下町の子どもから見たユーリと彼女の話

※ユーリ騎士団入団前(十六歳)のお話です。下町の五歳の女の子から見たユーリと夢主のお話。


 見ちゃった。見ちゃった。あたし、見ちゃった。
 ユーリお兄ちゃんとお姉ちゃんが、キスしてるところ、見ちゃった!

「どうしたんだい?」
 水道魔導器の脇でぎゅっと縮こまっていると、フレンお兄ちゃんがやってきた。金色の髪が、太陽にきらきら透けている。
「お兄ちゃん」
「ほっぺが赤いけど、大丈夫?」
 フレンお兄ちゃんは首を傾げると、あたしの顔をのぞき込んでくる。
 どうしよう、フレンお兄ちゃんに言っていいのかな。言っちゃだめな気がする。でも、フレンお兄ちゃんならいいかなあ。だめかなあ。
 あたしは迷って迷って、やっぱり誰かに言いたくなって、立ち上がってフレンお兄ちゃんに向かって背伸びした。
「フレンお兄ちゃん、あのね」
「うん」
 あたしはフレンお兄ちゃんの耳元に顔を寄せて、小さな声でさっき見たことをお兄ちゃんに話し出す。
「さっきね、ユーリお兄ちゃんとお姉ちゃんがね、路地裏でキスしてたの」
 話していて恥ずかしくなって、あたしは両手で顔を覆った。だって、見ちゃったんだもん。二人がキスしてるところ!
 ユーリお兄ちゃんはお菓子を作ってくれたり、いやーな騎士から守ってくれる優しいお兄ちゃん。お姉ちゃんは絵本を読んでくれたり、ぼろぼろになった服を直してくれる優しいお姉ちゃん。そんな二人が、路地裏でキスしてた。二人とも見たことない顔してた。あたしはなんだかいけないものを見ちゃったような、いけないことをしてるような気持ちになって、さっきからずっとドキドキが止まらない。
「フレンお兄ちゃん。これ、ほかの人に言っちゃだめだよね?」
 どうしてかわからないけど、フレンお兄ちゃん以外には言ってはいけない気がする。おそるおそるそう聞くと、フレンお兄ちゃんは笑ってうなずいた。
「そうだね、言わないほうがいいかな。ひみつ、できるかな?」
「できるよお!」
 フレンお兄ちゃんが顔の前で人差し指を立てるから、あたしは大きく返事をした。あたしはもう五歳だもん。約束だって守れるんだから!
「ねえ、フレンお兄ちゃん。キスしてたってことは、ユーリお兄ちゃんとお姉ちゃんは恋人同士なの?」
 あたしはドキドキしながら、フレンお兄ちゃんに聞いてみる。あ、またほっぺたがあったかくなってきちゃった!
「そうだよ」
「やっぱりそうなんだ! あたしね、前からそうだと思ってたの!」
 だって二人はとっても仲良しなんだもん。喧嘩もよくしてるけど、でもいつも一緒いるから。それに、お姉ちゃんがユーリお兄ちゃんを見るとき、フレンお兄ちゃんやほかの人を見るときとは違う、きらきらした目をしてるんだもん。ユーリお兄ちゃんもそう。ユーリお兄ちゃんがお姉ちゃんを見るとき、とびきり優しい目をしてるの、あたし知ってるんだから!
「ねぇねぇ、じゃあ二人は結婚するの?」
 お姉ちゃんがよく読んでくれる絵本には、恋人同士の二人は結婚するって書いてあった。じゃあ、ユーリお兄ちゃんとお姉ちゃんもそうなのかなあ。
「うーん、ちょっと気が早いかな。十六歳だしね」
「そうなの?」
「でも、そうなったらいいね」
 あたしが残念がっていると、フレンお兄ちゃんはあったかい笑顔でうなずいてくれた。
「フレンお兄ちゃんもそう思う?」
「うん。二人とも僕の大切な友達だから、そうなってくれたら嬉しいよ」
「あたしも!」
 あたし、ユーリお兄ちゃんとお姉ちゃんのことが大好き。だから、二人が結婚して、ずーっと一緒にいてくれたらとってもうれしい!
「なんだ、盛り上がってんな」
 フレンお兄ちゃんとうなずき合っていると、後ろからユーリお兄ちゃんの声がする。あたしはびっくりして、目をまんまるくしたまま振り向いた。そこには大きな紙袋を抱えたユーリお兄ちゃんとお姉ちゃんが並んでいる。
「なんのお話してたの?」
 お姉ちゃんがしゃがんであたしに聞いてくるから、あたしはぱっとフレンお兄ちゃんのうしろに隠れた。
「だめ! ひみつだから!」
 ないしょって約束したんだもん。本人でも言っちゃいけない。ううん、本人だから、言っちゃいけない気がする。
 フレンお兄ちゃんの背中から、そっとユーリお兄ちゃんとお姉ちゃんをのぞきこむ。ユーリお兄ちゃんは不思議そうに首を傾げて、お姉ちゃんは「えー?」と言いながらいつもみたいにニコニコ笑っている。
 二人とも普段と変わらないはずなのに、ユーリお兄ちゃんとお姉ちゃんが今までとちょっと違って見える。なんだかちょっとキラキラしているような、甘いにおいがするような。二人を見ていると、ドキドキしちゃう!
「そう言われると気になっちゃうなあ」
「ひみつなの!」
「そっか、残念」
「二人とも買い出ししてきたのかい?」
 フレンお兄ちゃんの質問に、二人はうなずいた。そして、お姉ちゃんがにこっと笑ってあたしに話しかける。
「ね、お砂糖がもらえたんだよ。だからユーリがお菓子作ってくれるって」
「ほんとう?」
 お菓子、という言葉にあたしは口を開けた。下町はあんまりお金がないから、お砂糖はたくさんは買えないって前に聞いたことがある。だから甘いお菓子はなかなか食べられない。でもときどき、本当にときどき、お砂糖が手に入るとユーリお兄ちゃんが甘いお菓子を作ってくれる。ユーリお兄ちゃんの作る甘いお菓子が、あたしは大好き。
「おう、あとで家まで来いよ」
「やったあ!」
 両手をあげて喜ぶと、フレンお兄ちゃんが「よかったね」と頭を撫でてくれた。
「作って待ってるから、みんなのこと呼んできてくれる?」
「はあい! フレンお兄ちゃん、一緒にいこ!」
「うん、行こうか」
 あたしはフレンお兄ちゃんの手を引いて、下町の奥へと走り出す。途中でちらっと振り返って、ユーリお兄ちゃんとお姉ちゃんのほうを見つめた。
 あいかわらず、ユーリお兄ちゃんは優しい目でお姉ちゃんを、お姉ちゃんはきらきらした目でユーリお兄ちゃんを見つめている。それはいつもと同じ顔。お互いを見つめるときだけの特別な表情だけど、みんながいるときでも見せる特別じゃない顔。
 あのときの顔は、キスしてるときだけなのかな。あたしはキスしてた二人を思い出す。
 空き家と空き家の間の狭い場所に、二人は立っていた。ユーリお兄ちゃんはお姉ちゃんにあわせて少しかがんで、左手はお姉ちゃんのほっぺたを包んでた。お姉ちゃんは空き家の壁に背中をつけて、右手でユーリお兄ちゃんの服の裾をぎゅっとつかんでた。そうして二人は目を閉じて、唇と唇をくっつけていた。キスのあとに目を開けた二人は、見たことない顔してた。お姉ちゃんは頬をピンク色に染めて、目をちょっと潤ませていた。ユーリお兄ちゃんは鋭い目で、でもとっても大切なものを見るような目で、お姉ちゃんを見つめてた。
 あのときの顔は、キスするときだけなのかな。きっとそうなんだろうな。二人のその表情を思い出して、あたしはまたドキドキしてきちゃう。
 お砂糖みたいな甘い表情。きっとあれは、ふたりだけの秘密の顔。