お盆休みも終了。夏休みも残りわずか。
その残りわずかの期間でやることと言えば、運動部お約束の夏合宿。

まあ合宿といえど、私のやることはほとんど変わらない。

「あ、ー、ちょっとこっちいいかー?」
「はーい」

夏休み最初に比べて、仕事はずいぶんできるようになったと思うし、部員から何か頼まれることも多くなった。
自信過剰でなく、役に立てている、とちゃんと思える。

…うん、今日の練習が終わったら岡村先輩と福井先輩に言おう。

ひっそり心の中で決意を固めた。


「あ、何?」

氷室に呼び止められて後ろを振り向く。

「あ、っと…」

振り向いて氷室の方を向いたのだから、当然氷室と目が合う。
わかっていたけど、やっぱり少し気恥ずかしくて俯いてしまう。

花火大会で手を繋いだときから、どうにも恥ずかしくて、ちゃんと氷室の顔を見られない。
でも、話してるのに俯いたままなんて失礼だし、嫌な気分にさせてしまうだろう。
意を決して顔をあげる。

「あの、何かあったの?」
「テーピングがもうないんだけど、替えってどこかな」
「ああ、それだったらまだ持ってきた荷物の中だから、ちょっと待ってて?」

そう言って、体育館の入り口に置いてある、学校から持ってきた荷物のところへ向かう。

うん、大丈夫。
まだドキドキするけど、ちゃんと目を見て話せる。
…本当にドキドキするけど。





「あの、先輩」

今日の練習も終わり、あっと言う間に夜。
一年生が体育館の片づけをする中、岡村先輩と福井先輩は体育館の入り口で何か話してる。
幸運なことにちょうど二人一緒にいる。
ちょうどよかった、と思い話しかける。

「どうした?」
「ちょっと話があるんです」
「ん?なんじゃ?」

大丈夫、後悔したりなんてしない。
少し緊張しながら話を続ける。

「あの、夏休み終わってもマネージャー続けたいんです」
「…え?ええっ!?マジで!?」
「はい、マジです」
「本当にいいのか?」

念を押す先輩たち。
大変だというのはわかってるけど、決めたから。
ウィンターカップで応援するだけの立場は寂しすぎると思ったから。

「ありがとうな」

岡村先輩は大きな手で私の頭をぽんぽんと叩いた。
二人がとても感謝してくれているのがわかって、すごく嬉しくなる。
頑張ってよかったと、頑張ろうと決めてよかったと思う。

「ま、でも二学期になったらまたマネージャー募集掛けるよ。もいくらなんでも一人はきついだろ」
「そうですね、そのほうがありがたいです」

バスケ部は大所帯。
正直私一人では物理的に無理だから、もしマネージャーが増えるならありがたい。
それに、女子一人なのはちょっと寂しいし。

「あ」

体育館の外の水道に氷室が見える。
氷室にも早めに言っておこう。
そう思って氷室の元へ走って向かう。

「氷室!」

氷室は丁度顔を洗い終わったところのようで、タオルで顔を拭いている。

、どうしたの?」
「あのね、私、夏休み終わってもマネージャー続けることにしたの」
「え、本当?」

氷室は少し驚いた顔で聞いてくる。
いいんだ、大丈夫。私は頑張れる。

「うん。さっきも先輩達にも話したから」
「そっか、ありがとう」
「ううん、お礼を言うのはこっちのほうだよ」
「?」
「あのね、バスケ部のマネージャーやってみて、バスケ部の人たちすごく頑張ってるなって思って、すごいと思ったの。だから私も頑張らなきゃって思って、マネージャー頑張ったら、大変なこともあったけど楽しかったから。もう少しやってみたいと思ったんだよ」

初日、バスケ部の人たちを見て、「すごい」と思ったのが素直な感想だった。
何か一つのことに一生懸命になる姿はこんなに素晴らしいことなのだと。
私もそれにちゃんと応えなくちゃと思った。いい加減な気持ちでやってはいけないと。
だから私も一生懸命やって、これまでの毎日、大変ではあったけどとても充実してたから。
この気持ちを夏休みだけで終わらせたくないと思ったのだ。

「こんな気持ちにさせてくれたのは氷室たちなんだよ。だから、ありがとう」

こんなに頑張ったことがなかったから、こんなに充実した毎日があるなんて知らなかった。
大変だけど、楽しいから。
だから、ありがとうと言いたい。

「そんなふうに思ってたんだ」
「うん」
「そんなに大層なことはしてないけど、そう思ってくれるのは嬉しいな」

氷室はそう言うと、私の頭を撫でる。

「ありがとう」
「あ、う、うん」

さっき岡村先輩と同じことをされたはずなのに、なんだか全然違うことをされているような。
嬉しいことは嬉しいんだけど、なんだか、こう…。

心臓がドキドキしてしまって、仕方ない。

そんなことをぐるぐる考えていると、すっと氷室の手が離れる。

「もう行こうか」
「うん」

そう言って合宿所へ向かう。

手が離れたのがホッとしたような、残念なような。
自分の気持ちの正体になんとなく気づきながら、知らないふりをする。









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12.10.19