寝ているダイゴさんにキスしたくなる話

「あれ……」
 とある休みの夜。お風呂から上がると、部屋に遊びに来ていたダイゴさんがソファで眠っていた。
「珍しー……」
 私がお風呂に入る前、ダイゴさんはソファに腰かけて石の雑誌を眺めていた。しかし、今はソファに横になってすうすうと寝息を立てている。私はソファの前に座って、ダイゴさんの顔を覗いた。
 ダイゴさんがソファでうたた寝なんて珍しい。そういえば最近はリーグとデボンの仕事で出張続きだったとか。「採掘に行きたいな……」と雑誌をめくりながらボヤいていたっけ。疲れた様子でぐっすり眠るダイゴさんを起こすのも忍びない。このまま寝かせて、少したったらベッドで眠るように促そう。そう決めてソファから離れようとしたとき、私のポケモンであるエネコがダイゴさんの眠るソファに飛び乗った。
「エネッ?」
「あ、こら」
 エネコはダイゴさんの顔を覗くと、構ってほしそうにダイゴさんの頬に自分の頬をすり寄せた。私は慌ててエネコを抱き上げて、ダイゴさんから引き離す。
「ダイゴさんは寝てるんだから、そっとしておこう?」
「ネ……」
 エネコは私の言葉に耳を動かすと、つまらなそうにしっぽを下げた。
 エネコはダイゴさんによく懐いている。大好きなダイゴさんに構ってもらえないことが寂しいのだろう。エネコは耳まで垂らして落ち込んだ気持ちを隠さない。
「また明日遊んでもらおうね」
「ネッ!」
 また明日、という言葉が嬉しかったのだろう。エネコは明るい声で答えると、ご機嫌な様子でボールへ戻った。
 私はエネコの入ったボールをいつもの場所であるクッションの上へ。ダイゴさんには掛け布団でも持ってこようかな。そう思いもう一度ダイゴさんへ視線を戻すと、彼の頬になにかついているのが見えた。
「あ……」
 ダイゴさんの頬にあるのは、ピンク色の小さなふわふわの毛。エネコが頬ずりしたときにあの子の毛がついてしまったのだろう。それを取ろうと、私はダイゴさんの頬に手を伸ばす。
「ん……」
「っ!」
 ダイゴさんの頬に触れた瞬間、ダイゴさんの小さな息が指にかかる。くすぐったい感触に、私は思わず手を引っ込めた。
「起きてはない、かな……」
 一瞬起こしてしまったかと慌てたけれど、ダイゴさんはほんの少し唇を動かしただけで、目は閉じたままだ。私は再び、ダイゴさんの頬に手を触れた。エネコの毛のふわふわな手触りと、ダイゴさんの柔らかな肌の感触が同時に指先に走る。
「……っ」
 ふっと、再びダイゴさんの息が指にかかる。瞬間、きゅ、と私の心臓が小さく跳ねた。
 指先に感じる、ダイゴさんの小さな熱。同時にトクン、トクンという自分の鼓動を聞こえてくる。ダイゴさんの頬に指を添えたまま、じっと彼の顔を見つめる。
 ダイゴさんはとても整った顔をしている。いつも見ているけれど、あらためて綺麗な顔だなあと思う。柔らかな肌に、長い睫毛、筋の通った端正な鼻。どれをとっても非の打ち所がない、綺麗な顔立ちだ。
 そしてなにより目を引くのは、優しさが溢れるあまやかな唇。ほのかなピンク色をしたそれに、引き込まれるように自然と手が動く。
 人差し指の指先が、ダイゴさんの唇に触れた。甘い感触に、胸に小さな欲がよぎる。この唇に、もっと触れたいという、そんな欲が。
 そっと指でダイゴさんの唇をなぞる。頬の感触とはまるで違う、しっとりとして温かみのある甘い感覚が胸をくすぐる。頬や手に触れているときには感じられない不思議な手触り。肌よりもっと深い場所……ダイゴさんの内側に触れているような心地だ。背徳的な味わいに、私は小さく唾を飲み込んだ。
 ダイゴさんの唇に、触れたい。指先ではなく、唇で。強い欲が、胸の奥から湧き上がる。
「……いや」
 いや。いやいや。いやいやいや。落ち着け、私。エネコに「そっとしておこうね」なんて言ったばかりじゃないか。一体、なにを考えているんだ、私は。
 火照った頭を冷ますべく、大きく息を吐いた。とりあえず冷静になろう。そう思って手を引っ込めようとした、そのとき。ダイゴさんの手が私の手を掴んだ。
「っ!?」
 一瞬なにが起きたかわからずに、私は目を白黒とさせてしまう。なんで、どうして。慌てている間に、ダイゴさんの瞼がゆっくりと動いた。綺麗な青い瞳が露わになると同時に、ダイゴさんの唇が緩やかな弧を描く。
「続きはしてくれないのかな」
 その甘い唇から放たれた言葉に、私の頬は一気に熱くなる。
「起きてたんですか!?」
「ほんの少し前からね」
 ダイゴさんは体を起こしてソファに座ると、軽々と私を抱き上げた。そしてそのまま私を膝の上に乗せてしまう。
「ま、前って」
が頬に触れたあたりかな」
 う。じゃあ起こしてしまったかと慌てたあのとき、本当にダイゴさんは起きていたのか。そのあとの一連の私の行動も、ダイゴさんはしっかりと認識していたのだろう。私が頬を撫でたことも、唇に触れたことも、全部。
「け、結構前じゃないですか……」
 あまりの羞恥に思わずダイゴさんから視線を逸らすけれど、ダイゴさんは私の頬を撫でて視線を自身に向けさせた。ダイゴさんの綺麗な顔が、私のすぐ目の前にある。
「寝たふりするなんて」
「ごめんね?」
「う……」
 私の小さな文句に、ダイゴさんは首を傾げてみせる。悪いなんて思っていないとすぐにわかる、からかうような声色だ。謝っていないのがわかるのに、それでも、そんな仕草をされてしまったら、私はもうなにも言えない。
 ダイゴさんのずるい仕草に唇を尖らせていると、ダイゴさんはこつんと私と自分の額をくっつけた。
「ね、続きは?」
 目の前に見えるのは、ダイゴさんの期待に満ちた瞳だ。彼の「続き」がなにを指すのか、輝く青い瞳から伝わってくる。
「その……」
「うん」
「目……閉じてください」
 私は一瞬目を泳がせたのち、ダイゴさんの頬に両手を添える。そして、ダイゴさんが目を閉じるのを待って、彼の柔らかな唇にキスをした。指で触れたときとは違い、熱が直に伝わってくる。ダイゴさんの内側と自分の内部が直接触れ合うような強い感覚に、心が震える。心臓が大きく鼓動を打っている。
 そっと唇を離せば、ダイゴさんの微笑みが目に入る。嬉しそうな、そしてどこか妖艶な笑みに、私の頬はまた熱くなる。
「お返しだよ」
 言葉と同時に、今度はダイゴさんが私の頬を両手で包む。そして、降ってくるのは甘いキス。欲を纏ったキスは一度や二度では終わらない。私とダイゴさんの唇が、何度も何度も強く触れ合う。次第に深くなるキスに、私の頭は酔ったようにくらくらと思考が浮いてしまう。
 一度のキスのお返しとしては多いはずなのに、私はなにも口を挟めない。だって、このキスがあまりに心地いいから。
 何度唇を交わしただろう。ダイゴさんは唇を離すと、指で私の首筋に触れた。
「ん……」
 妖艶な指先の動きに、私の口から息が漏れた。敏感な場所に触れられて、小さく体を捩らせる。
 そんな私の様子を見て、ダイゴさんはくすりと笑う。艶のある笑顔を浮かべたまま、彼は私の首筋を撫で上げる。そして熱い指先は、私の唇をゆっくりとなぞり始めた。
「……っ」
 キスの代わりとばかりに、ダイゴさんは潤んだ唇を何度もなぞる。扇情的な仕草に、私の胸はうずいて仕方がない。指だけではなく、もっと触れてほしいと心と体が叫んでいる。
「物足りない顔をしているね」
 私の考えを見通したかのようなダイゴさんの言葉に、顔にかあっと熱が集まった。きっと肌も赤くなっているのだろう、ダイゴさんは私の頬をからかうように撫でた。
「ボクもまだ足りないな」
「……ダイゴさん、疲れてるんじゃないですか?」
「一眠りしたからね。もう大丈夫」
 きみは嫌かな、とダイゴさんは再び小首を傾げる。そんな甘えた仕草をされたら、私は断れるはずもない。もとより、嫌と答えるわけはないのだけれど。
 返事の代わりに、私はダイゴさんの唇にキスをする。今度は一度だけじゃない。何度も何度も、繰り返し。
 一度のキスのお返しが数多のキスなら、このキスのお返しは? 私の期待と、ダイゴさんの思いはきっと同じ。
「ふふ、たくさんお返しをしないといけないね」
 甘い声を合図に、キスの雨が降ってくる。甘い愛情の海に、溺れていく。