ユーリの大切なものの話
※ザウデ攻略中の時間軸です
帝都が災禍に見舞われて、数日。避難していたザーフィアス城から自宅へと戻ったわたしたち下町の住民は、町の後片づけに追われていた。
「忙しそうだね、手伝うよ」
「フレン」
水道魔導器から水を汲んでいると、坂の上からフレンがやってきた。
帝都が襲われたあと、ユーリたち凛々の明星とフレンは海の真ん中に現れた巨大魔導器へと戦いに向かっていた。が、少し前に「最後の準備を」と言って一度帝都に戻ってきたのだ。
「ユーリは?」
「市民街で備品の買い足しをしてるよ。そろそろ帝都は出発かな」
フレンは水を汲むと、軽々と桶を運び出す。
「帝都を出たらあの海の真ん中の……ザウデだっけ。あそこに行くの?」
「いや、帝都では買えない装備もあるし、一度ほかの町の様子も見たいから世界を回るよ」
「そっか」
「ユーリと離れて寂しいかい」
心の内を言い当てられて、わたしははっと隣を歩くフレンの顔を見上げた。フレンはいつもと変わらない優しげな笑みを浮かべている。
「そりゃ……寂しくないって言ったら嘘になるけど。でも、ユーリは一つの場所に留まるより、いろんな場所を飛び回っているほうが似合ってるしね」
恋人と離れているのだから、寂しい気持ちはあるに決まっている。しかし、騎士団を辞めてからずっとくすぶっていたユーリが、今は生き生きとした表情で世界を巡っている。そんなユーリを見れば、ユーリの旅を止められるはずもない。
「時間があればちゃんと下町に帰ってくるし……あと、前からしょっちゅうお城の牢屋に一週間ぐらい入ってたからね。会えないのは慣れっこだよ」
「嫌な慣れ方だな……」
フレンは苦笑しながら、水路のない裏道に水を撒いた。
「あはは、まあね」
わたしも同じように桶をひっくり返す。水が坂道を下って、汚れを押し流していく。
「あ、ただ外で浮気しないか、ちゃんとフレンが見張っててよね」
笑いながら、冗談交じりの言葉をフレンに投げかける。あ、でもフレンもいつも一緒に旅しているわけではないんだっけ。
「心配いらないんじゃないかな」
フレンはわたしの手から空桶を取ると、にっこりなんて擬音が浮かびそうな笑みを浮かべた。
「が一番知っていると思うけど、ユーリはのことをとても大切に思っているからね」
思ってもみなかった返しに、わたしの頬がぽっと熱くなる。
い、いや、冗談半分どころか、九割冗談だったんだけれど。「了解したよ」なんて、笑って答えてくれるのを期待していたんだけれど。
「あ、あの、フレン。別にそんな真面目な話じゃなくてね……」
「ふふ、大切にされてることは否定しないんだね」
「フレン!」
からかうようなフレンの言葉に、わたしは思わず大きな声を出す。しかし、フレンはわたしの反論などお構いなしに笑顔を見せるだけ。フレンってこういうところ、「ユーリの親友」だ。
「あ、噂をすれば」
フレンが「ほら」と言って、塞がった両手の代わりに顔を動かして坂の上を指した。そこには市民街から降りてくるユーリの姿がある。
「フレン、いたいた。エステルとリタが呼んで……」
ユーリはこちらへやってくると、わたしの顔を見てふっと顔をしかめた。あ、まずい。顔が赤くなっているの、ユーリに気づかれたかもしれない。
「わかった。二人は市民街かい?」
「そうだけど……」
「ちょっと行ってくるね」
フレンは空桶をユーリに渡すと、爽やかな様子で市民街まで駆け上がっていく。
一方、残されたわたしたちには沈黙が走る。う、なんだか気まずい。わたしは隣のユーリの顔が見られずに、ユーリから顔を逸らすようにうつむいた。それでも、ユーリの虫の居所が悪いことは伝わってくる。
「……フレンとなに話してたんだよ」
いつもより一段低いユーリの声に、わたしは肩を震わせた。
「べ、別にたいした話じゃ……」
フレンとの会話をそのまま話すのは照れくさくて、わたしは目を泳がせた。いや、だって、ねえ。あれを本人に話せと言われても。
「ふーん?」
ユーリは笑っていない笑みを浮かべ、じっとわたしを見つめてくる。あまりに強い視線に、わたしは思わずたじろいだ。どうにか逃げられないか考えるけれど、ユーリが逃がしてくれるとは思えない。
「えーっとですね……」
「…………」
口ごもるわたしを、ユーリは黙って凝視する。早く話せと言わんばかりの様子で。
考えてみれば、自分の彼女がほかの男の前で顔を染めていたら、ユーリだっておもしろくないだろう。その男がユーリの親友のフレンであっても。いや、むしろフレンだからこそ、ユーリにとってはより不愉快なのかもしれない。
「あ、あのですね……」
いろんな意味で観念したわたしは、事の次第をユーリに話すことにした。言いにくいけれどもう仕方ない。わたしだってユーリがほかの女の子の前で赤くなっているのになにも話してくれなかったら不安になるし、そもそもこの状態のユーリから逃げられると思えない。
「えっと……」
「……」
「旅の間、ユーリが外で浮気しないように見張っててねって冗談でフレンに言って……」
「はあ?」
ユーリは呆れた声を出すけれど、すぐに口を閉じる。今の話だけではわたしの頬が赤かった理由がつかないから、言葉の続きを待っているのだろう。
ユーリの顔を見ながら話せる気がしない。わたしは俯いてユーリから視線を逸らしたまま、もごもごと口を動かす。
「そしたらフレンが……」
「……」
「……ユーリは君のこと大切に思っているから、そんな心配いらないよって……」
う、また顔が熱くなってきた。恥ずかしすぎて今すぐこの場から逃げ出したい。なんでこんなこと本人に言わなきゃならないんだ。
ユーリはどんな顔をしているのだろう。わたしは下を向いたまま、おそるおそる視線だけをユーリに向けた。
「バーカ」
ユーリは呆れた顔を浮かべると、わたしの頭をぽんと叩く。表情と裏腹な優しい感触に、わたしは胸を高鳴らせた。
「変な心配してんじゃねえよ」
「べ、別に本気で心配してたわけじゃ……」
「するわけねぇだろ」
ユーリは大きなため息を吐くけれど、そこにはどこか暖かみがある。
わたしは上目遣いのまま、じっとユーリを見つめた。
「……大切にしてるって、否定しないんだ?」
ユーリは浮気については「変な心配」と言ったけれど、「大切にしている」ということに対してはなにも言わない。否定しないと言うことは、そう思ってくれていると期待していいのかな。
ユーリはふいと顔を逸らすと、わたしの頭をくしゃっと撫でた。
「が一番わかってんだろ」
長い黒髪で隠れているけれど、髪の隙間から見えるユーリの頬はほんの少し赤くなっている。
「……うん」
わたしはユーリの手に触れた。大きなユーリの手のひらが、わたしの手を包み込む。
ユーリとフレンの言うとおり、ユーリがわたしを大切に思ってくれていること、わたしが一番知っているよ。