アクアマリン/11

「ふう……」
 日曜日の昼下がり。食後の甘いコーヒーを飲み終えた私は、ポケナビ片手にソファに腰かける。深呼吸を三回繰り返して、「ツワブキダイゴ」の横の発信ボタンを押した。
『もしもし、ちゃん?』
「ダイゴさん、こんにちは。今大丈夫ですか?」
『大丈夫だよ』
 電話口から聞こえるダイゴさんの声はいつもの穏やかなトーンだ。きっと表情も普段と変わらない優しい笑顔なのだろう。
「あの……先日はありがとうございました。お礼をしたいなって思ってるんですが、ダイゴさん、なにか好きな食べ物とかありますか?」
 ポケモン泥棒の一件では、ダイゴさんには感謝してもしきれないほどお世話になった。お礼としてなにか贈り物をしようかとも思ったけれど、いいものが思いつかない。最初はダイゴさんの趣味の石関連を考えたけれど、私が入手できる石なんてダイゴさんはすでに持っているだろう。食べ物にするにしても、下手に一人で悩んで失敗するぐらいなら聞いたほうがいいだろうと思い、今日の電話に至ったのだ。
『そんな、お礼なんていいのに。でも、そうだな……それなら一日付き合ってくれるかな』
「もちろんいいですよ。どこにですか?」
『そうじゃなくて』
 ダイゴさんは「ふふ」と小さな笑い声を漏らすと、言葉を続ける。
『ボクとデートして欲しいってことだよ』


 そして迎えた次の週の土曜日。ダイゴさんとのデート当日だ。朝早くに起きた私は、一番のお気に入りのワンピースに着替え、待ち合わせ場所であるカイナシティのポケモンセンターへ向かった。
 移動中も、「デート」という単語が頭から離れない。デート、ダイゴさんと、デート。ガラスの前を通りがかるたびに、映った自分の姿におかしなところがないか確認してしまう。
 カイナシティに着いたのは、待ち合わせ時間十分前の、十時五十分のことだった。ポケモンセンター前にはすでにダイゴさんが見える。ダイゴさんは私の姿に気づくと、笑顔で手を振ってくれた。
「ダイゴさん、早いですね」
「すごく楽しみにしていたからね。つい早く来てしまったよ」
 まっすぐなダイゴさんの言葉に、緊張で早かった鼓動がさらにリズムを早くする。私はぎゅ、と自分のワンピースの裾を掴んだ。
「服、可愛いね。きみに似合っているよ」
 ダイゴさんは私の心臓に追い打ちを掛けるように、甘い笑顔を向ける。
 今日の服はライトブルーの膝丈ワンピースだ。褒められて嬉しいはずなのに、心臓が激しく鼓動を打つから、「ありがとうございます」と言うまでにずいぶん時間がかかってしまった。
「今日はよろしくね、ちゃん」
「こちらこそ」
 今日の予定は先日の電話で話している。……とはいえ、「デート」と言われたあとは頭が真っ白になってしまい、カイナで会うことを決めてからは、私からは有名な観光名所しか提案できなかったのだけど。
 最初に向かうのはダイゴさんが行きたいと言った海の科学博物館だ。ポケモンセンターから歩いて博物館方向へ向かえば、すぐに大きな看板が見えてきた。
「世界の海……?」
 博物館の入口横に、「特別展・世界の海」と書かれた大きな看板が立っている。
「ああ、これ見てみたかったんだ。先にこっちに行かない?」
「もちろん。そうしましょう」
 常設展も楽しみだけれど、特別展の「世界の海」という響きは興味をそそられる。先に特別展が行われている別棟に入ると、目の前に広がった景色に私は感嘆の息を漏らした。
「わあ……」
 そこはまるで海の中のようだった。
 展示ホールは壁と床がすべて青に染められており、壁にはたくさんの海の写真が飾られている。ホウエンの青い海と水色の空が混じり合う水平線を捉えた写真、透明感溢れる青とピンクのプルリルが泳ぐ写真、触手で深海に淡い光を灯すチョンチーの写真。様々な地方の海の写真が展示されているようだ。
「すごい……」
「うん。綺麗そうな展示だなって思ってたけど、想像以上だ」
 ダイゴさんも見とれた様子で海の写真を見つめている。どの写真も美しく、私はただ感動のため息を漏らすことしかできない。
「あ、カロスの海だ……」
 「カロス地方 ショウヨウシティの砂浜」と書かれたプレートの横に飾られた一枚の写真。海に沈む夕陽を捉えた写真の中に、チルットの群れが空を飛んでいる様子が映っていた。
「可愛いね」
 隣のダイゴさんが、笑顔で私に声をかける。私も自然と目尻が下がった。
「はい。あ……ショウヨウシティってチルットは普段いないんですね」
 プレートには写真の詳細な説明も書かれている。「ショウヨウシティには生息していないチルットと夕焼けの海の様子を写した貴重な写真」とのこと。
「さすが鳥ポケモン。いつもはいない場所に飛んでくることがあるんだね」
「あのチルットもジョウトからホウエンに飛んできましたもんね」
 私とダイゴさんが出会うきっかけになった、あの迷子のチルットを思い出す。あの子も小さな体で長い距離を飛んできた。
「チルットの写真、新しいの送られてきたんです。あとで見せますね」
「うん、ありがとう。楽しみだな」
 そのあとも写真展示を二人で順番に見て回った。特にアローラの海は美しく、アシレーヌが海辺で舞う写真はこの世のものとは思えないほどの輝きだった。
 写真展示の次は、各地の海の砂や海水のサンプル展示だ。砂に触れられるコーナーもあり、そこは子供たちに人気なようで親子連れで溢れている。
「あ!」
 砂の展示を子供たちの後ろから眺めていると、隣にいたダイゴさんが突然声を上げる。どうしたのだろうとダイゴさんを見上げると、「ちゃん、こっち!」と言って彼は私の腕を引いて走り出した。
「だ、ダイゴさん!?」
「見て! 化石の展示だ!」
「か、化石?」
 ダイゴさんに連れられてきたのは、世界の海で見つかった化石のコーナーだ。レプリカではなく本物の化石が展示されているらしい。
「すごい……まさか海の博物館で化石が見られるなんて思わなかったな……」
 ダイゴさんは興奮した様子で、ガラスケースに入った化石をじっと見つめている。青い瞳はきらきらと輝いていて、その表情は先ほどの砂の展示の前にいた子供たちとそっくりだ。
「どれもいいなあ……」
「ふふ、化石展示があってよかったですね」
「うん。しかもホウエンだけじゃなく世界の化石だよ? これはプロトーガの化石か……全身骨格ではないけどかなり近い……」
 ダイゴさんは嬉しそうに化石をひとつひとつ吟味し始める。今までずっと私に優しく接してくれた大人のダイゴさんと違う、可愛らしい姿だ。少年のようなダイゴさんを見て、私の頬は緩んでしまう。
 ダイゴさんが楽しそうにしているところを見るのが、好きだなと思う。ダイゴさんが嬉しそうにしていると、私も嬉しい。それが私の、心からの気持ちだ。

 常設展も回り終え博物館出た私たちは、次にカイナの市場へ向かった。カイナシティの市場はちょっとした観光名所となっており、新鮮な海藻などの食材に加え、ここでしか売っていないお土産グッズも多く販売されていることで有名だ。
ちゃん、どこか行きたい露店があるのかな」
「あ……えっと」
 先日の電話の際に「カイナの市場はどうか」と言ったのは確かに私だ。ただ、あのときはダイゴさんの「デート」という言葉に混乱してしまって、つい思いついた観光名所を言ってしまっただけなのだ。
「市場はあまり詳しくないので、順番に見て回れたらいいかな、と」
「わかった。気になるお店があったら言ってね」
「はい、ダイゴさんも」
 咄嗟に提案した場所だったけれど、実際に来てみると市場は活気に溢れており、ここにいるだけで気分が高まってくる。お店の人たちもお客さんもどこか高揚した雰囲気だ。
 市場の入口付近では、海で取れたばかりの新鮮な海鮮や、その海鮮を使ったお総菜が売られている。ベンチも設置されているけれど、手に持って食べ歩きをする人の姿も多い。
「お昼はここで済ませられそうだね」
「はい。おいしそうなのがたくさん。あ、でも……」
 ここでお昼を済ませるなら、ベンチに座って食べるか食べ歩くかの二択になる。しかし、お昼時のためかベンチはほぼ満席だ。必然的に食べ歩きをせざるを得ない。
「ダイゴさんって食べ歩きとか大丈夫ですか……?」
 デボンの御曹司を食べ歩きに誘うのは少々、いや、かなり気が引ける。というか、ダイゴさんって食べ歩きしたことあるのだろうか。
「あはは。大丈夫。きみが思っているよりボクは普通の人間だよ」
「す、すみません……」
「謝らなくてもいいよ。でもね、ちゃん。これだけは覚えていて」
 ダイゴさんは笑顔のまま、真剣な瞳で私を見つめた。
「ボクはね、きみと同じ人間だよ。壁なんて作らないでほしいんだ」
 ダイゴさんの言葉が、私の胸に響く。
 ずっとダイゴさんを違う世界の人間だと思ってきた。デボンコーポレーションの御曹司でホウエンリーグのチャンピオンなんて、私からしたら手の届かない存在だと。
 でも、そんなことはなかった。ダイゴさんはとても優しいけれど、ちょっと強引なところがあって、そして石を前にすると少年みたいに目をきらきらと輝かせる。そんな、普通の、私と同じ世界にいる人なのだ。
「……はい」
 私が頷くのを見て、ダイゴさんは嬉しそうに笑う。その笑顔を見て、私も顔を綻ばせた。
「じゃあ行こうか。食べたいものがあったら教えてね」
「はい。ダイゴさんも」
 私たちはにぎやかな市場の奥に入っていく。カイナは港町だけあって、海鮮を使った料理が多い。どれにしようか迷っていると、ふと一つの露店が目についた。
「あ、おいしそう……」
 気になったのは海鮮を使ったコロッケを扱う露店だ。大きなコロッケを中年の男性が次々に揚げていく。揚げたてのコロッケは香ばしいにおいを放っており、露店の前にいるだけでお腹が空いてきてしまう。
「いいね、買おうか。すみません、二つ下さい」
 ダイゴさんは露店の店員さんにそう言うと、すぐに財布からお金を出そうとする。私はダイゴさんが私の分の代金を支払ってしまう前に、急いで二つ分のお金を出した。
「ボクが出すよ?」
「だ、だめです! ちゃんと私が出しますから!」
 ダイゴさんは放っておくとすぐに私の分のお金も出してしまう。先ほどの博物館でもそう。博物館ではどうにかそれぞれが自分の分を支払う形に収めたけれど、今回こそは少額とは言え私が出したい。
「今日はお世話になったお礼なので、私が出します!」
「お礼なんて、ボクはきみと一緒にいられるだけで十分だって言ってるだろう?」
 満面の笑みで放たれたダイゴさんの言葉に、私の頬は一気に熱くなる。そ、それは。確かに「一日付き合って欲しい」というのがダイゴさんの要望だったわけだけれど。
「で、どっちが出すんだい?」
 なにも言葉を返せないでいると、店員の中年の男性がわざとらしい笑顔で私たちに話しかけてくる。にやにやなんて擬音が聞こえてきそうな男性の笑顔に、私の羞恥心は高まるばかり。
「わ、私が出します!」
 私は大声でそう言って、店員の男性にコロッケ二つ分のお金をなかば無理矢理渡した。コロッケを渡す男性も、受け取るダイゴさんも、どちらも笑顔なのが余計に恥ずかしかった。
「本当にいいのに」
「わ、私がよくないです……」
「ふふ」
 コロッケを片手に歩きながら、ダイゴさんはにこにこと嬉しそうに笑っている。
 出会ってから今までずっと、ダイゴさんには本当にお世話になった。たくさん優しくしてもらった。だから私も、少しでも返したい。私がダイゴさんにできることなんて限られるけれど、それでも「ありがとう」の気持ちを、彼にちゃんと伝えたい。
 どうすれば、伝えられるんだろう。言葉で尽くすだけではなく、もっと、なにか。そんなことを考えながらコロッケをちまちまと食べていると、隣を歩くダイゴさんが足を止めた。視線の先は、民芸品を取り扱う露店だ。どうやらお香と香炉を販売しているらしい。
「ちょっと見てもいいかな」
「もちろん」
 ダイゴさんの言葉に頷いて、急いで残りのコロッケを飲み込んだ。ダイゴさん、お香に興味があるのか。一瞬意外に思ったけれど、お店に並べられたお香の説明には「ポケモンに持たせるとバトルに役に立つ」と書かれている。ダイゴさんが興味を持ったのもそのあたりなのだろうか。見本の香炉を一つ一つ手に取るダイゴさんを、そっと横目でうかがう。
「やっぱり……この香炉の素材の石はなかなか珍しい……」
 あ、そっち。相変わらずの調子のダイゴさんを見て、私は小さな笑いを漏らした。
「ダイゴさんの興味はやっぱり石なんですね」
「そりゃね。石はいいものだよ。……あれ」
 香炉を見つめていると、ダイゴさんのポケットの中のポケナビが震えた。どうやら電話がかかってきたようだ。
「ごめん、リーグからだ。ちょっと出てくるね」
「はい、大丈夫ですよ」
 ダイゴさんはナビを片手に市場のメイン通りから外れた場所へ移動する。私はその後ろ姿を見送って、再び香炉へ目をやった。
 ここのお店では様々な香りのお香を取り扱っており、香炉もお香にあわせて色のバリエーションが豊かだ。ダイゴさんが一番気にしていた薄茶の香炉のお香を手に取ってみる。その名も「がんせきおこう」、ダイゴさんが好きそうなお香だ。
「あ……」
 そうだ。ダイゴさんにお礼を伝えたいと思っていたけれど、これを贈り物にするのはどうだろうか。じっと見つめていたし、気に入っている可能性はかなり高い。
 ちらりとダイゴさんに視線を移す。まだ電話中だけれど、いつ電話を終えるかはわからない。ダイゴさんに内緒で買うのなら、迷っている暇はない。
「すみません、がんせきおこうを一つ下さい」
 早く買わなければ。急いでお財布を出しながら女性の店員さんにそう告げると、店員さんはにこりと笑顔を浮かべて香炉を手に取った。
「かしこまりました。プレゼント用ですか?」
 考えを見透かされたかのような店員さんの問いに、私の頬が熱くなる。か細い声で「お願いします……」と伝えれば、彼女は薄茶の香炉を手早く綺麗に包装してくれた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます。……あれ」
 店員さんから香炉の入った紙袋を受け取ると、ふくらはぎの辺りに柔らかい感触が走る。なんだろうと下を向くと、私の足下に耳を垂らしたプラスルがいる。
「きみ、どうしたの? 迷子かな?」
「ぷ~!」
 屈んでプラスルに問いかけると、プラスルは短い手で私の手を握ってくる。戸惑っていると、お香店の店員さんが「そういえば」と口を開いた。
「その子、さっき買い物をしたお客様のポケモンだと思いますよ。トレーナーとはぐれてここに戻ってきたのかもしれません」
「トレーナー、どんな人でした?」
「お客様と同年代の女性でした。雰囲気や背格好も似てるので、もしかしたらそれで頼っているのかも……」
 店員さんの言葉を聞いて、私はもう一度プラスルを見つめた。不安そうな表情で私の手を握るプラスル。まだ子供なのか、それともこの子の特徴なのか平均的なプラスルよりかなり小さめだ。この小ささで人混みはさぞかし怖いだろう。
「大丈夫、トレーナーのところに連れて行くからね」
 私はプラスルを抱き上げて、よしよしと背中を撫でた。プラスルの小さな背中はかすかに震えている。
「ごめん、ちゃん。思ったより長くなっちゃって。……あれ、その子は?」
 プラスルをあやしていると、電話を終えたダイゴさんが戻ってくる。電話の前はいなかったプラスルを見て、ダイゴさんは目を丸くした。
「この子、迷子みたいなんです」
「迷子か……確か市場の入口に迷子センターがあったよね。そこに連れて行こう」
 ダイゴさんの言葉に頷いて、私は今度は店員さんへ姿勢を向き直す。
「この子のトレーナーが探しに戻ってきたら、入口の迷子センターに行くよう伝えてもらっていいですか?」
「はい、もちろん。お気をつけて」
 店員さんに一礼し、私たちは入口方向へ歩いていく。お香屋さんは市場の真ん中あたりだったため、入口まではそれなりの距離がある。
ちゃん、重いだろう? 代わろうか?」
 ダイゴさんの問いかけ、私は首を横に振った。プラスルはすっかり落ち込んだ様子で、ぎゅっと私の胸にしがみついている。この状態で引き剥がすのはかわいそうだ。
「この子のトレーナー、私と同年代の女の人みたいなんです。だからこうしていると落ち着くのかも」
 プラスルは初対面と思えないほど私に懐いてくれている。きっと私にトレーナーの面影を感じているのだろう。
「なるほど、そういうことか」
「はい」
 プラスルの頭を撫でると、プラスルは嬉しそうに明るい声を上げた。よかった、少し落ち着いてきたようだ。
「あ……迷子センター、あそこですね」
 入口近くの迷子センターは休日のためか混み合っている。係員の方にこのプラスルを保護したことを伝えると、係員の男性は書類を見て頷いた。
「プラスルのトレーナーならさっき来ましたね。また探しに行っちゃったんですが、アナウンスすればすぐに戻ってくると思います」
「そうですか。よかった……」
「連れてきてくれてありがとうございます。プラスル、こちらで預かりますね」
「はい、お願いします」
 トレーナーもプラスルを探しているのならきっとすぐに会えるだろう。安堵してプラスルを迷子センターのイスに座らせた。
「バイバイ、プラスル」
 プラスルに手を振ると、落ち着いていたはずのプラスルは、再び弱々しい表情に変わってしまう。
「ル……」
 そして、ぎゅっと小さな手で私の手を握ってくる。行かないでと、言われているような気がした。
「……あ、あの。ダイゴさん」
「トレーナーがここに来るまで、一緒に待とうか」
 ダイゴさんは私の考えなど完全にお見通しのようだ。
 こんなふうに手を握られたら、放っておけるわけがない。係員の方に許可を取って、迷子センター内で待たせてもらうことにした。
「プラスル、きみと一緒だと安心するみたいだね」
 ダイゴさんの言うとおり、プラスルは私の膝の上で明るい表情を見せている。
「そんなにトレーナーと私が似てるのかな……」
 お香店の店員さんいわく、プラスルのトレーナーと私は雰囲気が似ているとのことだけれど、プラスルがこんなに落ち着くほどとは。もしかしたらすごくそっくりな人なのかもしれない。
「それもあるかもしれないけど、きっと、きみが優しい人だってわかっているんだよ」
 ダイゴさんは穏やかな口調でそう言うと、優しい笑顔を私に向ける。
「チルットも、ラルトスも、このプラスルも。傷ついたり迷子になったりしたポケモンがきみを頼るのは、きっときみなら助けてくれるってわかってるからだ」
「そ、そんなこと」
「あるよ、きっとね」
 チルットもラルトスも、このプラスルも、私としてはたまたまだと思うのだけれど、ダイゴさんにそう言われると、本当にポケモンたちにそう思ってもらえているような気がしてくる。
「……頼ってもらうのって、嬉しいですね」
 ポケモンたちが私を信頼してくれているのなら、こんなに嬉しいことはない。膝の上のプラスルを撫でると、私の心もくすぐられる。
「うん、嬉しいよね」
 ダイゴさんの笑顔に、心が軽くなる。自然と頬が緩んでしまう。
 私たちは他愛もない会話をしながら、プラスルのトレーナーが戻ってくるのを待った。
 プラスルのトレーナーが迷子センターに現れたのは、日が沈み市場が閉まったあとだった。彼女はかなり慌ててしまっていたようで、市場の外まで探しに出ていたために迎えに来るのが遅くなったらしい。私と同じ色の服を着た彼女にプラスルを引き渡した私たちは、そのままカイナを後にすることにした。
 カイナシティからカナズミに戻った私とダイゴさんは、私のマンションまでの道を歩いている。ダイゴさんがいつものように私を家まで送ってくれているのだ。私たちは道すがら今日のことを振り返り、会話に花を咲かせた。
「プラスルのトレーナー、嬉しそうだったね」
「はい、再会できてよかったです」
 プラスルのトレーナーは、プラスルに再会して涙を流すほどに喜んでいた。プラスルにとってもトレーナーにとっても、長く離れることにならずに本当に良かった。
「あ……もう着いちゃったね」
 そんな話をしていれば、すぐにマンションへ着いてしまう。今日のデートは、これで終わりだ。
「あ、あのダイゴさん。これ、よかったら」
 荷物になるからと最後まで渡せなかったけれど、今ならもう構わないだろう。私は市場で買ったお香をダイゴさんに渡した。
「これ……もしかしてお香屋さんの?」
「はい。ダイゴさん、気に入ってるみたいだったから、この間のお礼にと思って」
「わ……ありがとう。がんせきおこうだね。ほら、ここの石が特に珍しいんだ」
 ダイゴさんは香炉を見つめると、嬉しそうに笑顔を見せてくれる。よかった。喜んでくれたようだ。
「でもこれじゃ、ボクがもらってばかりだな。今日は一日付き合ってもらったのに」
 ダイゴさんの言葉に、私の胸がほのかに震える。
 お礼がしたいと伝えたら、ダイゴさんは私と一緒にいられるだけで十分だと言ってくれた。でも、それじゃお礼にならない。だって。
「ダイゴさん」
 私はじっと、ダイゴさんの瞳を見つめた。夜の闇に、ダイゴさんの青い銀髪がよく映える。綺麗な顔が、私の目に眩しく映る。
「今日一日一緒にいられて嬉しかったの、ダイゴさんだけじゃありません」
 私だって、一緒にいられて嬉しかった。今日一日、ダイゴさんといられてとても幸せだった。私にとっても、ご褒美のような一日だった。
ちゃん」
 ダイゴさんの右手が、私の頬に触れる。彼の指輪のひんやりとした感触が、頬に伝わってくる。
「……来週、流星群が降るのは知ってる?」
「流星群、ですか?」
 突然振られた話題に、私は目を丸くする。確かにニュースで流星群の予報は見た覚えがあるけれど、カナズミでは見られないとのことであまり気にしていてなかった。
「来週の金曜日でしたっけ。でも、カナズミからは見えないって」
「トクサネからは見えるんだ」
 そうだ。トクサネから見えると確かにキャスターが言っていた。トクサネシティは、ダイゴさんの家がある町だ。
 私の胸に、小さな期待が芽生える。
「一緒に見よう。ボクが特等席に案内してあげるよ。伝えたいことがあるから」
 芽生えた小さな期待が、胸に中で大きく大きく膨らんでいく。流星群、特等席、伝えたいこと。胸の高鳴りが、抑えきれない。
「はい……」
「この家まで迎えに来るよ。待っていてね」
 ダイゴさんは「おやすみ」と言うと、私の頬から手を離す。けれど、私の頬はいつまでたっても熱いままだった。