9月。2年生になって半年が経った。 は毎週水曜と金曜の昼休みに屋上にやってきた。 オレは屋上で昼飯を食ってそのまま本を読むことが多いが、は昼飯を食ってきてから屋上に来ているようだ。 学食で食ってるんだか教室で食ってるんだか知らないが。 「あ、新しい本だ」 は屋上にやってきて開口一番そう言った。 「それ新刊でしょ?面白い?」 「読み始めたばっかだからわかんねえよ」 「それもそうか」 そう言ってはオレの隣に座って、持ってきた本を読み始める。 いつも大体こんな感じだ。 一言二言会話して、その後無言で読み始める。 あのとき屋上に来たやつがベラベラしゃべらないやつで助かった。安心して読書に専念できる。 ・ ・ ・ 「あ、予鈴…」 昼休み終了を告げるチャイムが鳴る。あと5分で5時間目が始まる。 栞を挟んで本を閉じて立ち上がる。 も立ち上がってぽんぽんとスカートの埃を払った。 クラスが同じなものだから、当然目指す教室は同じだ。 とはいえ一緒に戻ろうとしてるわけじゃない。 いつも歩くのがオレのほうが早いためオレが先に行く。 基本、は何も言わない。 一言二言言葉を交わして、無言で本を読む。 そんな数少ない会話の中で一つだけについてわかったことがある。 がずいぶん恋多き女であるということだ。 * 次の週の水曜日、は今日もまた屋上にやってきた。 が持っているのは先週とは違う本だ。 は速読…とまではいかないが読むのが早いらしく、大体いつも違う本を持っている。 「新刊?」 「あ、これ?ううん、図書館で借りてきたの。野球の本」 は嬉しそうな顔でオレに本の表紙を見せてくる。 ラノベではなく一般小説のようだ。 野球の本、ということは。 「野球部の橋本君がかっこよくって」 ああ、やっぱりなと納得する。 は大体1、2か月に一度こういうことを言う。 どこぞの部のだれそれがかっこいいから、そう言ってその部に関連した本を読んでいる。 確か夏休み前は吹奏楽部の山…山なんとかくんがかっこいいとか言ってブラスバンドをテーマにしたラノベを読んでいた。 「今度は野球ね…」 「うん」 は座って持っていた本を読み始める。 「恋多き女」というのはオレの評ではなく自身の自称だ。 「私惚れっぽくってさ」と冗談交じりに話すをわざとわかりやすく鼻で笑った。 は慣れているらしく大して気にしていなかったが。 は自身を惚れっぽいというが、オレはの想いを認めない。 人を好きになるって言うのは、そんな軽いもんじゃねえだろ。 苛ついた気持ちでを横目で見ながら、本の続きを読み始めた。 ・ ・ ・ そうしている間に予鈴が鳴る。 オレもも教室に戻るために自然と立ち上がった。 教室が同じだからオレたちは同じ方向に歩き出すわけだが、別に一緒に行こうと約束しているわけではない。 大体オレが先に行っている。 「あ、黛くん」 珍しくが話しかけてくる。 顔だけ振り向いて、「なに」と聞いた。 「野球のおすすめの本あったら教えてね」 「…考えとく」 そんな話か。「考えとく」と言ったものの紹介する気はない。 そもそも野球のラノベはオレは読んだこともないが。 早足で階段を駆け下りてく。 何が「恋多き女」だ。 恋ってもんは、そんな軽いもんじゃねえだろ。 それは、今オレが、に抱いているような気持ちのことを言うんだろう。 「…ちっ」 自分で自分の考えに舌打ちをする。 ふざけんなよ、オレ。 自分でもなんでこんな女を好きになったかわからない。 だけど、いつの間にか心の大半をで占められていることに気付いてしまった。 最初こそが「だれそれがかっこいい」とか言うのを聞くのは胸の奥が傷んだものの、今はどうでもいい。 アイドルだの俳優だのに言う「かっこいい」と同列だからだ。 だが、がその気持ちを「恋」だなんていうのだけは腹が立つ。 腹が立つくせに、また金曜、が屋上に来るのを待ってしまっている自分がいる。 ← top → 15.03.17 |