今日の練習も無事終了。
一年生が片づけをしている中、体育館の隅で丸まる巨体を見つけた。

「敦」
「ん?ちん、なに?」
「なに、じゃなくて、敦も片づけしないとダメでしょ。レギュラーでも一年生なんだから」
「えー?」
「『えー?』じゃない」

そう言って敦の肩を掴んで無理矢理こちらを向かせると、敦の手の中にはお菓子の袋。

「だから!体育館ではお菓子食べるなって言ってるでしょ!」
「えー、別にいいじゃん」
「よくない!ていうか片付け!」
「めんどくさい」

頑なに動こうとしない敦にはあ、と肩を落とす。
やっぱりこいつを動かすにはこれしかない。

「…敦、まいう棒の新味食べたくない?」
「え?」
「さっき買い出し行ったときにコンビニで見つけたの。今日から販売だって。食べたことないでしょ?」
「食べたい!」

さっきまでの動きの遅さはどこへやら、目をキラキラさせて敦は言う。

「お菓子しまって片付けしたらあげるよ」
「…わかったー」

敦は少し不服そうだけど、頷いて立ち上がる。
やっぱり敦を動かすにはお菓子が一番だ。





ち〜ん、お菓子ちょうだい」

合宿所で食堂へ向かおうと部屋のドアを開けると敦が立っていた。

「わ、びっくりした」
「ねーお菓子ー」
「ああ、うん、ちょっと待ってて」

部屋に戻ってお菓子を取りに行く。
まさか部屋に来てまで欲しがるとは…。

「はい、これ」
「やった〜」
「これから夕飯なのに、今食べるの?」
「うん」

そう言って敦はうきうきとお菓子を食べ始める。
さすがの巨体、あっという間に平らげてしまった。

「おいしい?」
「うん、これいいな〜また買ってきてよ」
「自分で買いなさい」
「え〜」

敦は不服そうだけど、そこまで甘やかすわけにもいかない。
ばっさり切り捨てると敦は口をとがらせた。

「なんかちん、オレには冷たくない?」
「そんなことないよ、普通だよ」
「え〜、だって室ちんにはもっと優しいよ」

敦の言葉に一瞬固まる。
ちょ、ちょっと待って。

「だって、氷室は体育館でお菓子も食べないし、片付けもちゃんとやるよ」

一瞬固まったのを悟られないように、一呼吸してから言う。
なんでそこで氷室が…と思ったけど、そんなことを言えばインターハイ初日のようなことを言われそうだ。

「なんか不公平ー」
「不公平じゃない。敦がそんなことしなきゃいいのよ」
「だってちんなんか室ちんには態度違うし」
「え」

今度こそ本当に固まってしまう。
い、一体何を…。

「そ、そんなことないよ!」

そんなにわかりやすい態度を取っていただろうか。
慌てて否定すると、敦は私を指さした。

「あ、それ、その感じ。室ちんと一緒にいるときはなんかいつも慌ててない?」
「それは氷室が変なこと言うから!」
「変なことってなに〜?」
「な、なにって」

何って…。
今までのことを思い出して、勝手に一人で赤くなる。

「…大したことじゃないよ」
「え〜?大したことじゃないのに慌ててるの?」
「いいから!気にしなくていいから!」

まさか氷室の発言を話すわけにもいかず、私は必死に誤魔化す。
…全然誤魔化せてないけど。

「なんかあやし〜。やっぱり付き合ってるんじゃないの?室ちんもちんのこと名前で呼んでるし」
「そ、それは敦も一緒じゃない」
「でも室ちん、ちんの名前呼ぶときなんか声が優しい気がする」

敦の言葉にドキ、と心臓が跳ねる。

「あとなんか室ちんいつも楽しそう」
「それは、氷室が私のことからかってるだけで」
「だからなんて言ってるの?」

し、しつこい…!
敦は気になったことはガンガン聞いてくるタイプなんだ…。

「それより早く食堂行こうよ、お腹空いたでしょ」
「え〜お腹は空いたけど気になる〜」

敦の気を紛らわすにはご飯が一番だ。
食堂に着けば「ご飯ー」なんて言ってそっちに気が行くはず。
無理矢理敦の背中を押すけどこの巨体、まったく動かない。

「ちょっとは動いてよ!」
「えー、教えてくれるまで動かない」
「どうしてこういうときばっかり強情なの!?」
「楽しそうだね」
「わっ!?」

後ろから聞こえてきた聞き覚えのある声に驚く。

「あ、室ちんだ〜」
「二人とも何やってるの?」
ちんがなんかむろ」
「お菓子買ってあげるって話してたんだよ!」
「え?」

敦は一瞬驚いた顔をして、すぐにへらっと笑う。

「わー本当?」
「う、うん。明日買い出し行くとき買ってきてあげる」
「やった〜」

敦はスキップで食堂へ向かった。
…やっぱり敦はお菓子で釣るに限る。

「お菓子?」
「う、うん。今日片付けサボってたから『片付けちゃんとやったらお菓子あげる』って言ったの。そしたらそのお菓子妙に気に入っちゃったみたいで」
「それで買ってあげるの?優しいね」
「…うん、まあ…」

買ってあげる気はなかったんだけどね…。

「アツシ、ご機嫌だったね」
「うん。ほんとお菓子好きだよね…」

私も氷室も自然と食堂へ歩みを進めた。
隣を歩く氷室を横目で見ながら、敦の言葉を思い出す。

「でも室ちん、ちんの名前呼ぶときなんか声が優しい気がする」

敦はいい加減だけど素直だから嘘は吐かないし、本当にそう思ってるんだろう。
敦の思ってる通りだといいなあ、と思う。

もご機嫌だね」
「え?」
「そんなにお腹空いたの?」
「ち、違うよ!」

楽しそうに氷室は笑う。
そんな会話をしながら食堂に入った。















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12.11.16