4月。 俺たちは3年生になった。 2年から3年に上がる際はクラス替えがない。 つまりとはまた同じクラスというわけだ。 3年になっても変わらず、オレとは水曜と金曜に屋上で本を読んでいた。 「私たち、受験生なのにねえ」 が苦笑しながらそう言った。 確かに高校3年と言えば受験だ。オレもも受験組なので尚更。 「別に昼休みまで勉強漬けするほどじゃねえだろ」 まったく勉強せずに志望大学に受かるほどの頭は生憎持ち合わせていないので受験勉強自体はしているが、昼休みを削ってまで勉強する気はない。 息抜きが大切なものだというのは17年しか生きていないオレでもわかってる。 「でも黛くん部活もあるでしょ?大変じゃない?」 は首を傾げながらそう言ってくる。 確かに以前に「バスケ部に入っている」と言ったことはある。 たった一度の会話だったのに、それを覚えていたのか。 「…辞めたから」 ぽつりと小さくつぶやいた。 バスケ部はついこの間辞めた。 このままいたところで試合に出るどころか1軍昇格もできないだろうし、バスケ部に所属し続ける意味などない。 だったら受験勉強や趣味に使ったほうが有意義な時間が過ごせるだろう。 「そうなんだ」 はそれだけ言って本に視線を落とした。 オレがを付き合いやすいと思う理由の一つがこれだ。 は饒舌な割に相手のことに踏み込んでこない。 自分のことはいくらでも喋るくせに、オレのことは深く聞いてくることはない。 パーソナルスペースが大事なオレにとって、のそういうところは居心地がよかった。 そして今日もオレたちは黙々と本を読みふける。 * 6月。 梅雨のこの季節は、屋上には行ったり行かなかったりだ。 雨の中屋上で本を読むほど馬鹿じゃない。 6月最後の週の水曜は、見事な晴天だった。 昼休み、早速屋上に…行きたいところだったが、今日は部活のミーティングのため遅くなった。 部活を辞めることをやめ、1軍に昇格して少し経つが、このミーティングは面倒だった。 別にオレの意見が通るわけでもないミーティング。言いたいことがあるわけでもないが。 今日も周りの意見を聞いてるだけのミーティングを終え、屋上へ向かった。 途中、喉が渇いたので自販機でコーヒーを買った。 洛山の自販機は学校のそれにしては品揃えが豊富だ。コーヒー、紅茶、緑茶…定番のものの他にジンジャーエールだのの炭酸もある。 「…?」 いつも買っている自販機でコーヒーを購入すると、隣の自販機が新しくなっていることに気付いた。 前にあったものは紙パックの自販機で、牛乳やオレンジジュースが売られていたが、新しく出来た自販機はなんとアイスが売られている。 いくら品揃えが自慢だからってこれはやりすぎだろう。 「…」 少し考えた後、自販機でアイスを二つ買った。 一つは当然自分の分、もう一つは屋上にいるであろうの分だ。 別にアイスで好感度を上げようとか思ったわけじゃない。 なんとなくの気紛れだ。 読みかけのラノベとコーヒーと二人分のアイスを持って屋上へ向かった。 屋上のドアを開けると、ギイ、と古めかしい音が鳴る。 いつもの場所にはいた。 「……?」 は本を読まずに、ボーっと空を見ている。 「おい」 「あ…っ、黛くん」 オレが来たことにすら気づいていなかったのか、声を掛けるとは驚いた顔をした。 オレの存在を認識した後もはどこか心ここにあらずという顔をしている。 明らかに様子がおかしい。 「…?」 は体育座りになって、顔を膝に埋めた。 声が掛け難い雰囲気で、オレはそのまま隣に座った。 「…あ、そういえばちょっと久しぶりだね」 「まあ、雨だったからな」 は思い出したようにそう言った。 言いたいことはそれではないとひしひしと感じる。 「遅かったけど、何かあったの?」 「…部のミーティング」 「え、部?」 「…辞めるのやめたから」 「あ、そうなんだ…」 オレが部をやめていないことなど今のにはさぞどうでもいいことなのだろう。 見事なまでに温度のない返事だ。 「…黛くん」 「ん?」 「剣道部の、山本くん知ってる?」 嫌な予感がした。 今までこういうことは幾度となくあった。 どこそこの部のだれそれがかっこいいとが言って、オレが「ふーん」とだけ返す。 のミーハー話に適当に相槌を打つ。 だけど、今回は明らかに違う。 「…知らない」 「そっかあ…」 の頬が赤いのは気温のせいではないだろう。 「…何、また惚れただのって話かよ」 そう聞けば、いつも通り「そうなんだよね。かっこいいよね!」なんて軽い返しが来るかもしれない。 わずかな希望にかけてそう問いてみたが、は俯くばかりだ。 何も返事をしてこないことが、何よりの肯定だった。 がこれから誰に惚れようと、一時の軽い感情だと思っていた。 けれど現実はそんなはずもない。 手の中のアイスが、どろりと溶けた。 ← top → 15.06.23 |