声と、背中を優しくぽんぽんと叩く大きな手。とても温かで穏やかなぬくもりに、不安な気持ちが少しずつ凪いでいく。
「チルットはあんなに重い怪我から回復した強い子だよ。それにここのジョーイさんたちは優秀だからね」
「はい……」
「それでも不安な気持ちは尽きないだろうけど、ボクが一緒にいるから」
 ダイゴさんはほんの少し体を離すと、じっと私の目を見つめた。優しい瞳が、私の心を包んでいく。
「大丈夫。信じて待とう」
 私の強がりの「大丈夫」とは違う、不安を溶かすダイゴさんの言葉。私の涙はいつの間にか止まっていた。
「……はい」
 ダイゴさんは私の隣に座ると、そのまま私の手の上に自分の手を重ねた。彼の大きな左手は、私の右手をすっぽりと包んでしまった。
 手を重ね合ったまま、私たちはなにも話さずにジョーイさんに呼ばれるのを待った。不安は潰えないけれど、それでも一人で待っていたときよりもずっとずっと心は軽かった。
 ダイゴさんは、不思議な人だ。彼といると、無理に蓋をした感情が溢れ出す。そして、溢れた気持ちは彼の優しい声に溶かされる。自分一人では抱えきれない不安や重荷が、ダイゴさんといるとほどけてしまう。
 そのままどのぐらい時間がたっただろう。ダイゴさんと私がジョーイさんに呼ばれたのは、ポケモンセンター内に職員と私たち以外の人間がいなくなったあとだった。
「あの、チルットは……」
「人間で言う風邪みたいなものです」
「風邪!?」
 ジョーイさんの言葉に、私は思わず大きな声で聞き返してしまった。慌てて口を押さえたけれど、もう遅い。
「だ、だって体温も下がってたし、あんなにぐったりしてたのに……」
「鳥ポケモンは風邪で体温が下がることがあるんですよ。それに健康なポケモンなら軽い症状で済むんですけど、チルットは怪我で体力が落ちていたためか症状が強く出てしまって」
 風邪という病名に一瞬安心しかけたけれど、チルットの症状は軽くはないようだ。不安な気持ちを押し潰すように、私はぎゅっとカウンターの上で拳を握る。
「あの……チルットは大丈夫なんでしょうか」
 おそるおそる、ジョーイさんに問いかける。原因がなんであれ、一番気がかりなのはそこだ。チルットが無事なのか、そうでないのか。
 ジョーイさんは、私の不安を和らげるように、ふっと笑顔を作った。
「薬も効いてきましたから、今は落ち着いていますよ。今日はもう連れて帰って大丈夫です」
 ジョーイさんの言葉に、私はようやくほっと胸を撫で下ろした。「よかった……」と呟けば、隣に佇むダイゴさんも「よかったね」と笑いかけてくれた。
「毎日このお薬を飲ませてくださいね。数日で治ると思いますが、もし悪化したらまたすぐに連れてきてください」
「わかりました」
「あ、処置も一段落したみたいですよ」
 ジョーイさんの言葉の通り、別のジョーイさんが奥の処置室からチルットを連れてきてくれた。チルットは小さなベッドの上に横たわっているものの、ポケモンセンターに連れてきたときよりもずっとしっかりした表情だ。
「チルット」
「チル……」
 ベッドの上のチルットに手を伸ばすと、チルットは嬉しそうに私の手に頬を寄せる。甘えた声を聞いて、私の目に涙が滲んだ。
ちゃん、よかったね」
「はい」
 隣で微笑むダイゴさんの言葉に、私は強く同意した。本当に、本当によかった。
「あ、寝ちゃったかな……」
 チルットは疲れていたからか、私の手のひらに頭を乗せてすやすやと寝息を立て始める。いつもとほとんど変わらない寝姿に、私はほっと息を吐いた。
「最後に少しだけ手当てするので、ソファで待っててくださいね」
 ジョーイさんはそう言うと、チルットを連れ奥の部屋へ向かった。ジョーイさんの姿が見えなくなったせいか、私は一気に緊張が抜けてその場にへたり込んでしまう。
「はあー……」
 行儀が悪いと思いつつも、床におしりをついて座り込む。そのぐらい急激に力が抜けた。一時は最悪の事態も考えるほどに不安だったから。重病ではなくて、本当によかった。
「これで一安心だね」
 ダイゴさんは膝をつき、私と視線を合わせて微笑んだ。彼も安心したのだろう、同じ笑顔でも先ほどより表情が緩んでいるように見える。
「はい、本当に……」
「じゃあ向こうで待とうか。はい」
「あ、ありがとうございます……」
 ダイゴさんに手を差し伸べられ、私はその手を取って立ち上がろうとする。……けれど。
ちゃん、どうしたの?」
「あ、いや……」
 立ち上がろうにも、うまく力が入らない。どう頑張ってもだめだ。こ、これは。いわゆる腰が抜けたというやつ。
 私の状態を察したのか、ダイゴさんは目尻を下げてふっと微笑んだ。
「おぶろうか」
「え、いや、でも」
 つい遠慮しそうになったけれど、ダイゴさんのことだ。きっとどうせ押し切られるだろう。それに、腰が元に戻るまでここでずっと座っているわけにもいかない。
 やっぱりお願いします。そう言おうとしたとき、ダイゴさんは口角を上げて再び笑みを作る。しかし、先ほどまでの優しい笑みじゃない。なにかを企むような、妖しい笑み。こんなダイゴさんの表情、初めて見た。
「失礼」
「わっ!?」
 戸惑っていると、ダイゴさんの腕が私の背中と足に回る。そしてそのまま、お姫様抱っこのかたちで抱き上げられた。
「だ、ダイゴさん!? あの、おぶ、おぶってもらえませんか!?」
「こら、ポケモンセンターでは静かにね」
 その指摘に、私ははっと口を両手で押さえた。そっと周りを確認すれば、ジョーイさんや事務職員さんが驚いた表情で私たちを見つめている。
「は、はい……」
 これ以上騒いでもきっとダイゴさんは譲らないし、ただ職員さんたちの注目を集めるだけだ。ソファはもうすぐそこにある。私は諦めてダイゴさんの腕の中で大人しくすることにした。うう、ポケモンセンターの中にほとんど人がいなくてよかった……。
「はい、お疲れさま」
「あ、ありがとうございます……」
 ほんの数メートルのソファまでの距離がものすごく長く感じた。今も心臓はバクバクと大きく鼓動を打っている。頬も熱くて、きっと見た目でわかるほどに赤くなっているだろう。
「あ、あの、今日はすみませんでした……」
 激しい動悸をどうにか落ち着かせながら、隣に座るダイゴさんにそう言った。
「謝るようなことをされた覚えはないよ?」
「でも……その、恥ずかしいところを見せてしまったというか……」
 泣き喚いたり、腰を抜かしたり、いい大人が恥ずかしい真似をしてしまった。羞恥でダイゴさんの顔をまっすぐ見られない。ちらりと横目でダイゴさんの様子を窺うと、ダイゴさんはいつものあの柔和な笑顔を浮かべていた。
「それだけチルットが心配だったってことだろう?」
「それは……もちろん心配でしたけど」
「恥ずかしくなんかないよ。大丈夫」
 優しい言葉に、私の心臓は小さく跳ねた。先ほどの激しい鼓動とは違う。温かで、ほんの少し感じる甘い痛み。
「……ありがとうございます」
 ダイゴさんは、優しい人だ。いつも私を否定せずに受け入れてくれる。強がりをほどいて、不安な気持ちを包んでくれる。穏やかで、温かで、優しい人。
 それからほどなくして、チルットが私の元に帰ってきた。ぐっすり眠るチルットをそっとケージに戻しポケモンセンターを出たときには、すでに日付を跨いでいた。
「ゆっくり歩こうか。チルットを起こさないように」
「はい」
 ダイゴさんはそれだけ言うと、私のマンションのほうへ歩き出す。今日も家まで送ってくれるのだろう。
 この時間となれば大都市のカナズミシティも人の気配がほとんどない。この道を女一人で歩くのはさすがに怖い。私はダイゴさんにお礼を言って、ケージを揺らさないよう静かに歩き始める。
「きみは明日も仕事かな」
「その予定でしたけど、朝一で電話して有給にしてもらいます。もうこんな時間だし、チルットのことも見ていたいから」
「それがいいと思うよ」
 しんと静まりかえったカナズミの夜に、虫ポケモンの声だけが響く。人間が声を出すのはなんだか憚られるような気がした。それはきっとダイゴさんも同じなのだろう。私たちは言葉少なにマンションまでの道を歩いた。
 いつもより長い時間をかけて、私たちはマンションに着いた。
「ダイゴさん、今日はありがとうございました」
「こちらこそありがとう」
 ダイゴさんにお礼を返されて、私は首を傾げる。私はダイゴさんにお世話になったけれど、私はダイゴさんにお礼を言われるようなことをしただろうか。
「連絡くれて嬉しかったよ。きみは夜に電話なんて遠慮するタイプだろう? でも、前に言ったようにこういうときは連絡してほしいからね」
 ダイゴさんの言葉に、私は一瞬言葉を詰まらせた。
 確かにダイゴさんに連絡をしたのは、チルットのことはダイゴさんも気になるだろうと思ったのが理由の一つだ。きっと私がダイゴさんの立場なら、真夜中であろうと連絡がほしいと思ったから。
「そう、ですね。また、チルットになにかあったら連絡します」
「うん。いつでもね」
「はい……じゃあ、また」
「おやすみ、ちゃん」
「おやすみなさい」
 笑顔のダイゴさんに見送られながら、私はマンションの階段を上がった。
 夜中にも関わらずダイゴさんに連絡をしたのは、チルットに関することだから。それに嘘はない。
 でも、本当にそれだけ? 具合の悪いチルットを前にして、一人でいるのが怖かったから? 誰かにそばにいて欲しかったから?
 ダイゴさんに、そばにいて欲しかったから?
「……っ」
 頭を横に振って、おかしな考えを振り払う。部屋に入ってすぐ、チルットをケージごといつもの場所に置いた。今はこの子に集中しなくては。
「……おやすみ、チルット」
 チルットの穏やかな呼吸を確認して、私はほっと息を吐いた。このまま順調に回復しますように。そう祈りながら、私も眠る準備を進めた。