インターハイ3日目、陽泉バスケ部は順調に勝ち進んでしる。
私はホテルのロビーのソファに座ってメールを打っていた。

「今日も…勝ったよ…っと」
「メール?」
「わっ!」

突然後ろから聞こえてきた声に振り向くと、そこには氷室がいた。

「驚かせちゃった?」
「ま、まあ…」

全く気付かなかった。そんなにメールに集中していたんだろうか。
氷室は私の隣に座った。

「家族と友達にね、今日も勝ったよって」
「ああ、なるほど。…で、なんで離れるの?」
「え」

氷室が隣に座ったとき、少しだけ氷室の座ったところから離れた。
そっと移動したつもりだったんだけど…。

「ちょっと傷つくなあ」
「いや、だって氷室が変なこと言うから…」
「変なこと?」
「…この間の、ツボにはまったとか」
「ああ、あれね」

正直まだちょっと恥ずかしい。
氷室自体が嫌というか、警戒してしまうと言うか…。

「そう言われると余計にまた言いたくなるな」
「…なんかこの数日で氷室のイメージがガラッと変わっちゃったんだけど」
「オレは元からこういう性格だよ」

そりゃ、まだ知り合って1週間ちょっと。
イメージ変わって当たり前なんだろうけど、なんというか…。

「まあ、そんなに警戒しないでよ。別に噛みついたりしないから」
「噛み…」

氷室の言葉に思わず吹き出す。

「そういえば、なんで部屋じゃなくてここにいるの?」

氷室はさっきまでの会話を全く気にしていないのか、普通に新しい話題を振る。

「ここにいれば誰かくるかもしれないから。部屋にいてもどうせ一人だからつまらないし」
「ああ、そっか」

部屋でやれることと言えばテレビを見ることと携帯をいじることくらいだけど、それだったらここでもできる。
だったら誰か部員も来るかもしれないし、ここでやってたほうがいい。

「もしかして昨日もここにいたの?」
「うん」
「そうなんだ。じゃあ昨日も来てればよかったな」

どういう意味か気になるところだけど、聞かないでおこう。
また何か変なこと言われそうだ。

、大分慣れたみたいだね」
「え?」
「開会式の日は慌てて『スコアシートの書き方教えて』って言ってたけど、試合中は落ち着いてたし」
「いや、試合中も緊張しちゃっていっぱいいっぱいだよ。まあ、でもお陰様でミスなくやれています」

氷室の方を向いて深々お辞儀をする。

「役に立てたようで何より」
「本当ありがとうね」
「どういたしまして」

…うん。私の最初に抱いたイメージは間違ってはいないんだと思う。
穏やかで、優しい人だと思う。それは間違いない。
…ただ、それだけじゃないだけで。

「氷室はやっぱり試合出たい?」
「そりゃ、まあね」
「じゃあ残念だね」
「でも、頑張って応援はするよ。まだ入部して少ししか経ってないけど、自分のチームだからね」
「あ、それわかる」

私なんてバスケ部の練習に参加するようになって一週間ちょっと。
それでも純粋に頑張ってほしいと思う。
みんなの練習を見ていると、余計に。
自分がそこまで一生懸命になったことがないせいか、頑張る部員を見ていると、とてもすごいと思う。
すごい、なんて単純な言葉では言い表してはいけないと思うけど、それしか出てこない。

「明日も勝てるといいなあ」
「だね。じゃあ、明日に備えて今日はそろそろ戻った方がいいんじゃない?」
「そうだね、時間も時間だし」

携帯の時計を見るともうすぐ消灯の時間だ。
部屋に戻って寝る準備をしないと。
携帯をポケットに入れて立ち上がる。

「部屋まで送るよ」
「え、別に大丈夫だよ」

確かに、急いで部屋を取ってもらったせいか、私の部屋は他の部員とは少し離れたところにある。
だけど普通のホテル。特に送ってもらう必要もないような気がするけど…。

「遠慮しなくていいよ」
「そこまで言ってくれるなら…」

ありがたい申し出ではあるし、受け入れることにする。
まあ、離れているとはいえ同じホテル。
今日の試合の話をしていたらあっという間に部屋に着く。

「ありがとね」
「どういたしまして」
「うん、おやすみ」
「あ、ちょっと待って」
「?」

氷室に呼び止められたので、部屋のドアを開けず立ち止まる。
なんだろう。

「ねえ、
「うん」
「名前で呼んでいいかな」
「うん…って、え?」

名前、名前で…?
恥ずかしながら男子に名前で呼ばれるなんて、家族以外は幼稚園の時以来ないのだ。
それなのに、知り合ってまだ一週間ちょっとの男の子に、名前で…。

「あんまり苗字で呼びたくないんだよ。なんか失礼な感じがして」
「あ、そっか…」

外国では苗字呼び捨ては失礼にあたるとか聞いたことがある。
なるほど、そういうことか…。
言いたいことはわかるけど、抵抗があるというか、照れると言うか。
素直にOKとは言い難い。

「嫌?」
「嫌というか、少し恥ずかしいっていうのもあって…」

それにこの間紫原に「付き合ってるの?」なんて話をされたばかり。
それなのに、そのすぐ後に名前で呼ばれたりしたら余計誤解を招きそうだ。

「えっと…」

口ごもっていると氷室はすかさず口を開く。

「ダメかな?」

そう言われたら断れるはずがない。

半ば無意識に「いいよ」と言ってしまった。

「よかった。じゃあ、もう帰るね」
「う、うん。おやすみ」
「おやすみ、

名前で呼ばれると、思わず顔が赤くなる。
氷室の顔が少し笑ったのが見えた。



「………はあ……」

部屋に入って、ベッドに突っ伏す。

苗字で呼ぶのに抵抗があるのは本当のことなんだろけど、多分ちょっと楽しんでる。
断われればよかったのに、と思いつつ、こういうとき断れない自分が憎い。
なんだかどこかでこんなことがあったような…。

あ、そうだ。マネージャー頼まれたときだ…。

私はどうやらあの氷室の顔に弱いらしい。
そりゃ、あんな顔であんなふうに言われたら断れるはずがない。

氷室が穏やかで優しいというイメージはやっぱり間違ってないと思う。
文句一つ言わず練習後にルールを教えてくれて、今日も部屋まで送ってくれて。
優しい人だと思う。うん。

…いろいろ余計なことを考えてしまう前に寝よう。

そう思って、私はさっさと寝る準備をしてベッドに入った。






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12.09.07