ユーリは狼に似ている
帝都の下町にある、宿屋の二階。ユーリの暮らすこの部屋にやってきたわたしは、窓から夕暮れ時の下町の様子を眺めている。
「あ、ラピードだ」
ここからちょうど真下の道に、ラピードと何頭かの犬猫がやってきた。ラピードは小さな犬たちにぶんぶんとしっぽを振られているようだ。
「礼でも言われてんのかもな」
ベッドに座っていたユーリも、こちらにやってきて窓からラピードの様子をうかがう。
「またビッグボスと戦ったんだっけ」
以前帝都を荒らしていたビッグボス。ラピードは再びそのビッグボスと対決をして勝利を収めたと聞いている。お礼というのはきっとその件だろう。……まあ、ユーリから聞いただけだから、本当にラピードが勝負していたのかは謎だけれど。ただ、実際にラピードは帝都の犬や猫たちに慕われている様子だ。
「ラピードって一匹狼……一匹犬に見えるけど情に厚いよね」
ラピードはクールだけれど下町の子供たちにも優しいし、帝都の犬猫のことも守ってくれているらしい。孤高の存在のように見えて、実は仲間想いの頼もしい存在のようだ。
そこまで考えたところで、似たような人間が頭に浮かぶ。わたしはじっとその人物を見つめた。
「どうした?」
その人物……隣にいるユーリは、突然見つめられたことに首を傾げた。
「ユーリって狼っぽいなーって思って。一匹狼ってよく言われてるし」
「なんだよ急に」
「でもすっごく仲間想いだし。狼も群れを大切にするって言うじゃない?」
わたしの言葉に、ユーリはふいと顔を背けた。
「別にそんなんじゃねえよ」
ユーリはわたしに背を向けたまま、窓から離れベッドに座る。
あ、これは照れているな。
珍しいユーリの様子に、わたしの心にちょっとした悪戯心が湧いてくる。わたしもベッドに座って、隣のユーリの顔を覗き込む。
「だってそうじゃない。カロルも言ってたよ、ユーリは仲間のことになると熱くなるって」
ユーリは顔を背けたままだけれど、黒い髪の間から見える頬がほんの少し赤く染まっている。赤くなったユーリが可愛くて、わたしはさらに言葉を続ける。
「下町のみんなにもそうだよね。ほら、水道魔導器が壊れたときもそうだったし。子供の頃もさ……」
指折り数えながら、ユーリの熱いエピソードを語って行く。ユーリは昔から下町のみんなのために動くことが多かった。仲間想いの逸話なら山ほどあるのだ。
「ハンクスさんもいつも言ってるよ。仲間のためにはなんでもやろうとしちゃうって。ふふ、かっこいいじゃん」
「……」
「ユーリ?」
ユーリは口を閉じたまま、ゆっくりとこちらを向いた。その頬はいつの間にか元の色白の肌に戻っている。
「お前、覚悟できてんだろうな」
ユーリはわたしの腕を掴むと、鋭い視線をわたしに向けた。口角を上げた、挑発的な笑みを浮かべながら。
あ、まずい。これ、からかいすぎた。ユーリの表情で悟ったけれど、もう遅い。
「あ、あの、ユーリ」
ユーリの綺麗な顔が、わたしの目の前に迫ってくる。妖艶な雰囲気に、わたしの心臓が大きく跳ねた。強い瞳に気圧されて、わたしの体は後ろへ傾いていく。
「狼なんだろ?」
色気をはらんだユーリの声が、小さな部屋に響く。
押し倒される、そう思った瞬間。
「ユーリ! ラピードがさー!」
高い声とともに、部屋のドアが勢いよく開く。大きな音にはっと我に返ったわたしは、ユーリの体を両手で押し返した。
慌てて視線を扉の方向にやれば、そこにはテッドとラピードの姿がある。どうやらテッドがラピードを連れてきたようだ。
「あれ、もいたんだ」
「あ、あはは……」
「テッド、お前ノックぐらいしろよ……」
ユーリはベッドヘッドにぶつけた頭をさすりながら、ゆっくりとテッドの方を振り向いた。
わたしはわたしで、テッドにバレないようこっそり息を整える。はあ、やっと落ち着いてきた。テッドも変に怪しんでいる様子はなく、ほっと胸を撫で下ろす。
「ユーリだってノックしないじゃん。ねえ、ラピードがさ、これユーリに渡したいって」
「なんだ……?」
ラピードが咥えていた丸いなにかをユーリに渡す。どうやら大きな毛玉のようだ。
「この間とは違うやつだな。帝都のやつらにもらったのか?」
「わふっ」
なんだっけ、前にもビッグボスとの戦いへの激励品としてもらったんだっけ。今回のものは勝利の品だろうか。
「ラピードは義理堅いな。やっぱり狼か」
「? ラピードは犬じゃん」
「細かいことはいいんだよ」
「適当だなあ。あ、狼と言えば、リュネさんに聞いたんだけど」
「あの貴族街の?」
「うん。狼ってさ、すっげー一途らしいよ。一回つがいになったら離れないんだって」
突然テッドが披露した豆知識に、わたしもユーリも目を丸くする。
「ラピードも狼っていうなら一途なのかなー」
「フゥン……」
「ん? もう行くの?」
「わふっ」
「もう、仕方ないなあ。じゃーね、バイバーイ」
ラピードに促され、テッドはラピードとともに去っていく。
急にしんと静まりかえった部屋で、わたしはじっとユーリを見つめた。
「……ユーリも一途?」
狼は一途というのなら、ユーリは? 顔を覗き込むと、ユーリは少し照れたような困ったような、苦い顔を浮かべる。
「お前な……」
「狼なんでしょ?」
「……、そんなに襲われたいのか?」
ユーリはため息をついて、呆れたような声を出す。雰囲気からして本気ではないのだろうと悟ったわたしは、さらに一歩ユーリに体を近づけた。期待の眼差しで、じっとユーリの深い色の瞳を見つめる。
「本当に狼ならいいよ」
一人でいるのが好きなように見えるけれど、本当は仲間想い。大切な人のためなら、危険も顧みない。優しい熱い心を持った人。
そして、わたしがユーリをずっと想っているように、ユーリもわたしをずっと想ってくれている。わたしの知っているユーリは、まるで狼のような人。
一途でいてくれていることも、本当は知っている。でも、ユーリの口から聞きたいじゃない。
ユーリは一瞬目を丸くするけれど、すぐに表情を変えた。口角を上げたいつものあのクールな笑みに、艶を乗せた妖しい色。
「狼だよ」
言葉の直後に、狼のキスが降ってくる。
部屋の鍵だけは、ちゃんと閉めておかなくちゃ。