早いもので合宿も3日目。
洗濯機の前で洗濯物を入れていると、後ろから私を呼ぶ声。
聞き覚えのある声だ。

「氷室、あ、なにか洗濯するのある?」
「いや」
「じゃあ、何かほかに用?」
「休憩になったから、と話をしにね」
「話?」
「なんだか避けられてる気がするから」

う。
違う、別に意図的に避けてるわけじゃない。
ただ、好きだと意識してしまうと、どうしても前みたいにはいかない。
目が合うとドキドキしてしまって思わず逸らしてしまったり、話しかけられると嬉しいはずなのにうまく話せなかったり。
なんというか、私のバカ…。

「ごめんね」
「え、なんで氷室が謝るの?」
「昨日のことがあったからかなって。変な話してごめんね」
「え、ち、違うよ!」

私は慌てて否定する。
氷室のせいではない。私が一人で勝手に意識してるだけで。
それに、昨日のことが原因だとは思われたくはない。
せっかく氷室が話してくれたことを、悪いふうに捉えてほしくない。

「避けてないよ、気のせいだよ」
「そう?」
「う、うん。そう見えたらごめんね」

そう言うと氷室はちょっと安心したような顔を見せる。
うん、そう、普段通り。できるはず。

「ならいいんだ。変なこと聞いてごめんね」
「ううん、大丈夫」

そう言って洗濯機のスイッチをオンにする。

「あ、そうだ。ちょっと聞いていい?」
「なんでもどうぞ」
「さっきの練習で監督が言ってたんだけど…」

普段通り、とするならこれが一番。
本当に気になってることだし、ちゃんと聞いておこう。

「…まあ、こんな感じ?」
「うん、ありがとう」
「どういたしまして」
「あの、いつもありがとね」
「?」
「いつも嫌な顔しないで教えてくれるし、すごく感謝してるよ」

氷室はいつも、いきなり「教えて」と言っても嫌な顔せずに対応してくれるし、わかりにくいことも優しく教えてくれる。
優しい人だと、しみじみ思う。

「そんなに大したことはしてないよ」
「でも、私はすごく助かってるよ」
「それは嬉しいな」
「そうだ、今度何かお礼するよ!」

考えてみれば、いつも私ばかり教えてもらってる。
何かちゃんとお礼をしたい、そう思って申し出る。

「お礼?」
「うん、何か奢ろうか?」
「………」

氷室は何か考え込むような仕草をする。
何か思いついただろうか。

「食べ物以外でもいい?」
「うん、別にいいよ」
「本当にいいの?」
「え?」

念を押されると少し躊躇う。
な、なんだろう。妙に迫力。

「う、うん。いいよ」
「本当に?」
「え…っと」

氷室がじりじりと私に迫る。
私はそれに合わせて後ろへ下がって行く。

「あ、あの。氷室」

「は、はい」

後ろはすでに壁。
もうこれ以上下がれない。

「さっき、いいって言ったよね」
「え、ちょっと待って。も、ものによる!というかものでお願いします!」
「ダメだよ、さっきいいって言ったんだから」

これ以上下がれないのに、氷室はまた一歩私に近づく。



氷室は優しい声で、でも、迫力のある声で私の名前を呼ぶ。
一体、何を、

「あのね、
「は、はい」
「勉強をね、教えてほしいんだ」
「は、はい…って、勉強?」
「うん。現代文とか古典とかできる気がしなくて。ほら、もうすぐ学校も始まるし」
「あ、うん…勉強、なら、別にそのくらい…」

そっか、アメリカにずっといたなら国語とかわからないよね。
古典なんて特に…うん……


「な、何?」
「顔が赤いよ」

氷室は少し楽しそうに笑う。
それを見て、はっと我に返る。
そりゃ、赤くなって当然だ。あんな聞き方されたら、誰だって。

「何考えてたの?」
「な、何って、別に何も考えてないよ!」
「そう?」

さらに楽しそうに笑う氷室に思わず叫ぶ。

「氷室のバカ!」

軽く氷室のことを押して、早歩きで体育館へ向かう。

「どこ行くの?」
「体育館戻るの!」
「オレも行くよ」

私の隣を歩きはじめる氷室の顔を見て、また顔が赤くなるのを感じる。
それを見て氷室はまた笑う。
こういう人だ。
優しい人。それはきっと間違いない。
でも、こういう人でもあって。

「よかった」
「な、何が」
「いつものに戻ったみたいで」

さっきまでの悪戯っぽい笑みではなくて、優しく笑う氷室を見て胸の奥が熱くなる。

「…だから、気のせいだよ」
「それならいいんだ」

そう、意地悪で少し繊細で、だけど、やっぱり、優しい人だ。















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12.11.02