「はー」

お風呂を出て、自分の部屋に向かう。
これでもう3日目も終わり、合宿も半分過ぎた。
ちょっと寂しいな、と思いつつ合宿所の廊下を歩いていると、ロビーに氷室がいる。
氷室も私に気付いたようで、私の名前を呼ぶ。


「………」

呼ばれるけど、無言で顔を背ける。
私はまだ今日の昼のこと怒ってるんだ。

、まだ怒ってるの?」
「お、怒ってるよ!」
「そう?困ったな」

氷室は全く困った様子もなくそう言う。
そりゃ怒る。あんなふうに迫られて、「何考えてたの?」なんて…

「ごめんね?」
「ごめんねって…」

眉を下げて謝る氷室。
そんな顔されると、なんだか…

「どうしたら許してくれる?」
「ど、どうしたら?」
に嫌われるのは困るからね」
「…もうあんなことしないっていうなら」
「それは嫌だなあ」
「なっ…」

嫌って…。
またやる気か…!

「ほ、ほんとに怒るよ!?」
「それは困るな」

さっきと同じように、困った様子なしにそう言う。
それどころか少し笑ってるくらいだ。
この人は…本当に…!

「おーい、お前ら、声でけえぞ」

後ろから聞こえてきたのは福井先輩の声。
確か監督と主将とミーティングしてたはず。その帰りだろうか。

「す、すみません」
「一応他の客もいんだかんな」

恨めしそうに氷室を見てみるけど、氷室は全く意に介さない。

「つーか珍しいよな、がこんなとこで大声出すなんて」
「はい、すみません…」
「…」

福井先輩はちらっと氷室を見る。
氷室は「さあ?」と言わんばかりに肩を竦めた。

「私、もう戻ります。髪も乾かさなきゃいけないし」

そう言って自分の部屋へ向かうと、氷室も一緒に立ち上がった。

「送ってくよ」
「結構です!」

つんと言うと、氷室はまた「ごめんね?」と言う。

「……」
「…なんですか?」

ボーっと私たちを見る福井先輩に思わず話しかける。

「いや、お前らなんか…仲良いな」
「え、今のどこが」
「いや、なんか遠慮なくなってんなあと思って」

福井先輩にそう言われ、思わず氷室を見る。
遠慮…。
確かに最初はこんなこと言えなかったけど…。

「と、とりあえずもう私は寝ます。おやすみなさい」

とはいえ、肯定することもできず部屋へ向かう。
氷室は付いてくるけど、ぷいと顔を背ける。

「おう、送り狼になるなよー」

楽しそうに手を振る福井先輩。

「せ、先輩!」
「声でけーぞー」
「…っ」

さっきと同じことを注意され、口に手を当てる。

先輩まで…と思わずため息を吐く。
氷室は珍しく堪えるほど笑ってる。

「…部屋に戻ります」
「待って、オレも行くよ」

早足で歩くけど、氷室はあっさり追いついてくる。
福井先輩が余計なことを言ったせいで、氷室の方をうまく見られない。

氷室が好きだと言うことと、昼間のことと、さっきの福井先輩の言葉。
もう、三重で意識してしまってどうしようもない。
会話もないまま、部屋に着く。

「おやすみ、
「お、おやすみなさい」

「おやすみ」と言われてまで無視をするのはなんなので、「おやすみ」と返す。

、もう怒ってない?」
「…もう、いいよ」

はあ、と大きくため息を吐いてそう言った。
多分、何を言っても私をからかうことを氷室はやめないだろうし。
それに、福井先輩のせいでなんかもうそれどころじゃないし…。

「あの、送ってくれてありがとね」

半ば無理矢理着いてきたとはいえ、送ってくれたのは事実だし、ちゃんとお礼を言わないと。

「どういたしまして」
「…気にしてないの?」
「?」
「さっきの、あれ」
「ああ」

言われた直後こそ笑ってはいたものの、もう穏やかな笑みを浮かべている氷室。
本当にこういうの気にしないな…。

「どうしてもなってほしいって言うならなるけど」
「なっ…」
「オレもその辺りの良識はあるつもりだから」

優しくそう言う氷室に、顔を赤くする。

「…言わないから安心してください…」
「そうだね」

氷室は小さく笑いながらそう言った。
本当、どこまで本気なんだか…。

「おやすみ」
「…おやすみなさい」

そっと扉を閉めて、そのまま床に座り込む。
今日は氷室とか福井先輩とか、とにかく疲れたし、早く寝よう…。

…なんか毎日、練習以外のところで疲れてる気がする…。














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12.11.09