合宿2日目。
今日の練習の〆はゲームのようだ。

1軍同士のミニゲーム。
上手い人のプレイを見るのも勉強、ということもあってプレイする人以外は見学。
そうなれば私も特にすることがないので、一緒になって見学する。
適当に空いていた場所に座る。
タオルが置いてあるけど、多分試合をする人のものだろう。

「組み分けは?」
「レギュラーは…副主将と劉と紫原が赤だな」

隣から聞こえてきた会話に耳をそばだてる。
じゃあ氷室は岡村先輩と一緒のチームか。

「紫原が赤かー、んじゃ赤のが有利かねえ」
「でも白には主将と氷室いるじゃん」
「あー、氷室も強えもんなあ。本場帰りは反則だよな」

誰が強い、うまいとかは漠然としかわからない。
一軍レギュラーたちがうまいのはわかるけど、その中で誰が一番うまいとか、そこまでは無理だ。
彼らの話を聞く限り、氷室はその中でも一二を争うほどの実力のようだ。

「お前ら、準備はいいか?」

監督の呼びかけに答えるレギュラー陣。
いよいよ始まるようだ。





試合終了を告げる長い笛。
結果は僅差で赤組の勝ちだった。

「お疲れ様」
「ん、ああ…」

私の隣にあったタオルは氷室のものだったようで、氷室はそれを取った。
声を掛けるけど、生返事。
珍しいけど、疲れてるからかなと思い直す。

「今日の練習はこれで終わりだ。一年は片付け、三年はミーティングだ」

監督の号令で、「お疲れ様でした」と言って解散となる。
さて、私は片付けだ。

ときどきサボる部員(主に紫原)を注意しながら片付けを進める。

先輩、もういいですよ、後はオレらでやるんで」
「そう?ありがとう、お願いね」
「お疲れ様です」

片付けがほとんど終わったところでそう言われたので、素直に受け入れる。
もう残りはモップ掛けくらいだし、そう大人数でやるものでもない。
「お疲れ様」と返して私は体育館を出た。

「あれ」

体育館を出ると、氷室が水道で顔を洗っている。
もう解散してから大分経つのに、まだいたんだ。

「氷室、まだいたの?」


氷室は私に気付いて、持っていたタオルで顔を拭く。

「まあ、ちょっとね」
「?そろそろ戻らない?お腹空いたでしょ」
「うん、そうだね」

氷室はさっきと同じく生返事。
本当にどうしたんだろう。

「氷室、どうしたの?なんか元気ないよ」
「そんなことないよ」
「そんなことあるよ」

氷室は全く私と目を合わせようとしない。
いつもはこっちが恥ずかしくなるぐらい見てくるのに。

「何かあったの?」
「…そりゃ、負けたら元気もなくなるさ」
「負けたって、さっきのゲーム?」

負けるのが悔しいのはわかるけど、練習中のゲーム。
そこまで落ち込むものなんだろうか。

「おかしいと思う?」
「おかしいっていうか…ちょっと意外?」

そりゃスポーツ選手だし、負けたら悔しがるのは当然だろう。
ただ、氷室はそういう感情が薄そうだし、ましてや公式戦でもない。
何か他に要因があったんじゃないだろうか。

「オレ、結構負けず嫌いだよ?」
「でも、なんか変って言うか…負けて悔しいだけじゃなさそうに見えるよ」
「………」

氷室は少し自嘲気味に笑う。

「…悔しいからね」
「うん、それはわかるけど、でも」
「今日の試合だけじゃなくて、ほかにもね」
「ほか?」
「今までもわかってたけど、試合をすると嫌でも思い知らされるんだよ」

氷室の眼は今まで見たこともないくらい暗い。

「アツシみたいに才能があるわけでも、体格に恵まれてるわけでもないのが、戦ってみるとわかるんだよ」
「紫原?」
「うん。アツシはすごいよ、本当に。羨ましくて、嫉妬するぐらいだ」
「でも、氷室もすごいんでしょ。みんな言ってるよ」
「そんなことないよ」

氷室は私の言葉を遮るように言う。
いつもと違う雰囲気に、私はうまく喋れない。

「氷室」
「自分でやってると、わかるんだよ。全然違うのが。越えられない壁があるって。違うんだよ」

自虐的に笑う氷室に、私は何を言っていいかわからない。
氷室はそう言うけど、私にはそう思えない。
でも、氷室はそう思ってるんだろう。何を考えてるかわかりにくい人だけど、今回は本気で言っていると言うのがわかる。

「ごめんね、変な話しちゃって」
「あの、氷室」

何を言っていいかわからない。
でも、何か言わなくちゃ。そう思って、必死に言葉を紡ぐ。

「私はこの間バスケ見るようになったばっかりだし、わからないことも多いけど、一生懸命、たくさん練習する氷室のことすごいと思うよ。私にこんなこと言われても嬉しくないかもしれないけど、」

「だから、そんなふうに言わないで」

自分の思ったことをそのままぶつけてみるけど、自分でも何を言ってるかわからない。
わからないけど、言わなくちゃいけないと、そう思ったから。
氷室の目を見て、目を逸らさないで言うと、氷室はさっきみたいな自虐的な笑みを少し寂しそうな表情に変えた。

「ありがとう」

氷室はそう言うと、私を優しく抱きしめる。

「え、と、氷室」
「ごめんね。少しだけ」

小さな声でそう言われ、私はそのまま氷室の抱擁を受け入れる。
男の人に抱きしめられるなんて初めてだけど、ドキドキするというより、ずっと苦しくて。

どのくらい経ったかわからない。短いような、長いような。
氷室は私を離す様子はなくて、ほとんど無意識に、私も氷室の背中に手を伸ばそうとしたとき、

「あー、お腹空いたー」

体育館から聞こえてきた声に反応して、パッと氷室から体を離す。

「あれ、室ちんとちんだー。まだいたの?」
「ああ、ちょっとね。もう戻るよ」
「今日のご飯何か知ってるー?お菓子あるかなあ」
「お菓子はないんじゃないかな」

氷室と紫原がそんな話をする横で、私は1人思い出していた。
抱きしめられた時の感触と、話をされた時の感覚を。

穏やかで優しくて、ときどきちょっと意地悪で。
でも一緒にいるのは楽しくて、ドキドキしたりなんてして。

さっきの氷室はそれだけじゃなくて。
寂しそうに笑う氷室を見て思った。いや、気づいた。

私はこの人が、氷室が好きなんだと。













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12.10.26