今日の練習も無事終了。 一年生が片づけをしている中、体育館の隅で丸まる巨体を見つけた。 「敦」 「ん?ちん、なに?」 「なに、じゃなくて、敦も片づけしないとダメでしょ。レギュラーでも一年生なんだから」 「えー?」 「『えー?』じゃない」 そう言って敦の肩を掴んで無理矢理こちらを向かせると、敦の手の中にはお菓子の袋。 「だから!体育館ではお菓子食べるなって言ってるでしょ!」 「えー、別にいいじゃん」 「よくない!ていうか片付け!」 「めんどくさい」 頑なに動こうとしない敦にはあ、と肩を落とす。 やっぱりこいつを動かすにはこれしかない。 「…敦、まいう棒の新味食べたくない?」 「え?」 「さっき買い出し行ったときにコンビニで見つけたの。今日から販売だって。食べたことないでしょ?」 「食べたい!」 さっきまでの動きの遅さはどこへやら、目をキラキラさせて敦は言う。 「お菓子しまって片付けしたらあげるよ」 「…わかったー」 敦は少し不服そうだけど、頷いて立ち上がる。 やっぱり敦を動かすにはお菓子が一番だ。 * 「ち〜ん、お菓子ちょうだい」 合宿所で食堂へ向かおうと部屋のドアを開けると敦が立っていた。 「わ、びっくりした」 「ねーお菓子ー」 「ああ、うん、ちょっと待ってて」 部屋に戻ってお菓子を取りに行く。 まさか部屋に来てまで欲しがるとは…。 「はい、これ」 「やった〜」 「これから夕飯なのに、今食べるの?」 「うん」 そう言って敦はうきうきとお菓子を食べ始める。 さすがの巨体、あっという間に平らげてしまった。 「おいしい?」 「うん、これいいな〜また買ってきてよ」 「自分で買いなさい」 「え〜」 敦は不服そうだけど、そこまで甘やかすわけにもいかない。 ばっさり切り捨てると敦は口をとがらせた。 「なんかちん、オレには冷たくない?」 「そんなことないよ、普通だよ」 「え〜、だって室ちんにはもっと優しいよ」 敦の言葉に一瞬固まる。 ちょ、ちょっと待って。 「だって、氷室は体育館でお菓子も食べないし、片付けもちゃんとやるよ」 一瞬固まったのを悟られないように、一呼吸してから言う。 なんでそこで氷室が…と思ったけど、そんなことを言えばインターハイ初日のようなことを言われそうだ。 「なんか不公平ー」 「不公平じゃない。敦がそんなことしなきゃいいのよ」 「だってちんなんか室ちんには態度違うし」 「え」 今度こそ本当に固まってしまう。 い、一体何を…。 「そ、そんなことないよ!」 そんなにわかりやすい態度を取っていただろうか。 慌てて否定すると、敦は私を指さした。 「あ、それ、その感じ。室ちんと一緒にいるときはなんかいつも慌ててない?」 「それは氷室が変なこと言うから!」 「変なことってなに〜?」 「な、なにって」 何って…。 今までのことを思い出して、勝手に一人で赤くなる。 「…大したことじゃないよ」 「え〜?大したことじゃないのに慌ててるの?」 「いいから!気にしなくていいから!」 まさか氷室の発言を話すわけにもいかず、私は必死に誤魔化す。 …全然誤魔化せてないけど。 「なんかあやし〜。やっぱり付き合ってるんじゃないの?室ちんもちんのこと名前で呼んでるし」 「そ、それは敦も一緒じゃない」 「でも室ちん、ちんの名前呼ぶときなんか声が優しい気がする」 敦の言葉にドキ、と心臓が跳ねる。 「あとなんか室ちんいつも楽しそう」 「それは、氷室が私のことからかってるだけで」 「だからなんて言ってるの?」 し、しつこい…! 敦は気になったことはガンガン聞いてくるタイプなんだ…。 「それより早く食堂行こうよ、お腹空いたでしょ」 「え〜お腹は空いたけど気になる〜」 敦の気を紛らわすにはご飯が一番だ。 食堂に着けば「ご飯ー」なんて言ってそっちに気が行くはず。 無理矢理敦の背中を押すけどこの巨体、まったく動かない。 「ちょっとは動いてよ!」 「えー、教えてくれるまで動かない」 「どうしてこういうときばっかり強情なの!?」 「楽しそうだね」 「わっ!?」 後ろから聞こえてきた聞き覚えのある声に驚く。 「あ、室ちんだ〜」 「二人とも何やってるの?」 「ちんがなんかむろ」 「お菓子買ってあげるって話してたんだよ!」 「え?」 敦は一瞬驚いた顔をして、すぐにへらっと笑う。 「わー本当?」 「う、うん。明日買い出し行くとき買ってきてあげる」 「やった〜」 敦はスキップで食堂へ向かった。 …やっぱり敦はお菓子で釣るに限る。 「お菓子?」 「う、うん。今日片付けサボってたから『片付けちゃんとやったらお菓子あげる』って言ったの。そしたらそのお菓子妙に気に入っちゃったみたいで」 「それで買ってあげるの?優しいね」 「…うん、まあ…」 買ってあげる気はなかったんだけどね…。 「アツシ、ご機嫌だったね」 「うん。ほんとお菓子好きだよね…」 私も氷室も自然と食堂へ歩みを進めた。 隣を歩く氷室を横目で見ながら、敦の言葉を思い出す。 「でも室ちん、ちんの名前呼ぶときなんか声が優しい気がする」 敦はいい加減だけど素直だから嘘は吐かないし、本当にそう思ってるんだろう。 敦の思ってる通りだといいなあ、と思う。 「もご機嫌だね」 「え?」 「そんなにお腹空いたの?」 「ち、違うよ!」 楽しそうに氷室は笑う。 そんな会話をしながら食堂に入った。 ← top → 12.11.16 |