星巡り/アローラ編

 イッシュ地方の旅を終えた私たちが次にやってきたのはアローラ地方だ。南国のアローラは季節を通して気温が高く、人気の観光地となっている。
 その反面、アローラにはポケモンリーグがない。そのため、ダイゴさんもアローラには来たことがないとのこと。私もアローラに来たことがないので、情報収集のためにまずはウラウラ島のマリエシティの図書館に入った。
 ダイゴさんと手分けをして、図書館の本を読んで回ることにした。今私が読んでいるのはアローラの島々の守り神について記された本だ。
「へえ、守り神がいるんだ……」
 アローラの島にはそれぞれ守り神と呼ばれるポケモンがいるらしい。そしてアローラではごくまれに空に穴が開くことがあり、その先は別の空間に繋がっている。その空間からアローラはもちろん、ほかの地方でも見たことのないポケモンが現れ、島の守り神と戦った……。
「見たことのないポケモン……」
 ホウエンでも最近別の空間から他地方の伝説のポケモンがやってくることがあると聞いているけれど、それとはまた別の現象のようだ。では「見たことのないポケモン」とは? もしかしたらポケモンですらないのだろうか。本を開いたまま考えていると、ダイゴさんがこちらへやってきた。
「やあ、収穫はあった?」
「はい。ダイゴさんはどうですか?」
「ボクも面白い本を見つけたよ。向こうで少し話そうか」
 私たちは何冊かの本を持って雑談スペースに移動した。丸テーブルの前に座り、お互いめぼしい本を紹介し合う。
「やっぱり島の守り神の記述が多いね」
「はい。でも守り神のいる場所は一般の人は入れないんですね」
「そうだね。リーグがあればそこのコネで入れたかもしれないけど……島の人たちにとって大切な場所だろうし、無遠慮に入っていい場所じゃなさそうだ」
 そうなるとどこに行くべきか。マップを見つめていると、ダイゴさんが「ヴェラ火山に行ってみたいな」と話した。さすがダイゴさん、山と言えば石。石が大好きなダイゴさんが山を選ぶのは自然なことだろう。
はどう?」
 キラキラした瞳で問いかけられ、私はふっと笑みをこぼした。この目で誘われ、ノーと言える人はいるのだろうか。
「いいですよ。ヴェラ火山公園に行きましょう」
「やった、ありがとう!」
 嬉しそうなダイゴさんを見て、私は再び頬を緩める。さて、ヴェラ火山公園のあるアーカラ島に出発だ。



 アーカラ島に到着した私たちは、登山の準備を整えヴェラ火山を登り始めた。
「暑い山ですね……」
 なんとなくアローラとホウエンは近いものを感じていたけれど、この暑さはホウエンの比ではない。やはりアローラは南国なのだ。
「ね。炎ポケモンも多いね」
 ダイゴさんの足下を、どくとかげポケモンのヤトウモリが走り去った。ほかにもヤヤコマやブビィなど、炎タイプのポケモンの姿が見える。
「ここは火山だからね。火成岩が多くありそうだ。あ、火成岩って言うのはね……」
 ダイゴさんはすらすらと火成岩の説明を話し出す。この話、前も聞いたなあ……。そう思いつつ、楽しそうなダイゴさんが可愛いので、私は頷きながら話を聞いた。
「ボクのコレクションにもたくさん火成岩はあってね、一つ一つ似ているように見えて実はまったく違って……」
「ふふ。ダイゴさんの家に飾ってある石ですよね。私も見たことありますよ」
「そうだったね。あの石はね……っと。ごめん」
 ダイゴさんは突然口を閉じると、辺りをきょろきょろと見渡した。そして、少し開けた場所を指さす。
「疲れただろう? 一休みしよう」
 ダイゴさんは平らな場所にレジャーシートを敷き、休憩の準備を始める。
 ダイゴさん、あんなに楽しそうに喋っていたのに、私が疲れていたことに気づいたのか。こういうところ、本当に敵わない。
 私たちはシートに座り、一息ついた。鞄から取り出したのは麓で買ったアローラ名物のマラサダだ。
「マラサダっていろんな種類があるんですね。初めて知りました」
 マラサダといえばスイーツの印象だったのだけれど、麓のお店では渋めの味付けや酸味の強いマラサダも売っていた。おやつ以外にも普段の食事にもできそうだ。
「アローラにいる間に全種類制覇したいね」
「はい、ぜひ。あっ」
 大きなマラサダをちぎって食べていたら、手が滑ってちぎった部分を落としてしまった。慌てて落ちたマラサダを拾おうとしたら、一匹のポケモンが飛んでくる。
「ツツケラ?」
 飛んできたツツケラは落ちたマラサダをついばみ始める。マラサダはポケモンにも好まれているからツツケラが食べても不思議はないのだけれど……。
「このあたりにツツケラっているんでしたっけ」
「いや……ボクも詳しいわけじゃないけど、ヴェラ火山に入ってからは見てないな」
 周囲を見渡すけれど、この子以外のツツケラの姿は見えない。もしかして迷い込んでしまったのだろうか。
「きみ、迷子かな」
「ケラ……」
 ツツケラはマラサダをついばみながら、首を小さく縦に振る。どうやら私の予想は当たっているようだ。
「じゃあ一緒に来る? 私たちは頂上に行ってから下山する予定だけど……」
「いや」
 突然、ダイゴさんが私の言葉を遮った。私は驚いてダイゴさんを見つめる。
「向こうに黒い雲が見える。頂上を目指すのはやめてすぐに下山した方がいい」
 ダイゴさんは真剣な表情で西の空を見つめた。確かにそこには黒く厚い雲が浮かんでいる。雨どころか、もしかしたら雷も伴うかもしれない。天気が崩れた中での山歩きは非常に危険だ。私はダイゴさんの案にすぐに賛成した。
「きみも一緒に降りよう。ここは危ないよ」
「ケラ!」
 ダイゴさんは片膝を地面について、ツツケラに笑顔を向ける。ツツケラも明るい声で返事をしてくれた。
 予定変更と言うことで、私たちは急いでシートやランチボックスを鞄にしまった。大きなリュックを背負って、今来た道を引き返す。そうしている間にも、どんどんと暗くなってきた。
「天気予報は晴れだったのに……」
「山の天気は変わりやすいからね。もし途中で天気が崩れたら洞窟に避難しよう」
「はい」
 前を歩くダイゴさんの言葉に大きく頷く。登山の間に洞窟はいくつか見かけた。洞窟なら少なくとも雨や雷は防げるだろう。行きがけにマップに記した洞窟の場所を再度確認する。
「ツツケラ、大丈夫かい?」
「ケラ!」
 ツツケラはパタパタと翼をはためかせ、ダイゴさんの肩の辺りを飛んでいる。迷子ではあるけれど、怪我をしているわけではなさそうだ。私はほっと安堵の息を吐く。
 引き続き、ヴェラ火山を下りていく。今は五合目付近だろうか。額に滴る汗を手の甲で拭った、そのとき。
「……?」
 上空から不思議な音が聞こえてきた。キィンというような、金属音に近い音だ。なんだろうと空を見上げて、そこに広がる景色に私は唖然と口を開いた。
「穴……!?」
 空間に、歪な丸い穴が開いている。空間に穴なんて開くはずがない。わかっているけれど、今目の前で起きている状況はそうとしか説明できない。
「下がって!」
 ダイゴさんの声に、私はハッと我に返る。ダイゴさんは私をかばうように私と空間の穴の間に自身の体を入れた。
「なに……!?」
 歪な穴から、「なにか」が出てきた。その生き物は、メノクラゲに似た半透明の体をしている。ポケモンのようだけれど、ポケモンと言うにはあまりに異質な様相だ。
「別世界のポケモン……!?」
 マリエシティで読んだ文献の内容を思い出す。アローラではごくまれに空に穴が開くことがあり、その先は別の空間に繋がっている、その空間からアローラやほかの地方でも見たことのないポケモンが現れる……。
「メタグロス!」
 ダイゴさんはボールからメタグロスを出し、臨戦態勢に入る。すぐにメタグロスに指示を出し、別世界と思しきポケモンにコメットパンチを放った。相手はその攻撃に一瞬怯んだものの、すぐに体勢を立て直し触手から無数の棘のようなものを吐き出した。
 しかし、その棘はメタグロスから大きく外れた。ほっとしたのもつかの間、棘の向かう先にツツケラがいることに気づく。
「ツツケラ!」
 私はツツケラをかばおうと、咄嗟に身を乗り出す。
「危ない!」
 しかし、それより先にダイゴさんがツツケラの前に体を入れる。
 ダイゴさんの肩に、紫色の棘が突き刺さった。
「ダイゴさん!」
 ダイゴさんは苦悶の表情を浮かべ、その場に崩れ落ちた。力が入らないのか、完全に横たわってしまっている。
「ダイゴさん、しっかりして!」
 ダイゴさんの体を揺らすけれど、意識が朦朧としているようではっきりとした返事がない。どうしよう、どうすればいい。混乱する頭の端に、無機質な音が聞こえてくる。先ほどの別世界のポケモンの鳴き声だ。
 そうだ、まずはこのポケモンを倒さなくては。
「メタグロス、お願い、コメットパンチ!」
 咄嗟に出した指示に、メタグロスは機敏に反応してくれた。メタグロスのコメットパンチが相手の体の中心部に当たる。
「ぐぅ……」
 その攻撃が効いたのか、別世界のポケモンはふらふらとしながらも空間の穴へと戻った。
「消えた……?」
 ポケモンが空間の穴に入ってすぐに、穴は消え去った。別世界のポケモンという脅威は消え去ったようだけれど、安心している暇はない。
「ダイゴさん、ダイゴさんしっかりして!」
「……っ」
 大声で呼びかけても、ダイゴさんからの返事はない。かろうじて意識はあるようだけれど、声が出せないのだ。
「嘘、雨……っ」
 体に当たるのは大粒の雨。ついに雨が降ってきたのだ。しかも雷の音まで聞こえてきている。
 今の状態で下山は無理だ。地図を出して、一番近い洞窟の場所を確認する。ここから近いのは……南東の洞窟だ。
「メタグロス、ダイゴさんをここまで運んで!」
 メタグロスは返事をする暇も惜しいのだろう、なにも言わずにサイコキネシスでダイゴさんを浮かべ洞窟へ運び出す。
「ツツケラ、行こう!」
「ケラ!」
 私はツツケラに呼びかけて、メタグロスのあとを追った。

「ダイゴさん、しっかりして」
 洞窟に入ってすぐ、ダイゴさんに呼びかける。しかし、先ほどと同じ。彼の意識は混濁しており返事はない。
 すぐにでも病院に連れて行きたいけれど、外は嵐のような雷雨になっている。この雷では空を飛ぶも、この地方の移動手段であるリザードンフライトも使えない。雨雲が過ぎ去るまではここで過ごすしかない。
「ダイゴさん、傷口洗いますね」
 とにかく傷の応急処置をしなくては。ダイゴさんのシャツを脱がせ、持ってきていた水で肩の傷を洗う。染みるのか、ダイゴさんの表情がさらに歪んだ。
 肩の傷はあまり深くない。にも関わらず、ダイゴさんのこの苦しみようは……。
「毒……」
 ポケモンの毒にやられている可能性が高い。私は鞄からタンバの薬屋でもらった毒消しを取り出した。何種類かある毒消しのうち、動物性の毒に効く薬をダイゴさんの傷口に塗る。
 しかし、やはり別世界のポケモンの毒のせいかこの毒消しでは効きが弱いようだ。ダイゴさんは横たわったまま、荒い呼吸を続けている。
「ダイゴさん……」
 無理にでも下山すべきだろうか。しかしこの状態のダイゴさんを無理に雨の中動かしたら状態が悪化する可能性もある。だからといって、このままここにいたところで治療できるわけでもない。どうしよう、どうするべきだろう。
「わっ!?」
 必死に思考を巡らせていると、雷が落ちる音がした。洞窟の外に目を向けると、山の中腹の木が燃えている。あの木に雷が落ちたのだ。
 ダメだ、雨だけならまだしも、移動中に雷に打たれたらまず助からない。天気が改善するまでは、この洞窟で過ごすしかない。
「ケラ……」
 ツツケラが心配そうな声でダイゴさんに声をかける。きっとこの怪我は自分をかばったせいだと、自身を責めているのだろう。
「大丈夫だよ、心配しないで」
 私はツツケラの小さな頭をそっと撫でた。
 大丈夫、そう、大丈夫。そう信じているけれど、震えが止まらない。
 いつも私が不安に襲われたとき、ダイゴさんが「大丈夫」と手を握ってくれた。優しい声で励ましてくれた。あの優しさに、私はどれだけ救われてきただろう。
 私はダイゴさんの手を取った。ダイゴさんはかすかに私の手を握り返す。
「ダイゴさん……」
 ダイゴさんの額に滲む汗をタオルで拭う。毒で発熱しているのか、その額は熱かった。

 どれぐらいの時間がたっただろう。雨は止むどころか勢いを増している。
 ダイゴさんの容態に、変化はない。
「ふう……」
 私は洞窟の奥の湧き水をボウルですくった。飲み水に使えるかはわからないけれど、ダイゴさんの体を拭くタオルを濡らす水には使えるはずだ。
 洞窟の奥でも、雨の音はうるさいぐらいに聞こえている。せめて雨が弱まってくれたら下山できるのに。そんなことを思いながら、水でいっぱいになったボウルを持ち上げる。
「グゥ」
 隣にいたメタグロスが、サイコキネシスでボウルを浮かせる。メタグロスは中の水をこぼさないよう、器用にボウルを運んでいく。
「ありがとう、メタグロス」
 ボウルはたいした重さではないのだけれど、私は素直にお礼を言った。きっとメタグロスもダイゴさんが心配で、なにかできることをしたいのだろう。
 メタグロスとともに、洞窟の奥からダイゴさんの元へ戻る。ボウルをダイゴさんの横に置いてもらい、私はダイゴさんのそばに座った。
「ダイゴさん、体拭きますよ」
 タオルを水で冷やし、ダイゴさんの額を拭こうとする。しかし、前髪を払おうと額に触れたとき、ダイゴさんの異変に気づく。
「ダイゴさん……!?」
 ダイゴさんの額が、冷たい。先ほどまでは熱いぐらいだったのに、いつの間にか冷え切っている。
「や、やだ……」
 体温が下がることがなにを意味するのか。恐怖で全身が震え始める。
「ダイゴさん、ダイゴさんしっかりして!」
 まだ呼吸はしているけれど、その息も弱々しい。このままじゃ、ダイゴさんが……。
「ダイゴさん、返事をして!」
 体を揺らしても、ダイゴさんは返事をしない。その唇からは、だんだんと生気が失われていく。
「ダイゴさん!」
 ダイゴさんが、死んでしまうかもしれない。
 私の両目から、涙がこぼれ落ちる。涙は溢れて止まらない。
 怖い。怖い。怖い。ダイゴさんが、死んでしまう。嫌だ、怖い。そんなの、絶対に嫌だ。ダイゴさん、行かないで。お願い、死なないで。
「ダイゴさん、返事をして……っ」
 なにを言っても、なにをしても、ダイゴさんは動かない。私は震える手でダイゴさんの手を握った。
 お願い、返事をして。いつもの笑顔で「大丈夫だよ」って笑ってみせて。優しい声で、私の名前を呼んで。ダイゴさんに話したいこと、一緒に見たいもの、たくさんあるの。ねえ、お願いだから、私を置いて行かないで。
「ダイゴさん……っ」
 ダイゴさん、行かないで。その思いでダイゴさんに抱きついた、瞬間。あたりに白い光が射した。
「……っ!?」
 光の先に目をやると、そこには一匹のポケモンがいた。大きさは人間の子供ほど、ピンク色の髪に漆黒の肌をしたポケモンだ。マリエシティの図書館で読んだ本にこのポケモンの絵が載っていた。このポケモンは……。
「カプ・テテフ……」
 間違いない、アーカラ島の守り神のカプ・テテフだ。
 カプ・テテフは、ふわりと浮いてこちらへやってきた。横たわるダイゴさんを見つめて、首を傾げている。
「カプ・テテフ!」
 私は大声でカプ・テテフに呼びかける。
「お願い、ダイゴさんを助けて!」
 私たちが読んだ本にはカプ・テテフは守り神であるという記述しかなかった。人を癒す力があるのかはわからない。でも、今は「守り神」にすがるしかない。
「カプゥ?」
「ケラ! ケラ!」
 首を傾げるカプ・テテフに、ツツケラが翼をはためかせながら何かを訴え始める。すると、カプ・テテフはゆっくりと頷いて、ダイゴさんの前でくるりと一回転した。
「わ……っ」
 カプ・テテフの体から、ピンク色の鱗粉が溢れ出す。キラキラと輝くその鱗粉は、ダイゴさんの全身へ吸い込まれるように落ちていく。落ちた鱗粉は、ダイゴさんの体に染み込むように消えてなくなった。
「カープ」
 どういうことだろうと戸惑っていると、カプ・テテフは私の前に浮いて立つ。そして、一鳴きすると再びピンクの鱗粉を手から落とす。
「え……」
 甘い香りの鱗粉を吸い込んでしまった私は、突然意識が朦朧とし出す。目の前のカプ・テテフの姿がぼやけ始める。
 数秒もしないうちに、私の意識は落ちてしまった。


『大丈夫だよ、安心して』
 どこからかダイゴさんの声が聞こえる。私を安心させる、優しいあの声が。
 声は聞こえるのに、姿が見えない。ダイゴさん、どこにいるんですか? ダイゴさん、私は、あなたがいないと……。

 私の大好きな、ダイゴさんの声がする。私の名前を呼ぶ、甘い声。

「……」
 ふと、意識が戻る。あれ、私はなにをしていたんだっけ。
 そう、そうだ。ダイゴさんと一緒にヴェラ火山に登って、途中で迷子のツツケラに会って……。
「ダイゴさん!」
 そうだ、ダイゴさんはツツケラをかばって毒に侵された。ダイゴさんは……。
「おはよう」
 体を起こした先に見えたのは、ダイゴさんの姿。いつもの優しい表情を浮かべたまま、洞窟の壁に寄りかかって座っている。
 ダイゴさんが、そこにいる。
「ダイゴさん、怪我は……っ」
「まだ痛むけど……もう大丈夫みたいだ」
 ダイゴさんは怪我をした右肩を少し上げてみせる。まだ痛むようだけれど、ダイゴさんの頬には赤みが差して、生気に満ちている。
 生きてる。ダイゴさんは、ここにいる。
「ダイゴさん……っ」
 私は思わずダイゴさんに抱きついた。ああ、温かい。ダイゴさんの心臓が、鼓動を打っている。
 安堵の涙が溢れ出す。ダイゴさんはここにいる。ここで、息をしている。
「ごめんね、心配をかけたね」
「うう……っ」
 ダイゴさんの左腕が、私を抱きしめる。
 ダイゴさんはここにいる。ここで息をしている。ここで心臓の鼓動を打っている。
 私の名前を、呼んでいる。とびきり優しい、あの声で。

 どうやら私は一晩意識を失っていたらしい。雨雲はなくなり、外はすでに朝日が昇っていた。
 私たちはすぐにリザードンを呼んで、麓のカンタイシティの病院へと駆け込んだ。
「うーん、この毒……」
 年配の男性医師はダイゴさんの検査結果を見ながら、小さい声で唸った。
「昔からたまにこの毒にやられる人がいるんだけど、アローラのポケモンにこの毒を持つ子はいないんだよねえ」
 やはり、あのメノクラゲに似た半透明のポケモンは別世界のポケモンなのだろうか。緊張しながら医師の説明を待つ。
「まあ、このぐらいの濃度なら自然と消えるはずだよ」
「本当ですか?」
 自然に治癒するとの言葉に、私は思わず身を乗り出した。ああ、よかった。ダイゴさんはもう大丈夫なのだ。
「ただし! しばらくは安静にね」
「安静……ですか」
「そう。十日間は家で過ごしてね。外出はもちろん、家事も基本はしちゃいけないよ。お手洗いとお風呂……お風呂も軽くシャワーぐらいで留めておいて」
「家……」
 私とダイゴさんは目を見合わせる。旅をしている私たちに、アローラに家があるはずもない。
 とりあえず泊まる場所のことは外で相談することにして、私たちは痛み止めだけもらって病院をあとにした。
「休める場所か……さすがに野宿やポケモンセンターはダメだよね。ホテルでも取ろうか」
 ベンチに座って話すダイゴさんの隣で、私はアーカラ島の観光案内を読み始める。リゾート地なのだから、きっとあれがあるはず……。
「あった!」
 やはりハノハノビーチのそばにコテージがある。一棟まるまる借りられるコテージなら、ゆっくりと安静に過ごせるだろう。
「ダイゴさん、このコテージにしませんか?」
「コテージ? いや……」
 ダイゴさんは眉を下げて、躊躇う様子を見せた。
「なにか問題がありますか?」
「問題というか……コテージだと食事の用意や掃除なんかは自分たちでやらなくちゃいけないから。ボクはしばらく動けないし……の負担が大きくなってしまうよ」
「なんだ、そんなこと」
 ダイゴさんの返答にほっと胸を撫で下ろす。なにか避けたい理由があるのかと思ったけれど、それならば大丈夫だ。
「そのぐらい任せてください。それに私だってホテルより一棟借りれるコテージの方がゆっくりできますよ」
「そう? うーん、それなら……」
「早速電話してみますね。空いてるといいなあ」
 コテージの運営会社に連絡すると、運良くレンタル期間が終了したばかりの一棟が空いているとのこと。そこを予約して、私たちはリザードンに乗ってそのコテージへ向かった。


「わあー……」
 やってきたコテージはビーチがすぐそばで、南の窓からは青い海が一望できる。木造平屋で、リビングダイニングと寝室が別になっており、ダイゴさんもゆっくりと体を休められそうだ。
「寝室はこっちですね。シーツとかは洗濯したばっかりみたいだからすぐ使えますよ」
 管理会社に確認したところ、このコテージはついこの間借り主が出て行ったそう。昨日掃除をしたばかりなので、寝具はすぐに使用できるとのこと。二つ並んだベッドの一つにさっそくダイゴさんを寝かせた。
「ベッドは二つかあ……まあ静養のために来たんだしね」
「ダイゴさん……」
 また冗談を言って、と私は呆れたため息を吐いた。けれど、冗談を言えるぐらいに回復しているということは喜ばしい。
「ちょっとお風呂場とかも確認してきますね。ダイゴさんは休んでてください」
「うん、よろしくね」
 ダイゴさんはベッドの上に座ったまま、笑顔で私に手を振った。私も笑顔で返して寝室から出てドアを閉める。
 ダイゴさんのことだから「ボクも見たいな」なんて言い出すかと思っていたけれど、さすがに怪我人の自覚があるようでおとなしくしてくれている。安堵しつつ、水回りの確認をしようと足を動かす。
「あ」
 そうだ、ダイゴさんにお昼ご飯はなにがいいか先に聞いておこう。私は三歩ほど歩いたところで踵を返した。
「ダイゴさん、お昼ご飯はどうしま……」
 ドアを開けてひょいと寝室に顔を出したけれど、ベッドの上に座っていたダイゴさんの姿が見えない。
「ダイゴさん?」
 一瞬焦ったけれど、すぐにベッドで横になっていることに気づいた。そっと近づくと、すうすうと寝息を立てている。
 こんな短時間で眠ってしまうなんて、やはり怪我で体力を消耗しているのだろう。私は「回復しているようでよかった」なんて思った自分を恥じる。
「おやすみなさい……」
 そっとダイゴさんの布団をかけ直して、私は再び寝室を出た。

 その日は必要最低限の家事だけこなし、早々に休むことにした。ダイゴさんはもちろん、私も疲れが溜まっている。お風呂を終えてすぐにベッドに入れば、あっという間に眠りに落ちていく。
 深い眠りの中で、夢を見た。昨夜の夢だ。ダイゴさんの肩から血が流れる。体が冷たくなっていく。頬から生気が消えていく。
 飛び起きたとき、私の体は汗だくになっていた。
「……」
 音を立てないよう、そっとベッドから降りる。室内履きを履いて、隣のベッドで眠るダイゴさんの様子を窺った。
「……息、してる」
 すうすうと寝息が聞こえる。ダイゴさんは、生きている。
「……おやすみなさい」
 もう一度ダイゴさんにおやすみを言った。
 それでも、しばらくその場から離れることができなかった。



 コテージに入ってから三日がたった。料理に洗濯や掃除など……旅をしているとは思えない日々を過ごしながら、今日も近所のスーパーからの帰り道を歩く。
「ボスゴドラ、ありがとう」
「ゴゥ!」
 買い物袋を持ってくれているのはダイゴさんのボスゴドラだ。買い物のたび、ダイゴさんがメタグロスやボスゴドラを同行させてくれている。過保護だなあ、と思いつつ、実際サント・アンヌ号では私とエネコだけでいたところを絡まれたこともある。メタグロスやボスゴドラなど、強い子たちが一緒に来てくれるのは心強い。
「ダイゴさん、体力あるからか回復も早くてよかったね」
「ゴオ!」
「それとも……」
 思い出すのは洞窟で出会ったポケモン、島の守り神と言われるカプ・テテフ。あのポケモンがダイゴさんを助けてくれたのは明白だ。カプ・テテフのおかげで回復が早いのだろうか。
 ダイゴさんとは怪我が完全に治ったらカプ・テテフにお礼を伝えに行こうと話している。カプ・テテフのいる場所に入れるかはわからないけれど……。
「ケーラ!」
 考えていると、ツツケラがボスゴドラの頭に止まった。ヴェラ火山で出会ったあの迷子のツツケラだ。
 なんだかんだとツツケラを野生に帰すタイミングを失って、今日まで一緒に過ごしている。ツツケラ自身も戻る様子を見せないし、このまま一緒に旅をするのも楽しそうだ。
「ケラッ!」
 今の家であるコテージが見えて、ツツケラはとびきり明るい声で鳴いた。たかが三日、されど三日。たった三日とはいえ、三日間過ごせばコテージに愛着も沸く。ツツケラもきっと同じなのだろう。
「ただいま」
 コテージのドアを開け、玄関へ。靴を室内履きに変えて、リビングに入った。
「三人とも、おかえり」
「ダイゴさん!?」
 リビングルームに、寝室で休んでいるはずのダイゴさんが立っていた。しかもいつの間にか外出用の服に着替えているものだから、私は慌ててダイゴさんに駆け寄る。
「ダイゴさん! 休んでなきゃダメでしょう!?」
「いやあ、でももう元気だし散歩ぐらい」
「ダーメーでーす!」
 私は持っていた鞄を放り出し、ダイゴさんの背中を押して寝室へ無理矢理入らせる。
 医師から十日間は外出禁止を言い渡されている。部屋の中の移動も制限されているというのに、三日ももたないなんて。もう、油断も隙もないんだから!
「十日間は安静にって言われてるでしょう!」
 ダイゴさんをベッドに座らせてお説教タイムだ。ボスゴドラも私の隣で怒った表情を見せている。ボスゴドラだってダイゴさんが心配なのだ。
「でもじっとしてるのは性に合わなくて……」
「また倒れたらどうするんですか!」
 ヴェラ火山での出来事が脳裏に蘇る。冷たくなっていくダイゴさんの体、頬、手。
「また、あのときみたいに……」
 心臓が凍ったようなあの恐怖を思い出して、再び体が震え出す。
「……ごめん」
「……っ」
 思わずダイゴさんに抱きついた。今はダイゴさんの体温を感じたい。
「無茶しないで……」
 怖い。怖い。怖い。あのときの恐怖が蘇る。涙が溢れて止まらない。
「ごめん、ごめんね。無茶はしないから」
「ダイゴさんがいなくなったら、私……」
「わかってる、大丈夫。どこにも行かないから」
 ダイゴさんの左腕が、私の背中を優しく撫でる。
 ダイゴさんの心臓の鼓動が聞こえる。大きな手の温もりが伝わってくる。
 この温もりが感じられなくなることが、私はなにより怖い。



 コテージを借りて七日目の朝。私は朝ご飯のヌードルスープを作っている。アローラ地方では風邪などで弱っているときはこのスープを飲むのが一般的らしい。ダイゴさんは病気をしているわけではないけれど、体が弱っているという点では同じだ。この一週間、朝ご飯は近所の人に教えてもらった栄養満点で消化のいいヌードルスープを出している。
 さて、朝ご飯もできた。私は鍋の火を止め、ダイゴさんのいる寝室へ入った。
「ダイゴさん、朝ご飯できましたよ」
 ダイゴさんはベッドに腰かけ、膝に乗せたエネコを撫でていた。
「ああ、ありがとう。今行くよ」
 四日前、ダイゴさんは「じっとしていられない」と言って出かけようとしていたけれど、この数日はそんな様子はない。やっと自分の怪我に対する意識が出てきたようで、私はほっと胸を撫で下ろす。
「体がなまってきたなあ」
 しかし、テーブルについてすぐ漏らしたダイゴさんの言葉で安心はどこかに行ってしまった。
「……ダイゴさん」
「ああ、ごめんごめん。大丈夫、ちゃんと大人しくしてるよ」
「本当ですか?」
 二人分のスープをテーブルに運んで、ダイゴさんをじいっと見つめた。ダイゴさんは「本当だよ」と言って弱ったような笑顔を見せる。
「ボクはつい無茶しちゃうんだよね。なかなか自制できないというか」
「……ダイゴさん!」
「でも、を悲しませたくないからね。もう無理はしないよ」
 ダイゴさんは穏やかに、しかし少し悲しげな笑顔を浮かべた。その表情に、私の胸がぎゅうっと強く締めつけられた。
にはすごく心配をかけたよね。洞窟でも、今も」
「それは、もちろん……」
「……毎日、夜中にボクが息をしているか確認しているのも知ってるよ」
 その言葉に、私は目を丸くした。まさか、気づいていたなんて。
に悲しい顔はさせたくないから、完治するまで大人しくしてるよ。安心して」
 ダイゴさんの優しくも切ない声が、胸に響く。私を悲しませまいと、そう思ってくれること。その言葉に心が震える。
「……自分のためにも自制してくださいね」
「ふふ、それは難しいな。のためなら頑張れるけど」
「もう」
「だからずっと、そばにいてね」
 ダイゴさんの甘い声に、私は頬を赤らめた。そんなの、そんな理由がなくたって、私だってそばにいたい。
「はい、ずっと」
 ダイゴさんの手に、自分の手を重ねる。お互いの体温が、心地いい。



 コテージを借りて十日目の夕方。私は今日も買い物から帰ってきた。
「おかえり」
「ただいま」
 リビングのソファでくつろぐダイゴさんとキスをする。行ってきますとただいまのキスは、この十日間ですっかり習慣となった。
「今日の夕飯はアローラ伝統料理のラウラウですよ」
「へえ……初めて聞くな」
「私も近所の方に教えてもらったんです。ほら、このメモもくれて」
 私はポケットからもらったメモを取り出した。そこにはラウラウの作り方が詳細に記されている。
「この人、前からアローラ料理をたくさん教えてくれてるんです。ほら、一昨日のロコモコとか」
「ああ、あれも……ねえ」
 ダイゴさんはそのメモをじっと見つめると、穏やかだった表情を険しいものに変えた。
「……その相手って男の人?」
 思ってもみなかった質問に、私はあんぐりと口を開いた。まさかダイゴさんがそんなことを聞いてくるなんて、ちっとも考えていなかった。
 ダイゴさんは拗ねたような表情で、じっと私を見つめている。ああ、これ、もしかして嫉妬しているのかもしれない。ダイゴさんにしては珍しい言動に、私はほんの少し悪戯心を沸かせてしまった。
「かっこいい人でしたよ、ちょっと豪快な感じだけどおおらかな人で」
 ダイゴさんはあからさまに眉間にしわを寄せた。完全に嫉妬の表情だ。私は調子に乗って、さらに言葉を続ける。
「年はダイゴさんより上で三十歳ぐらいかなあ。大人の余裕がある感じで」
「……」
「それで愛妻家で子煩悩で。五歳の息子さんにもらった貝のお守りを肌身離さずつけてるんですよ」
 そこまで言ったところで、ダイゴさんは目を丸くした。ふふ、ちょっと意地悪しすぎたかな。
「お母さんやお子さんにも今が旬の食材とか、アローラで今流行ってる遊びとかいろいろ教えてもらいました。すごく素敵なご家族ですよ」
 ダイゴさんは大きなため息をつくと、脱力した様子でソファの手すりに顔を埋めた。
「家族連れか……」
「ふふ、ダイゴさんが妬くの珍しいですね。いつも自信たっぷりなのに」
 いつものダイゴさんなら、『ボクに勝てる男なんてそういないよ』と自信満々なセリフを言ってのけるのに、今回はあからさまに嫉妬していた。こんなダイゴさん、なかなか見られるものではない。
「今回はを心配させたし、怒らせちゃったりしたからね……」
 ダイゴさんは体を起こすと、額に手を当てる。ああ、それで心配していたのか。私は笑ってダイゴさんの頬を撫でた。
「私にはダイゴさんだけですよ。だから無茶されるの嫌なんです。もしダイゴさんがいなくなったら……」
 ダイゴさんが、私の前からいなくなったら。きっと私は生きていけないだろう。ヴェラ火山で冷たくなったダイゴさんを前にしたとき、本気でそう思った。ダイゴさんがいない世界で、私は生きていくことはできない。
に悲しい思いはさせないよ」
 ダイゴさんは優しく私を抱き寄せた。この温もりを、この先もずっと感じていたい。心の底からそう思う。



 医師からの安静指示が解除された日、私たちは再び同じ病院を受診した。毒はほぼ消え去っており、このまま問題なく回復するだろうとのこと。近所の散歩ぐらいの運動も許可されたので、私たちはリハビリがてらハノハノビーチへとやってきた。
「アローラの海はすごいね。こんなに青いんだ」
 昼のアローラの海は綺麗なマリンブルーだ。ビーチで遊ぶ人やポケモンも多く、賑やかで明るい雰囲気に包まれている。
「あれ、今日はお散歩かい?」
 ダイゴさんと手を繋いで歩いていると、後ろから声をかけられた。振り返るとそこにいたのは両親と息子の一組の家族、先日ダイゴさんに話したご家族だ。
「こんにちは。ダイゴさん、この間アローラ料理を教えてくれた方です」
「やあ、こんにちは。噂の彼氏だね! いやあイケメンじゃないか。怪我はよくなったの?」
 お父さんは大きな声で質問すると同時に、すっと手を差し出した。ダイゴさんは爽やかな笑顔で握手をして応える。
「はい。まだ安静にと言われてますが、散歩ぐらいからリハビリです」
「あんまり彼女に心配かけるなよ! この子ずっと心配してたんだからな!」
「あ、ちょ……」
 私はお父さんの言葉を慌てて遮ろうとするけれど、すかさずお母さんの方が話をかぶせてくる。
「そうよ。少しでも栄養のつく料理作りたいって言うからいろいろと教えてね。こんな甲斐甲斐しい子に心配ばっかりかけてたら愛想尽かされちゃうわよ」
「肝に銘じます」
 ダイゴさんは頭をかきながら、苦い笑顔を浮かべる。愛想なんて、尽かさないのに。そう思ったけれど、それを言うのは二人きりのときにしておこう。
「お兄ちゃん、おケガしてるの?」
 ぎゅっと息子さんがダイゴさんの服の袖を掴んだ。ダイゴさんは屈んで息子さんに視線を合わせる。
「ちょっとだけね。もうだいぶよくなったよ」
「あのね、この島の守り神はケガをなおしてくれるんだよ」
 その言葉に、私とダイゴさんは顔を見合わせた。
「守り神って、カプ・テテフのこと?」
「うん。お父さんが言ってた」
「ああ、この島の伝承なんだよ。カプ・テテフの鱗粉は怪我や病気を治してくれるって。あんまり浴びすぎるとよくないって話も聞くけどね」
 やはり、あの洞窟でダイゴさんの容態が急激によくなったのはカプ・テテフのおかげだったのだ。療養を終えたら必ずお礼を言いにいかなくては。私は強く心を決めた。
「ああ、まだ療養中だったよね。長く引き留めたらまずいか」
「すみません、お気遣いいただいて」
「いいって。彼女のためにも早く元気になれよ」
「はい」
 私たちはご家族に会釈をして、コテージへの帰り道を歩き始める。
「新婚旅行は是非アローラに来てね!」
 後ろから叫ばれた声に、私ははっと頬を熱くする。あの声はお母さんの声だ。も、もう……。
「旅行先の候補が増えていくね」
 ダイゴさんがそう言って笑うから、私も照れながらも頷いた。
 幸せそうな両親と子供の姿を見て、「あんなふうになれたらいいな」と思ったのは、まだダイゴさんには内緒にしておこう。



 医師から最終的に療養解除を指示されたのは、結局怪我をしてから一ヶ月後のことだった。
「想像以上に長かったなあ……」
 コテージを引き払う準備をしながら、ダイゴさんは大きなため息をついた。
 ダイゴさんが受けた毒はアローラにはない毒で、前例はあるものの症例数は少ないらしい。医師としても大事を取りたかったのだろう。
「ケーラ!」
 コテージの掃除中、ツツケラがコテージの中をぱたぱたと羽ばたき出す。結局ツツケラともずっと共同生活を送っていたのだ。
「きみもずっと一緒だったね。これからも一緒に来るかい?」
「ケラ?」
「きみなら大歓迎だよ。ね?」
 ダイゴさんに同意を求められ、私は強く頷いた。これからもこの子と一緒に行けたら、私もとても嬉しい。
「ケラ……」
 ツツケラは何度か首を傾げたあと、なにかに気づいたように目を見開いた。そして、リビングにある全面窓へ飛んでいく。
「ツツケラ?」
 どうしたのだろうとツツケラを追いかけると、窓の外にいるポケモンに気がついた。そこにいたのはツツケラの進化系であるケララッパとドデカバシだ。
「ケラー!」
 ツツケラは窓をつついて、外に出たそうにしている。もしかして、このケララッパとドデカバシは……。
「きみの家族かな」
 ダイゴさんの問いに、ツツケラは頷いた。ああ、やはりツツケラの家族のお迎えだ。私は窓をそっと開けた。
「ケラ!」
「ララッパー!」
 三匹は再会を喜ぶように、パタパタと翼をはためかせている。その様子を微笑ましく思うと同時に、小さな胸の痛みも感じている。一緒に行けるかと思ったけれど、ここでお別れのようだ。
「ツツケラ、家族のもとに帰りたい?」
 私の問いかけに、ツツケラは俯いた。私たちに遠慮をしているのかもしれない。
「ボクたちのことは気にしないで」
「ケラ……」
 ツツケラは私たちとケララッパたちを交互に何度も見つめる。そして、躊躇いがちに、ケララッパとドデカバシに体を寄せた。
「ツツケラ、元気でね」
「ケ……」
「楽しかったよ」
「ケラ!」
 ツツケラはダイゴさんの右肩に止まると、小さく頬ずりをした。
 それがお別れの合図だったようで、ツツケラはケララッパとドデカバシとともに南の空へと飛び立っていった。
「ちょっと寂しいね」
「はい……でも、ツツケラが幸せなら、それが一番ですから」
 寂しい気持ちはあるけれど、迷子のあの子が家族の元に帰れたのだ。それはきっと、とても幸せなこと。
「……ボクの怪我が治るまで、一緒にいてくれたのかな」
 ダイゴさんは自身の右肩にそっと触れた。
 ダイゴさんの傷は、ツツケラをかばったときに負ったものだ。ツツケラもずっと心配していたのかもしれない。
「元気な姿、見せられてよかったですね」
「うん、本当に。またアローラに来たら会えたらいいな」
「はい」
 広いアローラ地方で野生のポケモンに再会する可能性は限りなく低い。でも、きっとまた会える。そんな気がした。



 コテージを引き払った私たちは、メモリアル・ヒルを越え、カプ・テテフのいる命の遺跡へ向かっている。
「許可が出てよかったですね」
「うん。事情を話したらわかってくれたね」
 この島のキャプテンであるライチさんに「カプ・テテフに助けてもらったのでお礼を言いに行きたい」と事情を話したら、快く命の遺跡までの通行許可を出してくれた。ただ、カプ・テテフに会えるかはわからないとのこと。
「会えなくても、お礼だけでも伝えたいな」
「はい」
 ダイゴさんの言葉に、私は強く頷いた。
 あのときカプ・テテフが来てくれなかったら、きっとダイゴさんは助からなかった。お礼を伝えずにアローラを離れるなんて不義理なこと、できるはずもない。
「ここか……」
 ようやく到着した命の遺跡。遺跡の奥に大きな祭壇がある。アーカラ島の人たちが作ったのだろう、その祭壇には緑の大きな葉があしらわれており、自然と一体化した様相だ。
 遺跡は不思議な空気に包まれている。神々しさを感じる一方で、ゆったりとした大自然の空気もある。今まで私が見てきた祭壇とは、まるで雰囲気が違っていた。
「祭壇に上ればいいのかな」
「そうですね、行ってみましょう」
 私たちは祭壇に上り、手を組み目をつぶった。カプ・テテフの姿を思い出し、祈りを捧げる。 
「ありがとうございました……」
 ダイゴさんを助けてくれてありがとう。本当に本当にありがとう。何度も強く、そう祈った。
「…………」
 目を開けても、そこにカプ・テテフの姿はない。
「通じたでしょうか……」
「そうだね、きっと」
 ダイゴさんはもう一度祭壇に向かって祈った。きっと気持ちは伝わった。そう願って、私たちは遺跡を出た。
 そのときのことだった。聞き覚えのある声が耳に響く。風を切る鋭い音が聞こえてくる。
「ラティオス……!」
 上空に飛んでいるのはやはりラティオスの姿だ。イッシュから遠く離れたこのアローラにまで現れるなんて。偶然にしてはできすぎている。
「焼けた塔にこの命の遺跡……」
 ラティオスを見つめていると、ダイゴさんが小さくなにかを呟いた。
「ダイゴさん?」
「いや……なんでもないよ」
「そうですか……? それにしても、こんな偶然あるんでしょうか」
「……偶然じゃないかもしれないね」
「え……」
「まだわからないけど」
 ダイゴさんはとぼけた笑顔を見せると、私の手を取った。
「ほら、行こう。次の町が待っているよ」
「わっ、待って」
 ダイゴさんは強く私の手を引き走り出す。
 次に行くのは、アローラから少し離れた場所。美しい空と森に包まれたカロス地方だ。