ダイゴさんが自分の恋人を口説こうとしている男を牽制する話
「二人とも、結婚おめでとう!」
カナズミシティ中心地にある、華やかなレストラン。結婚式の二次会が行われているそこに、新郎新婦を祝う明るい声が響く。
今日、ボクはリーグ職員である新郎の招待で結婚式に出席していた。新郎はリーグ職員、新婦はデボンの社員ということもあり、式と披露宴は仕事関係の招待客も多かった。そのためか式は和やかな中に少しばかり厳粛な雰囲気も感じさせるものだったけれど、今はそんな式と披露宴を終え、賑やかな二次会へと場所を移している。
「いい式でしたね、ダイゴさん」
同じテーブルにつく、新郎と親しいリーグの男性職員が笑顔でボクに声をかけてくる。
「そうだね。きみは彼と仲がいいし感慨深いんじゃない?」
「いやー、あんな可愛い子と結婚なんて羨ましい限りですよ」
新婦の子、可愛いですよね。そう話す彼の視線は新郎新婦が座るテーブルに向けられている。ボクもそちらへ視線を移すと、ちょうど新婦のもとへ招待客の女性数人が駆け寄って行く様子が目に入った。
「結婚おめでとう! 幸せにね」
明るい声で新婦に祝いの言葉をかける数人のうち、一人に自然とボクの意識が向く。
サックスブルーのドレスを着た女性――彼女の名前は。ボクの恋人のだ。
ボクはグラスに入った水を飲みながら、笑顔で新婦と歓談する彼女を見つめる。
もこの結婚式に招待されていると聞いたのは、二ヶ月前のこと。「もうすぐ会社の先輩の結婚式があるからドレスを買わないと」とが言っていたから、ボクも同じ時期に結婚式に招待されてるんだと話したら、まさかの同じ結婚式。世の中案外狭いものだと笑い合ったものだ。
ボクとの仲は、この会場にいる者のほとんどが知らない。はデボンの社員で、ボクはデボンの社長の一人息子。彼女がデボンの人間に関係性を明かしたくない気持ちは理解できる。ボクとしては寂しいと思うこともあるけれど、に無理を言うつもりはない。とはいえ、こうやって同じ場にいるときに知らないふりをするのはなかなか骨が折れる。
「あ! あの子」
の様子を横目で確認しながら食事を続けていると、隣のリーグ職員の男性が新婦に挨拶をしている女性たちに手を振り始めた。なにを突然と疑問に思いつつ彼女たちに視線を向けると、一人の女性が彼のお手振りに応えるように小さく会釈をした。
その女性は水色のドレスを着た彼女――紛れもない、ボクの恋人だ。
「知り合い?」
今度は水ではない、お酒の入ったグラスを持ち上げながら、彼に問いかける。
「いやあ、さっき受付のときにハンカチ拾ってもらって、ちょっとだけ喋ったんすよ」
彼はへらっと笑いながら、頭を掻いてみせる。
「そのとき綺麗な子だなーって思って。連絡先聞いちゃおっかな」
頬を上気させ肩を揺らす彼を前に、ボクは持っていたグラスをテーブルに置いた。そして足を組みながら、彼に声をかける。
「彼女、気になるんだ?」
「そうっすね~。フリーだといいなー」
確かに結婚式というのは独身の人間にとってはちょっとした出会いの場にもなり得る。実際、今日の新郎新婦も共通の友人の結婚式で知り合ったとか。
だからボクも、この場で彼が女性に声をかけること自体を咎めるつもりはない。けれど、その相手がとなれば話は別だ。
「やめておいたほうがいいんじゃいかな」
ボクはふっと口角を上げ、彼に告げた。
「きみには無理だと思うよ」
彼は軽い雰囲気を出しているものの、真面目な好青年だ。安定した仕事ぶりも知っているし、同僚を気遣う細やかさもリーグ内では評判になっている。
でも、それでも、きみには無理だよ。それを誰より、ボクが知っている。
「え、なんで……あっ」
彼は一瞬目を丸くしたけれど、すぐにハッとなにかに気づいたように右手であんぐり開けた口を押さえた。ボクの言葉の意味をすぐに理解したのだろう。彼は肩を落として体を小さく縮こまらせてしまった。
「すみません……」
「いや? こちらこそ」
*
「ダイゴさん!」
二次会が終わり、ボクは会場であるレストランから少し離れた住宅街までやってきた。事前の約束通りそこで待っていると、すぐに彼女の姿が見えた。
サックスブルーのドレスを身に纏った、世界一綺麗なボクの恋人だ。
「いい式でしたね。先輩、すごく幸せそうでよかった」
ボクのもとへ駆け寄ってきたは、顔を綻ばせ明るい声で話し出す。
「二次会も盛り上がってたね。三次会もやってるみたいだけど、行かなくてよかったのかい?」
「私はあんまりお酒も飲めないし……ダイゴさんこそ、いいんですか?」
「デボンの人間も多いからね、ボクがいたら気を遣わせてしまうよ。特に新婦さんが楽しめないんじゃないかな」
そんなこと、と言う彼女の言葉を遮るように、ボクは彼女の唇にキスを落とした。特別なときにだけつけるピンク色の口紅が、あまりに扇情的だ。
「ドレス、水色にしたんだね。似合っているよ」
二ヶ月前、がドレスを買おうとしていたときのこと。このサックスブルーのドレスと、ワインレッドのドレスどちらにしようか迷っているとが話すから、ボクは彼女に「水色の方が似合いそうだね」と勧めたのだ。思った通り、優しい色合いが彼女にとても似合っている。
「あ……ありがとうございます。これから結婚式に招待されることも増えるだろうし、思い切って買ってよかった」
「白いドレスも似合いそうだ」
もボクの言葉の意味がすぐにわかったのだろう、艶やかな頬を桜色に染め上げた。
結婚式のあとに「白いドレス」の意味するものは、たった一つしかない。「早く見たいよ」と言葉を重ねれば、頬の熱は瞳にまで届く。
もう一度、彼女の唇にキスをする。甘いキスに、ボクの心に灯がともる。
が身に纏ったドレスはボクが選んだもの。胸元に光るネックレスは彼女の誕生日にボクが贈ったもの。そして唇を彩る口紅は、ボクだけが触れられる。
ボク以外の誰にも、を口説くのは無理だよ。がこんな熱い視線を向けるのは、世界でただ一人、このボクだけなんだから。