今日の試合も勝利という結果で終了。
よかった、なんて思いながら今日もホテルのロビーへ向かった。

「おー、
「福井先輩」

今日は福井先輩がいる。
私は先輩の前のソファーに座った。

「今日も勝ちましたね」
「おう、やっぱいい気分だな」

福井先輩は笑顔でそう言う。
うん、勝利は、みんなの努力が実る瞬間は何度見てもうれしい。

「そういや、ここに何しに来たんだ?」
「部屋にいてもどうせ一人なんで、ここにいれば誰か居るかなと思って。こっち来てからは毎日ここにいますよ」
「ああ、なるほど。んじゃ昨日も誰かここにいたのか?」
「昨日…」
「?」
「…氷室がいましたけど」

正直、氷室の名前は出しにくい。
というのは、今日の試合後、会場からこのホテルに帰るときのこと。



周りに誰がいようと関係ないのか、氷室は普通に下の名前で私を呼んだ。
名前で呼びたいと言われ、それを了承したんだから当たり前なんだけど、まさかあんな大勢の前でも普通に呼んでくるとは。
これでも私はバスケ部唯一の女子。
昨日まで「」呼びだったのがいきなり「」呼びとなれば当然注目が行く。
あからさまに騒いだりはしないけど、みんなの視線をひしひしと感じた。
正直、みんなの前で呼ばれるのがあんなに恥ずかしいとは思わなかった。
平気な顔をしている氷室と、緊張で堅くなる私というアンバランスな光景が広がったのだ。

「…なあ、変なこと聞くけど」
「はい…」

そんな前置きをされれば、次につながるだろう質問は簡単に思いつく。

「お前ら付き合ってんの?」

ああ、やっぱり…

「違います、付き合ってないです」
「…いや、前さ、同じこと氷室に聞いたんだよ」
「え?いつ…」
「ほら、お前等が部室で勉強してたとき。まあ冗談半分にだけどさ。そん時違うって言われて「そっか」って思ったんだけど、なんか今日いきなり名前で呼んだりしてるし…」
「あれは、氷室がアメリカ暮らし長くて、ファーストネームのほうが呼びやすいって言うんで」
「…ふーん」

…なんでだろう。実際口に出して理由を説明するとすごく嘘っぽい。本当のことなのに。

「あの、だから誤解しないでください」
「まあ、どっちでもいいんだけどよ」
「何話してるんですか?」
「うわっ!?」

振り向くと、そこにはもう一人の当事者、氷室がいた。
そんな話をしていたからちょっと気まずいような…。

「た、大した話じゃねーよ」
「?」

怪訝そうな顔をしながら氷室は私の隣に座った。
ついまた一つ分離れると、氷室は苦笑する。

「何もしないってば」
「え」

そんなやりとりを見て、頭の上に疑問符を浮かべる福井先輩。
「あの、気にしないでください」と言っておいた。

「…オレ、そろそろ戻るわ」
「え、」
「じゃーなー」

福井先輩は居た堪れなくなったのか、そそくさと去って行ってしまった。
そりゃ、確かに噂をしていた相手がいたら居づらいけど…

、どうしたの?」
「え?」
「なんかボーっとしてるよ」
「…あ、その」
「?」

氷室は私が何か言うのを待って、じっと見つめる。
そう見られると言いづらい、けど言おう。

「あのさ」
「うん」
「名前で呼ぶとさ、いろいろ誤解されるし、やめたほうがいいんじゃ…」
「誤解?」
「その、付き合ってるとか」

氷室は少し真剣な眼になる。
一度了承しておいて、すごく我儘なことを言ってるのはわかってる。
でも、名前で呼ぶ前ですら「付き合ってるの?」なんて言われてたし、これで下の名前で呼ばれたりしたらもっと誤解されてしまうだろうし…。

「オレは別に構わないよ」
「か、構わないって…」
「それに、アツシだってのこと名前で呼んでるよ?」
「あれはあだ名だし、みんなのこと同じように呼んでるし」
「アツシはよくてオレはダメなの?」

氷室は私の顔を覗き込むようにして言った。
うっ…。そんなに見られると、恥ずかしい。
一つ分空いていたはずの距離はいつの間にか埋まってる。

「そ、そうじゃなくて」
「オレは別に気にしないし、も別に気にしなければいいんだよ」

いや何その論理!?と突っ込みたいけど突っ込めない。
氷室の私をじっと見つめる瞳が痛い。

「じゃあさ、質問を変えるよ」
「な、なに?」
「名前で呼ばれるの、嫌?」

思いがけない言葉に、言葉を詰まらせる。
嫌か嫌じゃないかと聞かれれば、それは、

「周りとか関係なしにさ。どう?」
「それは、」

嫌じゃない。
嫌なわけがない。

「嫌?」
「嫌じゃ、ないけど」
「じゃあ決まりだ」

氷室は笑ってそう言った。

また何か言われるかもしれないけどしょうがない。
そんな聞き方されたら、断れるわけがないじゃない。



優しい声でそう呼ばれる。
名前で呼ばれるとドキドキして、どこかくすぐったいような気がして、
そして、すごく嬉しくなる。







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12.09.14