2nd day

 に「早く帰れないか」と言われたが、今日ばかりは無理だった。今日は前々から決まっていた重要な客先訪問だ。いつものように0時前なんてことにはならないだろうが、少なくとも20時は回りそうだ。の入院している病院の面会時間は20時まで。菫はに会いたがっていたが、今日は連れて行ってやることができない。


 20時半、家のドアを開ける。真にしてはかなり早い帰宅時間だ。

「おとうさん、かえってきた!」

 リビングのほうから菫の声が聞こえてくる。恐らくベビーシッターに言っているのだろう。

「おとうさん、おかえり!」

 リビングのドアを開けると、菫がテーブルで絵を描きながら笑いかけてきた。

「…ただいま」
「おかえり!今日はやい」
「そりゃまあ…」

 さすがにこんなときまで深夜帯まで仕事をするわけもない。頭を掻きながらそう言うと、菫の横にいた年配ベビーシッターが笑う。

「菫ちゃん、お父さん早く帰ってきて嬉しいみたいですよ」
「…まあ」
「奥さん入院して大変でしょうけど…私もなるべく協力しますので」
「いつもすみません」

 真はいつもの愛想笑いをする。学生時代に比べ頻度は減ったが、彼の猫かぶりは健在だった。とはいえ、それは至って普通のことだろうと真は思う。職場や外で自分を曝け出す奴はいないだろう、と。

「じゃあ、私は失礼します。菫ちゃん、バイバイ」
「ばいばーい!」

 そう言ってベビーシッターは帰って行った。必然的に真と菫が二人きりになる。

「おとうさん、ごはん食べた?」
「いや、まだ。お前は」
「食べた!おふろもはいった」
「じゃあもう寝ろ」

 20時半といえば幼児はもう寝る時間だ。は遅くとも21時までに菫を寝かせているはず。

「えー…」
「ガキはもう寝る時間だ」

 そう言えば菫は明らかにしゅんと落ち込んでしまう。しかし、4歳児で20時半は決して早い就寝時間ではない。

「…おやすみなさい」

 落ち込んだまま、菫は自分の部屋へ行く。この年ですでに夜更かしを覚えているのかと少々不安になるが、素直に言うことを聞いている辺りそこまで深刻になるものでもないだろう。
 真は自分の分の食事を手早く作る。一人暮らしの経験もあるし、家事全般は問題なく出来る。ただ、最近は、技術的にできても、仕事のせいでする時間が最近はなかった。
 食事をしながらノートパソコンをつける。持ち帰った仕事をするためだ。