性格の話
「やあ、久しぶりだね。元気だったかい?」
「ル~!」
ダイゴさんの言葉にご機嫌な声を出したのは私のエネコだ。大きな手で撫でられて、エネコは満足げな表情を浮かべる。
恋人同士というのは長い時間を一緒に過ごすことが多い。そのため、自然とお互いのポケモンがお互いに懐く。もちろん自分のトレーナーを取られた気持ちになって嫉妬する子もいるし、自分のトレーナーの恋人だからと言って他のトレーナーにはしっぽを振らない子もいる。しかし、大半のポケモンはトレーナーの恋人にも懐くのだ。それは私のエネコも例外ではない。エネコは人見知りなのだけれど、一緒に過ごすうちにすっかりダイゴさんに懐いた。今だってダイゴさんが私の部屋に入って来るや否や、モンスターボールから出てすぐに彼の方へと飛んで行ってしまったぐらいだ。
「よしよし、可愛いね」
よっぽど心地いいのか、エネコはきゅう、と高い声で小さく鳴いた。
ダイゴさんはポケモンの扱いがうまい。鋼タイプや岩タイプ限定かと思っていたけれど、他のタイプもうまく手懐けてしまう。そこはさすがチャンピオン、といったところだろう。
「すみません、甘えっ子で」
エネコは人見知りだけれど、一度懐くととても甘えたになる。「きみもこのぐらい素直に甘えてくれたら嬉しいんだけどな」と言われたのはいつだったか。
「構わないよ。昔からこうなのかい?」
「そうですね……最初はなかなか懐いてくれなかったけど、一度懐いてからはずっとこう」
私が手を出すと、エネコは顎をその手に乗せてくる。うん、可愛い子。
「子供の頃から一緒だったんだよね」
「はい。最初に捕まえたのがこの子だったので」
「そっか。この子に少し妬けるな。きみの子供のころも見てみたかった」
ダイゴさんはごく自然なトーンでそう言うと、こちらに笑顔を見せる。私はなんだか気恥ずかしくて、視線を落としつつ足を組んだ。
「エネ~」
エネコはダイゴさんの膝の上でぴょんぴょんと跳ねる。しっぽをピンと立ててご機嫌な様子だ。
「無邪気な子だね。合ってる?」
「そうですね。そう言われましたよ」
ポケモンの性格はいくつかに大別される。もちろん人間と同じくその子それぞれで細かく違うので、あくまでざっくりとした分類の話だ。強いトレーナーになると性格に合わせてポケモンの育成を変えるらしいけれど、私みたいな平均的なトレーナーはただその子の性格を受けて可愛がるだけ。
「ダイゴさんは……穏やか?」
昔聞いたポケモンの性格のうち、ダイゴさんに当てはまるのはどれだろうと、ぼんやり考えた。一番近いのは穏やかだろう。ダイゴさんと出会ってから、この人が感情を爆発させるような姿を見たことがない。冷静も近いかなと思ったけれど、石の前では落ち着きがなかったことを思い出す。
「そう?」
「石の前では無邪気ですね」
「それは否定できないな。は……」
ダイゴさんはエネコを膝の上で撫でたまま、私をじっと見つめてくる。強い視線に、一瞬私はたじろいだ。
「……意地っ張り」
下手なことを言われる前に、自分で先手を打った。
意地っ張りな自覚は、ある。あるけれど、それを自分でどうこうするのは難しいもの。可愛げないなあ、と自分でもわかっているのだけれど。
「少し違うかな」
ダイゴさんは言葉と同時に私の頬に触れる。くすぐるような仕草に、私は目を細めた。
「意地っ張りっていうより、照れ屋だね」
その言葉に、私の心臓が小さく跳ねる。どうしていいかわからずに視線を泳がせていると、ダイゴさんが再び口を開いた。
「ほら、赤くなった」
「っ!」
とどめのような言葉に、私は思わず後ろに飛び退きそうになる。しかし、私の頬に手を添えている彼がそれを許すはずもない。
「やっぱり照れ屋だ」
「……ダイゴさんは意地悪ですね」
「そんな性格なかったと思うけど」
「ダイゴさんはポケモンじゃないので」
拗ねた口調でそう言えば、ダイゴさんは「はは」と声を出して笑う。石を前にしたときのような無邪気な笑みでない、食えない雰囲気の、少し意地の悪い笑顔だ。
「じゃあボクもきみのこと、もっと話してもいいかな」
あ、これ、今聞いたらまずいやつ。たじろぐ私をダイゴさんは捕まえる。
「ちょ、ちょっと待って。心の準備が」
「きみはきみが思っているより可愛くて」
「それもう性格じゃありませんけど!?」
「はは、やっぱり照れ屋だね」
「ダイゴさん!!」
大きな声で叫んでもダイゴさんは意に介さない。表情一つ変えることなく、私の方へと顔を寄せる。あ、キスされる。唇が重なる前に、私は反射的に「待って」と言ってダイゴさんの口元を手で押さえた。
突然の私の行動に、ダイゴさんは目を丸くする。それもそうだろう。恋人にキスをしようとして、拒否されたのだから。
「あの……見てます」
私は一瞬だけ、ダイゴさんの膝の上にいるエネコに視線を落とした。エネコはきょとんとした表情で、じっとこちらを見つめている。
いつものようにエネコが少し離れたところでボールで遊んでいるぐらいならいいけれど、この至近距離は、さすがに、こう。少し気まずいというか、恥ずかしいというか、なんというか。
それでもダイゴさんは不満そうに目を歪める。いやいや、でも。そう言おうとすると、ダイゴさんの膝の上で丸まっていたエネコが小さく「きゅう……」と鳴いた。あ、と思ったけれど、時すでに遅し。エネコは自らテーブルの上に置いたモンスターボールに戻ってしまった。
これ、気を、遣われている……!
「二人きりにしてくれたのかな。きみに似て賢い子だね」
ダイゴさんの言葉に、私は「はは……」と苦笑いで返すしかない。エネコにまで気を遣われるの、死ぬほど恥ずかしい。
「わっ」
ダイゴさんは私を自分の方へ引き寄せて、膝の上へ乗せた。
「可愛いね」
先ほどのエネコのような格好で、同じように頬を撫でられ、同じ言葉をかけられる。しかし、撫で方も言葉の温度も、先ほどよりずっと甘いもの。「恋人」の触れ方だ。頬が赤くなっているのが自分でもわかって、それがより顔を熱くさせる。
「もういいよね」
ダイゴさんは私の唇をなぞる。妖しい動きに、私の心臓が大きく跳ねた。それがなにを示しているか、すぐにわかる。
「……待ってって言ったらどうするんですか?」
私の問いかけに、ダイゴさんはニッコリなんて擬音が聞こえてきそうな「いい笑顔」を作った。
「ボクは意地悪だからね。待ってと言われても待たないよ」
ダイゴさんは私にキスをする。そのまま私の頬を撫でて、「赤いね」と囁いた。
「はやっぱり照れ屋だ」