ダイゴさんと結婚する話・引っ越し
ダイゴさんと私の結婚式の日まで、あと一ヶ月。お互い初めてのことだから戸惑うこともあるけれど、結婚の準備は大きな問題もなく進んでいる。
順調ではあるけれど、単純にやらなくてはいけないことが多い。休日のほぼすべてを結婚準備に費やしている。
そんな今日も結婚に向けての準備の日。今日は私の引っ越し作業だ。一人暮らしをしていた部屋から、ダイゴさんの家へと居を移すのだ。
ダイゴさんは以前トクサネに自宅を持っていたけれど、デボンの仕事を本格的に始めるにあたってカナズミのマンションに住み始めた。私も何度も来ているし馴染んでいるので、新しい部屋を借りるのではなく、私がここへ引っ越す形を取った。またいつか新しい家へ移るかもしれないけれど、それは追々……。
ちなみに、トクサネの旧居も採掘や天体観測をするときなど、今でも私も一緒に時折使用はしている。ほかにも別荘はさまざまな地方にあるらしく、さすがというかなんというか……。
「、この段ボールは……」
「えっと、食器ですね」
「じゃあキッチンだね。運んでおくよ」
「ありがとうございます」
ダイゴさんはカップなどの食器が入った段ボールを軽々持ち上げ、キッチンへと進んでいく。
家具などの大きなものは引っ越し業者にすでに設置してもらっているので、今は食器や服などを細かなものを運び入れている。私は段ボールを一つ開け、エネコ用のクッションを取り出した。
「エネコ、ここでいいかな?」
「ネ~!」
リビングのソファにエネコのクッションを置くと、エネコは嬉しそうにその上で丸まった。エネコも何度もこの家に来ているから、すっかり慣れているのだ。
さて、次はダイゴさんが運んでくれた食器をしまおう。キッチンへと移動して、段ボールからマグカップやお気に入りのお皿を取り出す。ダイゴさんの食器棚へ自分の家で使っていた食器を入れていると、本当にここに住むのだと実感が湧いてくる。
そう、私は今日からダイゴさんと一緒に暮らし始めるのだ。つまり、結婚がもうすぐそこまで迫っているということ。
最初は夢みたいと思っていたダイゴさんとの結婚も、準備を重ねるうちに少しずつ現実感を帯びてきた。私、本当にダイゴさんと結婚するんだなあ……。
「、一度休憩にしない? 紅茶でも飲もう」
「あ、いいですね」
食器を棚に入れ終えると、ダイゴさんがさわやかな笑顔で誘いかけてくる。私はもちろん頷いた。
ダイゴさんがお湯を沸かすから、私は横でカップを用意する。トレーにティーポットとカップを乗せて、私たちはリビングへと移動した。
「なかなか休日も休まらないね」
「仕方ないです。式は招待客も多いですし……」
リビングのソファに座って、私たちはふうと息を吐いた。
既婚の先輩に「結婚の準備って思ったより大変だよ」と聞いてはいたけれど、想像以上だ。なかなか体を休める暇がない。一緒に暮らせば相談する時間は取りやすくなりそうだけれど。
「疲れはあるけど、荷物は今日中に片づけたいね。紅茶を飲んだら作業再開、かな」
「あ、その前に……」
ダイゴさんの言葉に、私は慌ててソファの脇に置いた自分の鞄を探った。
「ダイゴさん、渡したいものがあって……」
鞄から取り出した一つの包みを、ダイゴさんへ差し出す。手のひらほどのそれを見て、ダイゴさんは目を丸くした。
「指輪のお返しです。金額は全然違いますけど……」
結婚にまつわる費用は、結婚指輪をはじめとしてすべてダイゴさんが持ってくれている。ダイゴさんからは「気にしないで」と言われているし、実際私が貯金から出したところで微々たる金額しか出せない。ダイゴさんの立場では「庶民的」な結婚式や指輪をするわけにはいかないから。
わかってはいても、してもらってばかりというのは気が引ける。だからせめて気持ちだけでもなにか贈りたいと思い、ブランドもののキーケースを選んだ。金額は結婚費用とは比べものにならないけれど、使いやすいもの、ダイゴさんが持っていても恥ずかしくないものを選んだつもりだ。
「私も同じもの買ったんです。二人の名前も入れてもらって」
「わあ、ありがとう。嬉しいよ」
ダイゴさんは包みを開けると、満面の笑みを見せてくれた。きらきらした瞳で、キーケースをいろんな角度から見つめている。
喜んでもらえたようだ。私はほっと息を吐いた。
「なんでもダイゴさんに出してもらって申し訳ないので……全然足りませんけど」
「そんなの気にしなくて……ああ、そうだ、それなら」
ダイゴさんはそっとキーケースをテーブルに置くと、微笑みながら私を見つめる。
「一つだけ、お願いしてもいいかな?」
ダイゴさんの問いかけに、私は背筋をピンと伸ばした。
優しいダイゴさんのことだから、お願いと言ってもそんな無茶なものではないだろう。ましてやお金にまつわることではない。だから無理難題を言われる心配はしていないけれど、ダイゴさんからの珍しい「お願い」に、少しばかり緊張してしまう。
「なんですか?」
けれども、珍しいことだからこそ、できるだけ叶えたいとも思う。私はじっとダイゴさんを見つめて、ダイゴさんの言葉を待った。
「たいしたことじゃないよ。ただ、敬語を外してくれると嬉しいなって」
「敬語……」
「夫婦になるんだしね」
言われてみれば、と私は内心うなずいた。年上だからと付き合う前と変わらず敬語で話していたけれど、結婚するのだから敬語はやめたほうがいいのか。敬語の夫婦もいるけれど、ダイゴさんが敬語を外してほしいと言うのであれば、私に断る理由はない。
「そうですね、わかりまし……じゃなくて」
了承の言葉を返そうとして、つい癖で敬語を使ってしまう。私は一つ息を吐いて改めて口を開く。
「えっと……わかっ、た」
う。思ったよりも難しい……! 二年あまり敬語で話していたので、いざ外すとなるとどうしてもためらいが出てしまう。
「ふふ、慣れないよね。でも時間はたくさんあるから」
「たくさん?」
「うん。ずっと一緒にいるんだから」
ダイゴさんの言葉に、私は目を丸くした。夫婦になるから敬語を外してほしいと言っていたのに。
「……結婚したあとも敬語でいいんですか?」
「のんびり待つよ。いつまでたっても」
ダイゴさんは穏やかな笑みで、小さく首を傾げた。この人は本当に、私に甘い。
「ダイゴさんが待ちくたびれないようにしますから」
ずっと続けてきた言葉遣いを直すのは難しいかもしれない。けれど、優しいダイゴさんをあまり待たせないようにしなくっちゃ。