ダイゴさんがお見合いするという噂を聞く話

「あ、綺麗な石」
 ダイゴさんの家に行くと、また石が増えていた。色鮮やかに輝く石もあれば、私のような素人には価値のわからない黒ずんだ小さな石もある。それらはリビングの端の床に敷かれたシートの上にあるもので、コレクション用に整える前のようだ。
「また採掘に行ってきたんですか?」
「うん。ムロの石の洞窟に行って来たんだ」
 ダイゴさんは嬉しそうに自分が採掘した石を手に取った。キラキラした笑顔は、手に取った水晶に負けないぐらいに輝いている。ダイゴさんは本当に石のことになると子供のような笑顔を見せる。
「あっ」
 私もしゃがんでダイゴさんが取ってきた石を眺めていると、鞄に入っていたモンスターボールからエネコが飛び出してきた。
「エネ~」
 エネコはすんすんと赤いまん丸の石を嗅ぎ始めた。前足でころころと転がして、「きゅう」とご機嫌な声を出す。
「欲しいのかい?」
「ネ~!」
「いいよ、どうぞ。この石は尖ったところもないから危なくないよ」
 私が制止するより早く、ダイゴさんはエネコに赤い石を渡してしまう。
「いいんですか?」
「構わないよ。特に珍しいものでもないし」
「高価なものでは……?」
「はは、それも大丈夫だから遠慮しないで。きみも気に入ったのがあれば持って行っていいよ。コレクションしたいものはもう分けてあるから」
 ダイゴさんは笑顔でそう言うと、「コーヒー淹れるね」とリビングに併設されたキッチンへ向かった。残された私は、床に転がる石を再び眺める。
 もうめぼしいものは分けていると言ったって、なにかしら気に入って持ち帰った石だろうに、こんな簡単に人にあげていいのだろうか。
 ダイゴさんは物に執着がない。高価なものでも珍しいものでも、ひょいと人に渡してしまう。その相手は私だけでない。このトクサネの家の近所に住む男の子にも簡単に貴重な道具を渡していたし、果ては通りすがりの人にまで。さすがに簡単にものを渡しすぎでは? と思うけれど、以前それを伝えたら、「そんなことないと思うけどなあ」と困ったように笑われてしまった。
 ダイゴさんの執着のなさを、怖いと思うことがある。このままではなにもかもを手放して、どこかに消えてしまうのでは、と。さすがにコレクションしている石までは人に渡すことはないようなので、その心配はただの杞憂だろうけれど。
「あ……」
 転がる石の中から、ふと目についたものを拾い上げる。五センチほどの、楕円の形の透明な水色の石。ダイゴさんの瞳のような、綺麗な石だ。天井からの明かりにかざせば、スカイブルーの光がきらきらと輝いた。
「それ、気に入ったの?」
 ダイゴさんは二人分のマグカップをテーブルに置くと、再びこちらにやってきて、私の手元をのぞき込む。
「いいよ、持って行って」
「本当にいいんですか?」
「もちろん」
 いいのかな、と思いつつも、この水色の石にどうしようもなく心惹かれる。「ありがとうございます」と言って、私は小さな石を鞄のポケットへ入れた。
「そういえば、来週デボンの本社に顔を出す予定なんだ」
 ダイゴさんはリビングの真ん中にあるイスに腰掛けると、ポケットの中の手帳を確認した。隣に座った私にも、来週の水曜日に出社の印が付けられているのが見える。
 ダイゴさんはチャンピオンをやりながら、その傍らデボンにときどき顔を出している。チャンピオン業を優先しているため、彼がデボンに出社するのは少し珍しい。
「もしかしたらきみにも会うかもね」
 私もデボンに勤めてはいるけれど、ダイゴさんと違い私は経理部にいるただの一般の平社員だ。広い社屋の中で会う可能性自体は低いけれど……。
「ダイゴさん、社内では……」
「わかってる。他人のふりだろう?」
 ダイゴさんはコーヒーを飲みながら苦笑いを浮かべる。
 会社の人には、ダイゴさんと私が付き合っていることは言っていない。業務上で関わりがないと言っても一応社内恋愛にあたるわけだし、なにより。
「ボクは別に言ってもいいと思うんだけどな」
「ダイゴさんがよくても私はよくないです……」
 大企業であるデボンの社長の息子で、さらにはホウエンリーグチャンピオン。そんな肩書きを持つダイゴさんが私みたいな平社員と付き合っていると知られたら、周囲の女子社員になにを言われるかわかったものではない。おかしなやっかみを受けるのはごめんだ。
「きみがそう言うなら無理にとは言わないけどね」
 マグカップを置くダイゴさんの表情は、どこか寂しげだ。そんな表情をされると「秘密にして」と頼んでいることが少し申し訳なくなる。けれど、別に付き合っていることを誰にも言うなと言っているわけではないし(現にお互いの友人何人かには恋人として紹介しあったこともある)、社内では言わないのが普通だろう。
「そろそろ夕飯にしようか。シチューでいいかな?」
「ありがとうございます。手伝います?」
「大丈夫、待ってて」
 コーヒーを飲み干したダイゴさんは、カップを持ってそのままキッチンへ。その後ろ姿を見送った私は、先ほどの石を鞄から取り出した。やはり綺麗な石だ。楕円形になっており、つるんとした感触でなめらかな肌触り。濁ったところもなく、石の向こうが透けて見える。果てのない空を思わせる美しい青。大した価値はないらしいけれど、それでもこの石に心惹かれる。
 透明な石を人差し指と親指でつまんで、石を通してダイゴさんのほうへ視線を向ける。水色のフィルターがかかったダイゴさんはどこか淡い印象だ。
 私の視線に気づいたのか、ダイゴさんはこちらを向いた。石越しに視線が合って、ダイゴさんは私に笑顔を見せてくれた。